【やり直し軍師SS-101】2人の軍師⑧
僕らの行手を阻むように、頭を下げたままその場を動かないオザルド。
それをジッっと見つめていたビッテガルドが、ふん、と鼻を鳴らしてから口を開いた。
「俺の船について来い。それができるなら、話を聞いてやる。そのつもりはあるか」
オザルドが敵対勢力の側であれば、もはやビッテガルドの旗艦の中は敵地も同然。それでもビッテガルドの言葉を受けてようやく顔を上げたオザルドは「話を聞いてもらえるのであれば」と同意する。
「ロア、お前はどうする?」
「同行しますよ。ラピリア、ユイメイと一緒に準備の方は任せて良いかな?」
「ええ。あとで内容は教えてね」
「もちろん」
こうして僕らはオザルドを連れ、ネルフィア達と合流すると、ビッテガルドの旗艦へと場所を移す。
「では、あまり長話をしている場合でもない。早速用件を聞こう」
到着してソファに座るが早いか、ビッテガルドが話を切り出す。オザルドは一度ルルリアを見てから、ビッテガルドに視線を移した。
「フェザリス出身のルルリア様がおられる場所で、このようなことを申し上げるのは不快に思われるかもしれません。だが事実ははっきり伝えねばらなない。このままでは、フェザリスは持ちません。遠からず滅ぼされる」
そのように言うオザルドに、ルルリアは黙したままだ。今日はあくまでビッテガルドが主役とばかりに大人しい。
「理由を言え」
沈黙を貫くルルリアの代わりに、ビッテガルドが続きを促す。
「貴殿らは南の大陸の勢力状況を、正確に把握しておりません。フェザリスやフェザリス寄りの国からの情報では、偏りがあるのではないですかな? 今、南の大陸は2分されていると言って良い。その中心の1つがフェザリスであり、確かに状況は拮抗しているように見える」
「ならば問題ないのではないか?」
ビッテガルドの言葉に、オザルドはゆっくり首を振る。
「それはあくまで見せかけの話。フェザリスに加担する国々は小国が多いのです。小国ゆえに北の大陸の庇護を求める。要は寄せ集め。対して反勢力は力のある国々が中心となっている。時がたてば、自ずとフェザリス側が不利になってゆくのは明白」
「それはお前の希望的な観測ではないか?」
「そうではありません。切り崩され始めているのは、我がアーセルだけではない。水面下で同じように身の振り方を考えている国は多い。そして、貴殿らがこのまま黙って立ち去ってくれれば、フェザリスが滅ぶだけで、万事が丸く収まるのです」
「……話が見えんな。飛躍している」
「いえ、何一つ飛躍はしておりません。此度の南の混乱は、突き詰めれば有力国のフェザリスへの嫉妬が根底にある。北の大陸と深い誼を得て、なおかつ北の凶作ではうまく立ち回り、大きな富と名声を得た小国。それが有力国は面白くない。それこそが、今回の混乱の大元」
「それは分からなくはない。が、話としてはまだ納得できんな」
「貴殿らがここで揉め事を起こせば、大きな火種を残しましょう。今日をきっかけに、戦乱が巻き起こる恐れすらある。だが、ここで何事もなく引けば、反フェザリスの国々はフェザリスを滅ぼすことで矛を納め、北の大陸との貿易利権を復権させる事ができる」
僕は聴きながら少々呆れる。要は自分たちが上手く取り入れなかったことを棚に上げて、今まで通りの国家の序列を守りたい。だから、日の出の勢いのフェザリスは邪魔だ。そう言っているようにしか聞こえない。
「都合のいい話だな」
ビッテガルドも同じように思ったようで、不愉快そうだ。
「しかし、貴殿らも南の大陸との貿易で大いに利益を得ておられる。ここでフェザリス一国を見捨てれば、今まで通りの利益が確保できるのです。それが、全ての国にとって最も良い落とし所に思いませぬか」
ビッテガルドは沈黙。オザルドはさらに言葉を重ねる。
「無論、ただフェザリスを見殺しにする真似は致しませぬ。我が国とフェザリスの縁は深い。そこを利用し、王族は必ず保護するとルルリア様には約束します。このオザルドの、命をかけて」
オザルドは真剣だ。上辺だけの言葉ではないことは分かった。なるほど、オザルドは大陸全体を見ながら、どうにか状況を鎮静させようと考えている。意外に視野の広い人物だな。
けれど、オザルドは一つ、大きく間違っている。
フェザリスは滅びない。これは僕がかつての未来で知っていることだ。ドランを中心に脅威を乗り越え、むしろ有力国の一角にのし上がってゆく。
尤も僕の知る未来が必ず訪れるわけではないことは、これまでの経験で嫌というほど思い知っている。
それでもドランと実際に会って確信した。多分、フェザリスは生き延びる。
あの国にはダスさんもいるし、そう簡単に潰されることはない。
オザルドは反フェザリスからの切り崩しが横行していると言っていたけれど、それを指を咥えて見ている人たちではない。
もしかすると、逆に反フェザリス派に工作を仕掛けている可能性もある。というか、多分やっていると思う。
でもそれを今説明しても、オザルドは理解できないだろう。「こちらの事情を知らぬ者が知った口を」と思われるのがオチだな。
とすれば、僕らがとれる一番手っ取り早い方法は、やはりこれか。
「オザルドさん、宜しいですか」
オザルドの視線が僕に向けられる。
「オザルドさんの言うことも理解できる部分はありますが、大きな見落としをしています」
「見落としとは?」
「我々、おそらくグリードルもそうだと思いますが、我々は気軽な気持ちでフェザリスを支援している訳ではないと言うことです。もしも、フェザリスを滅ぼすと言うのなら、こちらも相応の考えがあります」
僕がそのように言うと、オザルドの顔色が変わる。
裏切りを許さず一国を滅ぼした悪魔のような軍師、ロア=シュタイン。そんな噂も一人歩きしている僕が、ただでは済まさないと言っているのだ。
「南の大陸に、侵攻すると……?」
「さあ、どうでしょうね。ですが少なくとも、反フェザリスの国々をそのまま良しとするつもりはありません。ご存知の通り、僕は手段を選びませんから」
言葉を失うオザルドに、ビッテガルドも動いた。
「ウチも同じ気持ちだな。フェザリスが苦境に陥ったと知れば、今回の軍船など比較にならぬ軍勢を引き連れてこよう。他の国にも兵を出させる。北の大陸総出の祭りだ」
オザルドは苦しげな顔で、それでも問う。
「何故に、フェザリスのような小国をそこまで庇護されるのだ……」
僕の答えは簡単。
「ルルリアの祖国だから」
それだけの話さ。




