【やり直し軍師SS-111】女王、襲来①
このお話は時系列で言うと、リヴォーテの日記③の少し後になります。
ツァナデフォルの女王、サピア様がルデクに遊びに来ることになった。
公務も兼ねた来訪だ。トゥトゥの輸出に関する相談のついでに、ルデクで休暇をとるらしい。
僕らは王から歓待役を仰せつかる。僕の元には女王と気の合う双子もいるし、まあ、順当な差配だと思う。
と言うわけで女王を迎えるため、今、一路北へと向かっているところだ。今回、北ルデクの案内はホックさんが請け負ってくれるので、僕らは旧リフレア国境あたりで任務を引き継ぐことになる。
日程としては、三女神の湖に新たに建造された、王家の離宮で一泊。その後僕のシュタイン領を目指し、ルデク産のトゥトゥの見学をしてから、王都ルデクトラドへ。それから日程次第だけど、場合によってはゲードランドまで足を伸ばす予定である。
「新しい離宮、楽しみだねー」
僕の隣でゼランド王子に話しかけているルファは、大変ご機嫌なご様子。
元々三女神の湖の辺りは観光地として栄えていたのだけど、リフレアとの国境にあり、王族としてはあまり大仰なものを建てるには不向きな立地だった。
まあ、庶民の行楽地に、王家の威光を持ち込む必要もないという判断もあったらしい。
だから三女神の湖のあたりは、近隣の貴族の別荘がポツポツとあるばかりで、あとは旅人向けの宿泊施設や飯屋が立ち並んでいたのだ。
ところがリフレアとの関係性が悪化すると、この立地が仇となる。いつ何時戦に巻き込まれるかもしれない場所に観光に向かう物好きは少ない。加えて凶作。人々は観光どころではなくなった。
結果的にこの付近の経済は大きな打撃を受けることとなり、この地の領主が王へと泣きついたのだ。
王としても観光地として一定の税収が見込めている場所が、廃れてゆくのは好ましくない。
また、リフレアが滅んだことで、気兼ねなく開発に手をつけることもできるようになったため、雇用の確保や観光地のテコ入れのために、新しい離宮の造成に踏み切ったというわけだ。
ルデクは凶作の間、雇用創生のために様々な工事、造成に手をつけ始めている。この離宮もその一環であった。凶作の間も資金力に余裕のあるルデクだからこそできたことだ。
そうして完成した離宮、通称「ライラ宮」は、3つの湖と共に、よく手入れされた大きな庭を一望できる絶景を楽しめると聞いている。
名前の由来は「ライラ」と言う大輪の花。つるに棘があり、扱いの難しい花だけど、季節になると様々な色の大輪の花を一斉に開かせ、それはそれは幻想的な風景を演出してくれる。
ルデクでもクラザやジョエと並んで人気があるこの植物を、庭の植栽の中心に据えた。
ライラが満開の季節を迎えると、館の庭は極彩色に彩られる空間へと生まれ変わり、その先に女神の湖を臨むのだ。
しかもこの庭、王族が使用しない日は一般公開されている。
離宮完成後、最初のライラの満開の季節には、近隣から多くの人々が殺到した。想定以上の賑わいに領主も胸を撫で下ろしたらしい。
2度目の満開の季節を迎えると言うタイミングでサピア様が来ると言うので、せっかくならこの場所で、となったのである。
王族の施設なのでゼランド王子も同行。それに伴い、当然のようにルファも一緒だし、おまけにリヴォーテもついてきていた。
「ゼランド君は去年のライラ、見たんだよね? どうだったの?」
ルファに聞かれ、嬉しそうな王子。
「私もセレモニーの準備に追われて、なかなかゆっくりと楽しむことはできなかったが、見事なものだったよ。きっとルファにも喜んでもらえると思う」
「そっかー。楽しみ!」
はしゃぐルファに、満足げなゼランド王子。仲睦まじくて何よりである。
「そういえば三女神の湖って、あの湖でしか取れないお魚とか、貝がいるんでしょ? 美味しいって王都の干物屋さんが言ってた! リヴォーテも楽しみだね!」
「なっ!? 俺は遊びにゆくのではないぞ! れっきとした仕事だ!」
リヴォーテもいつも通りで何よりである。
それらを眺めながら、僕はラピリアに声をかける。
「ラピリアも楽しみかい?」
「そうね。実家にもライラは植えていたけれど、見渡す限り、というのは想像もつかないわ。楽しみよ」
「ジャムにも使えそう?」
「……私がなんでもジャムにする食いしん坊だと思ってる?」
ちょっと睨まれた。けれど、「……確かに煮詰めると良い香りのジャムの材料にできるけど」とのこと。
全体的に浮かれた気分の中、一人空気をどんよりさせているのはサザビーだ。
「サザビー、大丈夫?」
「大丈夫かどうかは、双子と女王に聞いてください。俺は先を考えると、もう胃が痛いです……」
今回の女王の来訪にあたり、女王からどうしても歓待役に加えてもらいたいとの要望があったのは双子ともうひとり、このサザビーである。
「いやいや、何かの間違いではないですか?」
そんな風に言ったサザビーであったけれど、残念ながら間違いではない。しかも今回はネルフィアも同行していないので、非常にしょぼくれているのである。
「そうは言っても、女王もそんな無茶なことはしないでしょ」
僕の言葉に、サザビーはやれやれと手を広げる。
「ロア殿は何もわかっていないですよ。女王は言うなれば双子と同じです。双子が三つ子になった感覚で挑まないと、大変な目に遭いますよ?」
真剣なサザビーに、
「あんまり気にしすぎると、到着するまでに疲れちゃうよ」
なんて言いながら、僕らは北へと進んでゆくのだった。