【やり直し軍師SS-110】密談
王都ルデクトラドの一角。
周辺に人気が無いことを確認しつつ、油断無く視線を走らせながら、女は目的の部屋へと滑り込んだ。
部屋には既に、2人の男が待ち構えている。
「誰にも見られませんでしたか?」
「ええ。心配ないわ」
「では早速ですが、始めましょう。時間が惜しい」
「そうね」
「まずは、”お約束の物”を」
待ち構えていた男が、大量の紙の束を女に差し出す。
「こんなに……」
受け取った女は、その紙の分量を見て、ニヤリと口角を上げた。
「如何です」
「素晴らしいわ」
ふふふ、と忍び笑いをする2人。
「あのう……」
一人話についてゆけないシャリスが、困惑気味に会話を遮る。
「なんですか? シャリス」
突然ウィックハルトに連れてこられ、突然始まった謎の会話。なんですかはシャリスの台詞である。
「その、私はなぜここに連れてこられたのでしょうか?」
ウィックハルトは重々しく頷きながら、「それは無論、非常に重要な任務のためです」と口にする。
「任務? 副団長からは何も聞いておりませんが」
「当然です。ロア殿には極秘ですので」
ロアの側近中の側近が、ロアに秘密にしなければならない任務とは一体……。ごくりと喉を鳴らすシャリス。居住まいを正し、ウィックハルトの言葉の続きを待つ。
「何せ、こちらにおられるレアリー女史、いえ、レアリー先生がロア殿の物語を紡ぐという、歴史的大事業の取材ですので」
「は?」
ポカンとするシャリスを前に、レアリーが「今日はよろしくお願いします」と、ぺこりと頭を下げた。
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「はあ、副団長の物語、ですか? ……このように物々しいやりようで、一体何事かと思いましたよ」
事情を聞いたシャリスが苦笑しながら肩の力を抜くも、ウィックハルトとレアリーは真剣そのものだ。
「慎重には慎重を期さねばなりません。でなければ、計画を潰されてしまいます」
「潰されるって、このような話を一体誰が……」
シャリスの言葉に、レアリーが大袈裟に首を振る。
「それはもちろん、御義兄様とお姉様にですわ。お二人とも奥ゆかしいから、お二人の物語が人々に読まれるのを良しとしませんもの」
「人々にって、どれだけの方に読んでいただくのです?」
シャリスの疑問に答えたのはウィックハルトの方
「可能であれば、北の大陸のあまねく全ての人々に、触れてもらいたいと思っています」
そんな大袈裟なと笑いかけ、ウィックハルトの目が笑っていないことに気づき、笑顔を引っ込めるシャリス。
「……こほん。それでは私が呼ばれたのは……」
シャリスの言葉を待たずに、レアリーが身を乗り出してきた。
「シャリス様から見た、御義兄様、ロア=シュタインの話を聞かせていただきたいのです!」と。
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副団長の最初の印象、正直に言って、私が第一騎士団に所属している時は、あまりいい噂を聞きませんでした。
曰く、レイズ=シュタインの道楽。
曰く、レイズ=シュタインが、自らの策を預けて功績を上げさせた傀儡。
曰く、いざとなったら切り捨てられる存在。
そもそも、大きな話題にもなっておりませんでしたね。私も一応、活躍を耳にはしておりましたが、文官上がりの実戦経験の乏しい人物なだけに、噂の通りなのだろうな程度の印象でした。
後から考えれば、第一騎士団は第10騎士団の活躍そのものに目を背けていましたから、どの者も想像で話をしていただけなのではないかと思います。
それに私はルシファルに疎まれて、第九騎士団に預けられたので、余計に情報が入りにくかったのもありました。
それでも次第に副団長の活躍は広く知られ始め、そしてあの時、ルシファルの裏切りの時を迎えます。
この頃の事で不明な部分があれば、後で詳しくお話ししましょう。まずは副団長の話を。
ウィックハルトも知っていると思いますが、私たちはどうにか第10騎士団に助けを求めることができました。
私がちゃんと副団長と言葉を交わしたのは、あの時が初めてだったように記憶しています。
その時の印象ですか?
そう、ですね。
このような表現が適当か分かりませんが、「思った以上に将軍であった」という印象です。線は細いのですが、雰囲気が既に一角の将であったと。
思い返せばあの時すでにレイズ様が倒れ、実質副団長が、……まだあの時は副団長ではありませんが、ロア殿が第10騎士団を指揮しておられたので当然と言えば当然ですが、文官上がりの御仁という印象が強かったので、密かに驚いたものです。
あとは印象に強いのは、やはり私を中隊長に任じられた時ですかね。器の大きさはもちろんですが、その明確な意図には驚きました。
多分私が「この方に忠誠を誓おう」と思ったのは、事前に中隊長の打診を受けた時だと思います。
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「……とまあ、こんなところですか?」
シャリスの話を聞き終えると、そこからはレアリーが知らなかった部分を詳しく取材してゆく。シャリスが第一騎士団の策謀によって捕えられそうになったことなども、根掘り葉掘り。
時間をかけて、丁寧に聞き終えたレアリー。
「……なるほど。大変有意義なお話しでした。ご協力感謝いたします。物語が完成したら、一部差し上げますね」
「はあ、ありがとうございます」
「一つお願いですが、このこと、御義兄様達には……」
「ええ。内密にしておきましょう」
「ありがとうございます」
そんなやりとりを経て、シャリスは部屋を退出してゆく。
残った2人は満足げに頷きあうと、
「私が王都滞在中に、あと2〜3方のお話を伺いたいですわね」
「心得ております。手配いたしましょう」
と、息のあったやりとり。
2人の野望は、始まったばかりである。