【やり直し軍師SS-109】エンダランドの引退
予定通り、更新再開いたします〜
今回は9話(9日間)、いつものように0時に連続更新予定です!
その日、杖を突いて僕の執務室にやってきたエンダランド翁。突然の来訪に、僕は慌てて手を引いて椅子へと誘う。
「腰の様子、どうですか?」
エンダランド翁は先日腰を痛めたばかりだ。だからここのところ大人しくしていると聞いていたのだけど。
エンダランド翁は僕の問いにひょひょと笑いながら、「まったく、歳は取るものではない」と腰をさする。それから杖でココンと床を叩くと、改めて僕に向き直った。
「実はの、そろそろ引退しようと思うんじゃ」
「ジジイ、確かもう引退してたろ?」
「ついにボケたか、ジジイ」
室内で遊んでいた双子が揶揄うと、持っていた杖で双子の頭を軽く叩く。双子も避けることもなく、されるがままにしている。
「口の減らん餓鬼どもじゃの。ボケとらんわ。元々ワシはルデクとリフレアの戦いを監視する役割であったからの。最早役割は終わったと思うのじゃ」
言われてみれば確かにである。それにエンダランド翁はもう高齢だ。
「えー、ジジイ帰るのか?」
「いっそルデクに骨を埋めろ」
なんだかんだ言って、エンダランド翁と仲の良い双子が無茶を言う。ここは完全におじいちゃんと孫である。
「これでも一応、孫に囲まれて悠々自適じゃったからの。流石にもう、その生活に戻る頃合いであろう。陛下には既にお伝えし、許可をもらっておる」
そこまで話が進んでいるのであれば、僕らがこれ以上引き止めるような話ではない。
思い返せばこの人には、随分とお世話になった。帝国との同盟にも一役買ってくれたし、ダーシャ様の苦悩に気づいたのもこの人。それに、リフレアとの決戦の時期についても僕には借りがある。
「……本当にエンダランド様にはお世話になりましたから、せめて、送別会の席を設けたいですね」
僕の言葉に翁はニヤリと表情を歪め、
「そのように言ってくれると思ったでな。こうして伝えにきた。実は最後にトランザの宿の飯と酒を楽しみたいと思ったのじゃよ。ロアならあの店に融通が効くじゃろ?」
などと宣う。
本当にこの人は、最後まで抜け目のない相手だ。
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「では、エンダランド様の帰路の無事と、その後の穏やかな生活を願って」
僕の乾杯の音頭で、皆がグラスを掲げる。集まったのは僕の周りのいつもの面々とリヴォーテ。それにヴィオラさん。
それぞれが一言ずつ翁に別れの挨拶と礼を伝えてゆく。公式な送別会は後日王の主催で行われるので、今回は内輪でのささやかな会だ。
「正直、俺としては寂しい気持ちと共に、ホッとします」
翁にそんな風に告げるのはサザビー。サザビーや第八騎士団の面々は、翁に散々翻弄されていたからなぁ。
「かかっ。まあ、ルデクの諜報部も中々であった。ひよっこにしてはよく付いてきたわ」
そのように言われればサザビーも苦笑しかない。その横で何も言わず、表情を変えずにお酒を傾けているネルフィアも、似たような気持ちだろう。
「しかし、酒の相手がいなくなるのはやはり寂しいものだ」
と、しんみりしているのは、第10騎士団が隊長の一人、ヴィオラさんだ。ヴィオラさんは第10騎士団の最古参であり、隊長の中では最年長でもある。
そんなヴィオラさん、いつの頃からか翁と飲み仲間になっており、時折翁や双子と街に繰り出していた。
「酒の趣味が合う者との別れはワシも感傷的になるの」
などと言いながら、ニコニコしている翁。確かに2人が並んで酒を酌み交わしている様は、中々趣のある光景だ。
「エンダランド様、後のことはこのリヴォーテにお任せを!」
そんな風に胸を張ったリヴォーテに、双子が聞こえる程度の音量でヒソヒソと話し合い。
「リヴォ太郎じゃなぁ……」
「全く、リヴォ太郎じゃ……」
「おいそこ! 聞こえているぞ!」
「もう、3人とも、今日は喧嘩しちゃダメだよ!」
「「「はーい」」」
最終的にルファに怒られて大人しく席に戻る3人。そんな様子を楽しげに眺める翁。
「本当にこの者達は飽きさせんな。まあ、後のことはリヴォーテに任せるとしよう」
エンダランド翁はともかく、リヴォーテは僕から見ても本当にルデクに骨を埋めるくらいいそうな気がしなくもない。
「ま、リヴォーテが頼りなしと見れば、陛下はワシの後任を送ってくるかもしれんがの」
「なんですと!?」
「何、冗談ぞ」
そんな風に騒がしく宴は続く。
みんな大分お酒が入り、ルファがそろそろ眠そうに目を擦り始めた頃、翁が僕のそばに移動してきた。
「楽しまれていますか?」
「お陰様でな。さて、あの約束、覚えておるかの?」
赤ら顔の中で、目だけ真剣に、僕を見つめる翁。
「もちろんです」
ルデクがいらぬ野心を持たないことが、大陸の平和につながる。
「ならばワシも、安心して身を引ける。もう、思い残すことは何もないわ」
「そんなこと言わずに、長生きしてください」
僕らの会話、気がつけば騒いでいたみんなが聞いていた。双子さえ少し目元を拭うくらい、最後は少し湿っぽい感じになって、送別会は終わりを告げた。
それからしばらくして、みんなに見送られてエンダランド翁は帝国へと帰っていった。
しかし、翁はなんだかんだと理由をつけ、年に数回はルデクに遊びにくる事が分かるのは、少し後になってからの話である。