【やり直し軍師SS-105】2人の軍師12
オザルドは、信じられないものを見ていた。
「これは一体……」
兵数はアーセルが圧倒的な劣勢。しかも相手は高所から勢いをつけて駆け下ってくる。状況はあまりに厳しいというのに、今、目の前で起きているのは味方による一方的な蹂躙である。
右翼を見れば、
「おいおいおいおい!」
「手応えがなさすぎるな!!」
と大騒ぎしながら暴れ回る、ルデクの双子将。そして双子に気を取られると、舞うように動く部隊が瞬く間に敵陣を切り裂いてゆく。
そもそも戦いの初めからして異様であった。激突直前に、水平に飛ぶ強力な矢がイング兵へと襲いかかる。しかも、瞬く間に多数の弓矢が正確に頭や胸を貫いてゆくのだ。
それがルデクの持ち込んでいた、変わった形の弓から打ち出されているのは理解できたが、なぜ、僅かな数でそこまで連射ができるのか? そしてなぜ、そこまで正確に敵を射抜くことができるのかが分からない。
フェザリスの部隊に混じるルデク兵は20名程度だ。その20名全てが、弓矢の名手であったのか?
しかしその答えは、左翼を見た時にすぐさま否定される。
左翼にいたのはグリードルの将が率いる部隊だ。こちらも同じような武器を構えると、ルデクと同様にイング兵を射抜いてゆく。さらにこちらは連射ではないが、威力が大きい。数名の兵士をまとめて貫く様は、得体の知れぬ恐怖であった。
出鼻から大きく勢いを挫かれたイングの前線は、速度を落として停止しようとする。それが余計な混乱を呼んだ。後方から勢いよく下ってきた味方が激突し、陣形が大きく崩れたのである。
ルデクの将も、グリードルの将もその隙を見逃しはしなかった。両軍ともに的確に弱点を突き、一気に多数の犠牲を生み出す。
率いている兵士の大半は、初めて指揮下に入ったフェザリス兵である。本来であれば統率するだけでも一苦労であるはずなのだが、どの将もまるで自分の手足のように兵士を動かし、イング兵をただただ翻弄してゆく。
「北の将とは、これほど圧倒的なのか……」
唖然として両国の戦い方を見ているオザルドへ、部下が指示を仰ぐ。
「我々はどういたしますか」
その言葉でようやくハッとしたオザルドは、槍を掲げると
「我らもあの勢いに乗るぞ!! 中央部隊、突撃せよ!!」と声のかぎり叫ぶのだった。
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呆気に取られているのは、アーセル王も同じ。
イング兵が侵攻してきたと分かった時は、僕の横で顔を青くして悲壮感を漂わせていたのだけれど、今はただただ、ポカンと口を開けて一方的な戦いを眺めている。
「これは一体、どうなっておるのだ……」
泳いでいた視線が僕に定まり、説明を求めるように口を尖らせる。
僕はある程度確信していたけれど、やっぱり訳がわからないよね。これ、言うなればリフレアとルデクが戦った時と同じような状況にある。それも、あの時よりも深刻な。
南の大陸というのは比較的長く平和の中にあった。小競り合い程度は起きても、基本的には安定していたのだ。故にこそフェザリスをはじめ、小国の多くが生き残っている。
対して北の大陸、特にルデクと帝国はゆうに10年以上も戦乱の中に身を置いてきたのである。兵士も将も、根本的な”質”が違う。
極端な話、ルデクの将で人を殺したことがない者などいないけれど、南の大陸では人を殺したことのある将の方が少ないのではないかな?
南の大陸の事情には詳しくないとはいえ、ドランの話を知る程度には、僕にも知識がある。それを踏まえた結果、多分、南の大陸とルデクや帝国には、大きな経験の差があると踏んだけれど、やっぱり予想通りだった。
双子やラピリア、そして帝国のラサーシャやフォルクは、北の大陸でも超一級の指揮官だ。ここまで差があると、圧倒的な兵力差があっても、十分に戦える。
まして相手はこちらの実力を正確に把握していないとなれば、兵力的優位のイング兵には油断が生じている。初手で十騎士弓を使って大きな動揺を呼んだ段階で、イング兵の優位性はあってないようなものだった。
「……ということです」
僕は噛み砕いてアーセル王に説明する。
「……北の大陸と、我が大陸では大人と幼子のような差があるのか……」
「尤も、全てが全て、という話ではありません。預かったのがフェザリスの部隊であったことも良かったのだと思います。フェザリスは平和な南の大陸にあっても、常に危機に直面していた国ですからね。僕から見ても、練度の高い兵だと思います」
それに、ここまで相手の実力を決めつけたのは、ドランが敷いた策だからという信頼感もあった。
ドランがこちらを巻き込む気なのであれば、相応に相手の力も見極めての誘引と見て良い。多分、有力国は流石にもう少しちゃんと強いはず。その前提を踏まえてなければ、僕も気軽に戦況を眺めてはいない。
顔色が少し戻ってきたアーセル王だったが、僕の説明を聞いてまた顔色を悪くする。今度は僕らに脅威を感じ始めたのかな?
そんなアーセル王に、やれやれと声をかけるビッテガルド。
「アーセル王よ。そう、心配するな。俺たちは南の大陸に侵攻するつもりはないし、別に北の大陸が揃いも揃って強兵というわけではない。俺の所と、こいつの所が少し異常なだけよ」
全然フォローになっていない言葉を投げかけながら、皇帝によく似た豪快な笑い方で笑うビッテガルド。
そんなやりとりをしている間にも、イング兵は見るまに兵を減らしてゆくのだった。




