【やり直し軍師SS-11】王と軍師④
「さてはて、参りましたな……」
赤ら顔のまま頭を叩くエンダランド翁。表情は笑っているが、どこか困惑している事がゼランドにも伝わってきた。
それはそうだろう。ルデクとリフレアの命運を分ける決断の場に、帝国の人間が呼ばれたのだ。
「説明するまでもないことではあるが、このこと、他言は……」
父の言葉を最後まで聞くことなく、「無論ですな」とエンダランド翁が返す。
「このような場に参席し、なおかつ助言をしたなどと帝国に知られれば、内通を疑われてもおかしくない。正直言って、今からでも退出させていただきたいところです。……さて、それで、儂を呼び出したのはどなたかな?」
「私ですね」ネルフィアが応じる。
「貴殿が、儂を呼んだ理由も伺いたいですな」
困惑はすでになりを潜め、すぐに油断ならない視線をネルフィアに向けるエンダランド翁。横で見ていても、何やら得体の知れない凄みを感じる。
「一言で言えば、適任だと思ったからです。サイファ様、エンダランド様共に、ルデクと帝国を長く支えたお方であり、その見識の広さは両国でも指折り。ですのでお声をかけさせていただきました」
帝国の黎明期にあってその躍進を支えた重鎮。引退していたとはいえ、今でも父が恐れるほど外交や策謀に長けた人物。帝国でも多くの決断に立ち会ったであろう事は想像できる。
サイファ様は言うに及ばずだ。資源豊かで大きな港を持つルデクは、何かと各国から狙われる立場にあった。そんな中でルデクの土台を目立たず支え続けた一人がサイファ殿だと言うことは、ゼランドが幼い頃からよく聞かされていた。
「ほほう、だ、そうです。サイファ殿」
エンダランド翁に水を向けられたサイファ殿は、複雑な表情だ。
「……私はエンダランド様ほどではありませんぞ」
「ご謙遜を」
くくくと笑うエンダランド翁。
「2人が歴戦の猛者であることは、私がよくわかっている。それに、貴殿らの発言に対してなんの責任も負わせぬと約束する。その上で、聞こう。ロアの提案をどう思うか」
「「賛成ですな」」
同時に、全く同じ返事。父が面食らったほどに躊躇がない。
「理由を聞いても良いか?」
父の言葉に、最初に答えたのはサイファ殿だ。
「……私はあくまで外交官としての意見しか持ちません。それでも宜しいですかな?」
「無論だ」
「ならば。既に両名が懸念している通り、周辺国への影響を考えれば短期決戦が理想であり、極力占領先は穏便に吸収したいと考えます」
「しかし、その場合我が騎士団の被害が大きくなる」
父の言葉をサイファ殿は「いえ」と否定する。
「国が荒れれば最終的に多くの兵が死にます。それは、いずれ騎士団に入団させることになるかも知れぬ、リフレアの民もです。総合的に考えれば、騎士団の被害はより大きくなる。これは可能性ではなく、確定と言って良いでしょうな」
「うぬ……エンダランド翁はいかがか?」
「私の場合は……そうですな。もし、この機を逃し、ルデクとリフレアの戦いが泥沼化した場合を考えましたな。占領後の内紛も含めて、周辺国からすれば”美味しい”と思うであろうな、と言うことです。混乱の起きる火種がそこら中にある国など、弱体化させるのは容易い」
「……それは、帝国も、ですか?」私は思わず口を挟んでしまう。
「左様。どうせ他国に食われるのなら、我々が食ったほうが良い。もちろんこれはリフレア領土ばかりの話ではない。元のルデク領も混乱の渦に巻き込まれるでしょう」
なんと恐ろしいことを。けれど、少なくともエンダランド翁は、帝国は”それ”ができると言っているのか……。
「……と、言うことですが、いかがでしょうか?」
二人の話を聞き終えると、ネルフィアが王へ視線を移す。
ロア殿はずっと黙ったままだ。
「……両名の言うこと、一理ある………………ロア」
「はい」
「明日、主だった者たちを集める。それらをお前が説得できれば、出陣はお前の提案した時期に定める。良いな」
「ありがとうざいます」
私は、多分ロア殿は説得しうると思った。こうして、運命の決戦の日取りはロア殿の意見が採用されたのである。
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「夜分にすみませんでした」
僕はエンダランド翁へ頭を下げた。
話し合いが終わり、エンダランド翁の見送りに出たのは、僕とネルフィアだ。エンダランド翁を送ったら、僕も早々に眠ろう。明日も大変だからね。
「何、どの道この時間は酒場におるからの。面白い話を聞けただけ得したわ」
そんな風に言ってから、エンダランド翁ははたと立ち止まり、2人を見る。
「さて、もう一度聞こう。儂を呼んだのは、どちらかの?」
ああ、やっぱりバレていたか。
僕は苦笑する。
「”そちらに関して”も、すみません。それと、ありがとうございます」
僕が謝罪すると、「いや、良い。別に責めようとは思っておらんよ。なかなか上手い一手じゃった」と翁は笑った。
このままでは埒が明かないと思った僕の、ちょっとした奇策。ネルフィアに頼んでエンダランド翁を巻き込んだのだ。エンダランド翁もそれを察しながら、僕の策に乗ってくれた。
「エンダランド様とはお約束しましたからね」
「約束?」
「仰っていたでしょう。ルデクが野心を持たぬまま、適度に大きくなるのは帝国にとって都合が良い、と」
僕の言葉に、少しだけ目を見開いた翁は、「さあて、そのような話をしたかのう……」と空惚けながら、再び夜の街へと繰り出していった。




