【やり直し軍師SS-102】2人の軍師⑨
ルルリアの祖国だから。
僕の答えを聞いたオザルドは固まってしまう。そうして、信じられぬとばかりに、僕の顔をまじまじと見た。
「たったそれだけの理由で、南の大陸に戦火を持ち込まれるのか……」
オザルドの言葉に答えたのは、僕ではなくビッテガルドだ。
「オザルド、お前は先ほど、俺たちが南の大陸の事情に通じていないと言ったが、それはお前にも言えるのではないか? お前は北の大陸の事情を分かっていない」
「……何を知らぬと仰るのか?」
「うちの義妹はな、我が国とルデクの同盟を成立させた立役者の一人だ。そして今は、皇帝陛下の信厚く、グリードルの貿易を統括をしている。要はグリードルにとって超重要人物だ。その義妹の祖国を滅ぼした国々と、我々が友好に貿易すると思うか?」
「なんと!? 第四皇子に嫁いだのではなかったのですか?」
「嫁いではいる」
横で聞いていても意味がわからないな。ルルリアの経歴。ま、でも、僕も援護するとしよう。
「ビッテガルド殿の仰っていることは事実です。ルルリアは僕らルデクにとっても、グリードルとの縁を繋いだ非常に重要な存在です。また、僕は個人的にも第四皇子の夫婦とは深い付き合いをしています。この夫妻が困っているなら、協力を惜しむつもりはありません」
「……では、本気で貴国らはフェザリスを支援すると申されるのか? 仮に南の大陸の全てを敵に回そうとも?」
「……そうならぬように願ってはいますけどね」
僕の返事を聞いて、オザルドは大きく息を吐く。
「貴殿らの言葉に、嘘はございませんな」
僕らは揃って、黙って頷く。
それを見て、もう一度、大きく、大きく息を吐くと、
「貴殿らの考えは良くわかりました。貴殿らの言葉を信じるのであれば、想像以上に大きな援軍になるやも知れませぬ。ならば、また、別のやりようがある。……貴殿らに賭けましょう。アーセルはフェザリスとの友好を優先すると約束いたします」
「お前が勝手に決めて良いのか?」ビッテガルドが不思議そうにオザルドを見る。
「私だから勝手に決められるのです。反対派の中心人物である私だからこそ。反対派の押さえ込みは責任を持って行います」
「なるほどな。ならこっちは文句はない」
「そうと決まれば、今まさに圧をかけている隣国に、我が国の意思を明確に見せねばなりませぬ。私も準備をすると致しましょう。後ほど、馬上にて」
そのように言い残して立ち去るオザルド。
「……あいつ、中々大物だな」
ビッテガルドの言葉には、僕も同意だ。或いはアーセルを支えているのはあの男かもしれない。
オザルドの姿が完全に見えなくなると、そこで初めて、ルルリアが口を開く。
「ビッテガルド義兄様、ロア、ありがとう」
「お礼を言われるようなことはしていないよ。元々話した通りの事でここまで来ているから」
僕の言葉に小さく微笑む。それから少しだけ困った顔をした。
「2人の言葉は本当に嬉しく思ったわ。それは嘘偽りのない気持ちよ。その上で、ごめんなさい」
なぜルルリアが謝ったのか分からず、僕らはキョトンと彼女を見る。
「多分、ここまでのやり取りはドランの筋書き通りなのだと思うの」
「ドランの?」
「ええ。ドランは人を動かすのがとても上手いわ。下手をすると自分は何もやっていない様に見えるくらい。あのオザルドは2人が感じた通り、アーセルで一番優秀な人物なの。だから現状を鑑みて、フェザリス不利と踏んだ。このオザルドを翻意させるために、多分、私たちは上手く使われたのだと思う」
「へえ。それは凄い」
無邪気に喜ぶ僕へ、ルルリアが申し訳なさそうにする。
「ドランは優秀だし、人の動かし方を知っているけれど、同時に人の気持ちを考えないところがあるの。だから、義兄様やロアが怒らないかと不安だったわ。……本当に怒ってない?」
「全然怒ってないよ。むしろここまで読み切って動かしたのなら、大したものだなぁと。僕の期待した通りの人物だ」
ルルリアはどんな顔をして良いか分からない様子。これは少し珍しい。そのルルリアの頭に手を置いたビッテガルド。
「あの程度の事で腹などたてぬ。目の前にいる大軍師の腹黒さに比べれば可愛いくらいだ」などという。
ビッテガルドの言葉には大いに抗議したいところだけど、ここは黙っておくか。
「義兄様、ありがとうございます」
改めてビッテガルドに礼を伝えるルルリア。ビッテガルドは一度、ルルリアの髪をくしゃりとすると手を離す。
「で、ならばドランの次の筋書きはなんだ?」
ビッテガルドの言う通りだ。兵を動かした以上、ドランの狙いがここで終わりというわけではないだろう。
と言っても、この後はある程度はっきりしているけれど。ビッテガルドも分かった上で聞いている感じだな。
「隣国イングをアーセル領に引き込んで、追い返す。それにグリードルとルデクを噛ませることで、両国をさりげなく当事者に巻き込もうとするのだと思う」
うん。大体予想通りの答え。
「ま、ここまで来たら元よりそのつもりだが、ロア、お前のところもそれで良いか?」
「ええ。あくまで今回は”個人参戦”ですからね。南の国とやり合うにしても、選択肢はいくつか残しておいた方が良いでしょう」
「無論だ。随分時間を食ってしまったし、急ぐか。ロアも戻って準備を進めろ。後でな」
「ええ。では、後ほど」
こうしてオザルドとの会談を終えた僕らは、出陣準備のために自分の船へと戻るのだった。




