【やり直し軍師SS-1】ショルツ①
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「いったい上層部は何を考えているのだ!」
ここはリフレアの聖騎士団の詰所。
声を荒らげているのは、ショルツの同僚であり、ショルツと同じ騎士長の一席を担っているエルドワドだ。
唯一神レゼグルの敬虔な信徒で、教皇への忠誠厚いエルドワドがこのように腹を立てるのは珍しい。
「まあ、そう言うな。上も何かしら考えがあるのだろう」
ショルツも同じ思いはあるが、ここは宥めに回る。詰所の中とはいえ、一歩間違えば上層部の批判とも取れる内容だ。どこに誰の耳があるか分からない。
ルデクの第一騎士団の招きで、リフレアの聖騎士団がルデクに攻め込んだのはつい先日のこと。そして史上稀に見る大敗を喫して、おめおめと逃げ帰ってきた。
この戦いにショルツは参加していない。上層部から参加の見合わせがあったためだ。ショルツやエルドワドなどの実績のある騎士長を差し置いて、リフレア聖騎士団を率いたのはジュメイという将である。
同じ騎士長ではあるが、実力は2人に比べて明確に見劣りする。しかし上層部からの受けは良いため、今回の遠征の指揮官に抜擢されていた。
侵攻計画の中心人物はルデクの第一騎士団を率いるルシファル=ベラス。プライドの高い男で、どうもそちらにも配慮したようだという話が、実しやかに囁かれている。
そもそもルデクへの侵攻そのものが、ショルツには寝耳に水の話であったのだ。
ルデクが領内を通過するのを許可したとの通達があり、第10騎士団がリフレア領内を抜けた直後、突然の敵対宣言が下された。
どうやら、反対しそうな将官にはあえて伝えられなかったらしい。
確かにもし事前に知っていれば、一言意見を述べるような出来事である。尤もショルツの意見が通るような上層部でないことは分かりきっているが。
元々聖騎士団の発言力はあまり高くない。リフレアは武力での戦いよりも、外交で生き抜いてきた国だ。その歴史が、自然と聖騎士団の序列を引き下げていた。
特に今の上層部、正導会が政務を牛耳ってからは、聖騎士団を軽んじる傾向が顕著であった。当然、聖騎士団の中にも面白く思っていない者は増える。
そこへ持ってきて、ルデク侵攻による無様な敗戦である。
せめて万全の編成で挑めば、或いはもう少しマシな結果になったかも知れない。そんな思いが募った結果が、エルドワドの口からこぼれ落ちていた。
だがまあ、ショルツは考える。恐らく、ショルツやエルドワドが同行したところで、この遠征は失敗したのだろうと。
敗戦の報を聞き、ショルツは自分なりに戦況を分析してみた。
聞いたことのない新しい巨大兵器に、内応したはずの第二騎士団の裏切り。聞けば聞くほど負けは決まったようなものであった。
今回の戦いで、ショルツたちにとって数少ない朗報といえば、第一騎士団のルシファルの討死くらいだろうか。彼には悪いが、これ以上、聖騎士団を我が物顔で使われるのは好ましいことではない。
「しかしな……」
なおも言いたりなさそうなエルドワドの盃に酒を注いでやりながら、ショルツは話題を転じた。
「過ぎてしまったことは仕方がない。それよりも、今後のことを考えておかねばならぬだろう」
「……攻めてくるか」
エルドワドも表情を改める。
「可能性は高いだろうな」
ルデクがこのまま事を収めるとは思えない。同盟国が背中から刺そうとしてきたのだ。帝国やゴルベルよりも悪質だ。そうそう赦しはしないはず。
「だが、可能か?」
「分からん。ルデクにどれだけの余剰兵力が残っているかによるな。或いは数年後、向こうが態勢を立て直してからの戦いになるかも知れん」
現状のルデクは、帝国、ゴルベルと睨み合いながら、さらにリフレアと戦うことになる。そうそう簡単にこちらに兵を出すことはできまい。
しかも第一騎士団と第九騎士団がリフレアに寝返ったことで兵力は著しく減じている。
「苦渋を飲んで、休戦という可能性もあるのではないか?」
エルドワドの言うこともあり得なくはない。だが、このような事をしでかした相手を、表面上だけでも赦し、受け入れると言うのは後々に大きな禍根を残すだろう。
「……戦いにならねばそれでも良い。だが、俺たちは戦う前提で準備をしておくべきだ。我々は教皇と、リフレアの民を護る誇り高き聖騎士団なのだから」
「……そうだな」
ショルツの言葉にエルドワドも頷く。状況がどう変わろうと、聖騎士団のやるべきことは変わらない。教皇と民を護るため、そのためだけに存在しているのだ。
「万全の準備を整えておけば、ルデクに後れをとることはないだろう。状況を考えればルデクが攻めてきても短期決戦だ。そうでないと帝国やゴルベルに好きにされるだろうからな」
エルドワドの分析は間違っていないように思う。もし自分がルデクの将であったのなら、短期決戦でリフレアに相応の打撃を与え、それを持って矛を収めて停戦に持ち込みたいところだ。
ならば我々はその一撃を受け止め、跳ね返せば良い。
自分の中の考えもまとまり、スッキリしたショルツは自分の盃にも酒を注ぎ、グッと飲み干した。
ルデクからの正式な宣戦布告、そして、リフレアを揺るがす三国同盟の知らせが届いたのは、そんな会話のしばらく後のことであった。