【やり直し軍師SS-10】王と軍師③
堂々巡りの議論の中、ネルフィアが口を開いた。
ネルフィアが言葉を発したのは、3夜目にして初めてのことだ。父とロア殿、そして残った私もネルフィアに視線を向ける。
「このまま話し合っても堂々巡りでしょう? 如何ですか、新たに第三者を加えては?」
「第三者とは誰か? 騎士団の者か?」
父が問うとネルフィアは首を振る。
「騎士団の者ではあまり意味はないでしょう。答えは決まっています「自分たちの被害で済むなら、出陣する」と」
ネルフィアの言う通りだと思う。誇り高き騎士団にこれまでの事情を説明すれば、多分、判を押したような返答になる。
「では誰を呼ぶのだ?」
父が再び問う。
「許可をいただければ2人、呼びたいと思います。それに伴い、場所を変えた方が宜しいかと」
ネルフィアが勿体ぶっている訳ではないだろうけれど、私は「呼ぶのは一体誰なのだ」と叫びそうになった。
「お一人は、サイファ様です。ちょうど本日、帝国の折衝からお戻りになられたばかり。お疲れのサイファ様には申し訳ありませんが、そうも言っていられない状況。我が国でサイファ様ほど見識をお持ちの方は他に居られないかと思います」
ネルフィアの提案に、私も深く頷く。ネルフィアの言う通り、サイファ殿はルデクの外交を支えてこられた方だ。このような難しい局面で、サイファ殿の意見は有用であるように思う。
「……サイファか…………うむ。それは悪くない。すぐに呼ぼう。おい、誰か!」
父の呼びかけに応じ、すぐに警備の兵士が入室し、サイファ殿を呼び寄せるように指示を受けて走ってゆく。
「……それで、もう一人は誰だい?」
兵士が出てゆくのを待ってから、ロア殿がネルフィアに聞いた。
「……エンダランド様です」
これには私も驚いた。エンダランド翁といえば、帝国から当地に派遣された方だ。ルデクの命運を左右する、このような場に呼ぶべき人物とは思えない。
「……それは流石に、どうかと思うが?」
父も難色を示している。ところが対照的な反応を示したのはロア殿だ。
「ああ、なるほど……面白いかもしれませんね」などと口にする。これには父も「ルデクの命運を他国の使者に委ねるのか」と不快感を示す。
けれどロア殿は、
「ゼウラシア王も聞き及んでおられるはずです。翁はルデク寄りの方です」
「……それは聞いておるが……」
渋々頷く父に、ネルフィアが言った。
「エンダランド様は、帝国の黎明期を支えた御仁。外交面から裏の動きまで、あのお方は帝国の拡大を陰で支えてこられました。そのような方が今、王都におられます。利用しない手はないかと」
「…………ううむ……………」
ネルフィアの言うことは分からなくもない。けれど、父が決断できない理由はもっと分かる。エンダランド殿は所詮他国の人間なのだ。このような重要な場に、自分たちの国の重臣よりも優先して参加させる必要は感じない。
けれど、悩む父に対して、ロア殿がネルフィアに助け舟を出した。
「今一番刺激してはいけない相手は、間違いなく帝国です。仮にもし、このままリフレアを飢えさせるなら、帝国にも今の我々の苦悩を見せておくのは悪くないと思います」
情報戦の玄人であるネルフィアと、ロア殿の言葉を受けて父も折れる。
「……分かった。では、エンダランドも呼ぼう。だがこれは、危険も伴う選択であるぞ。あの者は一筋縄ではいかぬ」
そのように言った父に、ロア殿は真剣な顔つきで返す。
「一国を滅ぼそうと言うのです。翁が毒を吐くなら、全て飲み込む覚悟です」
こうして、この国の命運を決める話し合いに、二人の人間が追加されたのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
呼び出された2人の反応は対照的だった。
「王の御前でこのようなことを申し上げるのは憚られますが……、今日帝国から戻り、眠っていた私を呼び出すほどの出来事なのですかな?」
そのように言うサイファ殿は明らかに寝起きで、流石に不機嫌そう。というかひどく眠そうだ。
「さてはて、お疲れのサイファ殿と、帝国の臣である私をこのような時間に呼び出されるとは……帝国との関係になにかございましたかな?」
エンダランド翁は少し赤ら顔。酒の匂いも漂う。
「2人を呼んだのは他でもない。実はな……………………」
父の説明を聞いた2人は、またしても対照的な反応を見せる。
「なんと、それは…………」
絶句し、不機嫌な表情を改めるサイファ殿。
「それは、それは…………」
口角をあげ、ロア殿とネルフィアに、まるで「どちらの提案だ」と聞かんばかりのエンダランド翁。
表の歴史には決して出ない、決断の夜はこうして始まったのである。




