【やり直し軍師SS-100】2人の軍師⑦
場の雰囲気が出陣に向けた高揚感に包まれようとした時、今一度オザルドが水をさす。
「お待ちください! 王よ、敵意がないと申しているイングに対してそれは、あまりにも乱暴ではありませんか! 妃のご実家ですぞ!」
やる気になっていたアーセル王の顔が曇る。
「しかし……」
「しかしではございません。後で抗議の文書でもお送りすれば済むことを、いたずらに大事にしてどうされるおつもりか!? 北国の客など、帰って仕舞えばそれまでなのですぞ!」
オザルド、ちょろちょろ本音が漏れるなぁ。それだけ焦っているのか。
それもそうか。北から大国が揃ってやってきているんだ。アーセル王としては、フェザリス側に靡くつもりになっている。反フェザリス派としてはここでなんとか食い止めないとだものなぁ。
けれど、奮闘するオザルドの言葉を無為にするドランの言葉。
「オザルド殿。何か勘違いをしておりませんか? 我々は戦いに出るのではなく、このように国境で兵を動かすことの危険性を、イングの少々足りぬ将に教えて差し上げるだけのことなのです」
口調は柔らかいのだけど、合間合間に毒がある。ちくりちくりとオザルドとイングの将を貶めている。もしかすると閑職に甘んじていたのは、言葉の選び方にも原因があるのかも。
けれど言っていることは正論だ。オザルドはドランに殺意を込めた視線を向けながらも、反論の言葉を見つけられずにいる。
「それとも、オザルド殿は戦いになる懸念でもお持ちなのですかな?」
「い、いや……」
「何、こちらも牽制。向こうから使者が来たらそのように伝えれば宜しいだけのこと。ただし」
一旦言葉を切ったドランに、アーセル王が不安な顔のまま続きを問う。
「ただし、なんだ?」
「イングの部隊が領土侵犯を犯していなければ、です。アーセル王、彼らが一歩でもこのアーセルに許可なく足を踏み入れていたとしたら、それは許されざること、左様でございますね?」
「無論だ。いくらクレリッドの実家とはいえ、それは許さん」
「王の仰ることが全てです。もしもイングの兵が国境を越えていれば、あるいは、我々が”威嚇”した程度で押し出してくるような事があれば、こちらも威嚇では済まない。それだけの話かと」
「それは、その通りだな……」
「王よ!」慌てて口を挟むオザルドに、アーセル王はいよいよ不快な顔をみせる。
「オザルド、お前の言っていることと、ドランの言っていること、私にはドランの言葉の方が道理に適っていると思う。違うか? それとも、何か都合が悪いことでもあるのか?」
「……い、いえ。そのようなことは……」
「ではこれで決まりだ。お客人達、会談途中で申し訳ないが、まずはアーセルの矜持を示すことを優先させていただこう」
こうして急きょ、隣国イングに対して牽制の兵を差し向けることになったのである。
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アーセル王の決定により、急ぎ出陣の準備を始める。
僕らはひとまずフェザリスの兵を500ずつ借り受け、そこに”義勇兵”を参加させることになった。つまり暫定的な僕らの部隊となり、指揮は任せるということだ。
一度船に戻るためドランと別れ、ビッテガルドたちと揃って廊下を歩く僕ら。歩きながらビッテガルドが側近に指示を飛ばしてゆく。
「ラサーシャ、フォルク。お前らに任せる。それぞれ手練れを10人ほど選んで連れてゆけ。その位なら問題なかろう」
「はっ。しかし皇子の護衛は?」
フォルクの言葉にビッテガルドは鼻で笑う。
「この程度の状況で護衛など不要だ。それとも、俺が後れをとるとでも?」
「そうは思いませんが、同時に、次期皇帝としては不用意と存じます」
はっきりと言い放つフォルク。
「……心得てはいる。俺は護衛を率いてアーセル王のそばにいる事にする」
「なれば異議はございません」
フォルク、やるなぁ。感心しながら、僕は双子を見る。
「僕らの方はユイメイは決まり。ラピリアとウィックハルトはどうする?」
「当然、ロア殿のそばに。これは譲れません」
ウィックハルトの返事は予想通り。
「私は双子の方に入ろうかしら。ロアも当然、アーセル王の近くに待機するんでしょ?」
ラピリアはそんな風に言いながら、視線はラサーシャに向いている。対抗意識を燃やしておりますなぁ。
「よし、じゃあ。ルデクもそれぞれに10人程連れて行ってもらおうかな。人選は任せるよ。……そうだ、ネルフィアとサザビーはどうしようか?」
2人は外で警戒中だ。騒がしくなっている事には気づいているだろうけれど。
「2人はロアの手元に置いておきなさいよ。その方が、必要に応じて動けるでしょ」
「それもそうだね。じゃあ、指揮はラピリアと双子に任せる事にしよう」
ざっくりと方向性を決めながら歩く僕らの行手を遮るように、人が飛び出してきた。見れば先ほどの会談で再三邪魔をしてきたオザルドだ。
僕とビッテガルドの側近がそれぞれに警戒度合いをあげる。
それにしてもいつの間に先回りを? よく見れば少し肩で息をしている。走ってきたのか?
オザルドは僕らを見ると、一度グッと唇をかみ、深々と頭を下げてきた。
「……なんの真似だ?」
先ほどのやり取りから、声をかけるビッテガルドの言葉にも棘がある。
それでもオザルドは頭を上げる事なく不動のまま、
「無礼を承知の上でお頼みする。どうか、このまま北へと帰ってもらえないだろうか」
と、絞り出すように言葉を吐いた。




