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こころのみちしるべ  作者: 110108
ルクレティウス編
95/102

093.『こころのみちしるべ』1

「さて、お説教の時間だぞ小僧」

 飄然とした笑みを浮かべながらも分厚い体から怒気を放ちゲレーロの前に立ちはだかるジンはそう言った。ゲレーロはそれにまったく気圧されることなく応じた。

「ジン。いつまでも教師面すんのはよせ。俺はもうお前と対等の六中騎士なんだ」

 それどころか彼は笑った。

「それにお前はもう立派な反逆者だ」

 それを聞いたジンはニヤリと笑った。

「それはどうかな」

 ゲレーロは目を眇めた。

「何?」

 ジンは肩をすくめた。

「まあ、何にせよお前はいろいろ未熟だって話だ」

 ジンは剣を構えた。

「俺が鍛え直してやる」

 ゲレーロもそれに応じるように剣を構えた。

「やれるもんならやってみろ」

 二人にそれ以上の問答は無用だった。先に仕掛けたのはジンだった。一気に距離を詰め、左下からの斬り上げを放った。ゲレーロは構えた剣を立ててそれを受け止めた。ジンは一撃目が防がれることを知っていてわざとそれを軽く放っていた。素早く二撃目に転じるために。籠手を狙う右上からの短い袈裟斬り。一方のゲレーロもジンの一撃目の剣戟が軽いことを感じ、一撃目は「捨てる」つもりで打っていることを察知し、二撃目に備えていた。ゲレーロは剣を素早く寝かせることで二撃目を防いだ。しかしジンは二撃目にもほとんど力を込めていなかった。彼はそれが防がれることをあらかじめ知っていたかのように素早く三撃目を放った。左からの薙ぎ払いである。一方のゲレーロもそれを予期していたかのように一歩引いて剣を立て、それを受け止めた。その間わずか約一秒。

 ここで一旦ジンが大きく跳び退いた。それを見たゲレーロもわずかに跳び退き体勢を立て直した。攻撃がすべて受け止められたジンはしかしその笑みを微塵も崩しはしなかった。

「多少は成長したようじゃねえか」

 ゲレーロはそれを挑発として受け取った。

「見くびるなよ教官風情が」

 再び仕掛けたのはジンだった。素早い剣戟を受け止められた彼だが彼には得意な攻撃の型がいくつもあった。彼が次に仕掛けたのは刺突だった。それはゲレーロの得意技でもあった。それを知りつつ笑って刺突での攻撃を仕掛けて来たジンの性格の悪さにゲレーロは怒りを顔に滲ませて応じた。

「ふざけてんのかっ!」

 ゲレーロは刺突に刺突を合わせてジンの剣戟を弾いた。ジンは再び刺突を放った。ゲレーロはその軌道を読んで上体を仰け反らせそれを躱した。素早く剣を突く手を引いたジンは再び刺突をゲレーロの胴に放った。ゲレーロは上から剣を叩きそれを弾いた。その間わずか約一秒。

 ジンは再び大きく跳び退いた。ゲレーロは今度は跳び退かなかった。なおも怒りを顔に滲ませるゲレーロにジンは揶揄にも聞こえる言葉を浴びせた。

「少しはやるじゃねえか」

 人の得意技と知りながらその土俵で剣戟を仕掛けて来るジンの余裕をゲレーロは疎ましく思った。

「なめやがって…」

 ジンはそれを聞いて満足そうに口の端を吊り上げた。

「じゃあ今度は斬撃と刺突を織り交ぜて行くぞ」

 手の内をあえて明かすのもジンがゲレーロを下に見ている証拠だった。

「いつまでも教師面をするなと言っている!」

 ジンはその言葉には返答せずに再び攻撃を仕掛けた。右からの水平斬り、刺突、左からの水平斬りの三連撃。ゲレーロはこれをときに両手で、ときに片手で持つ剣で受けきった。ジンはさらに二連続の刺突を繰り出し、その終いに右上段からの袈裟斬りを放った。ゲレーロは必死にこれに食らいついたが反撃の糸口は見出せなかった。

 ここで再び両者は距離を取った。

二人の六中騎士同士の戦いは熾烈を極めた。両者は素早さ、力、技、すべての面で互いに高い域に達しており、無数の剣戟を交わし、真剣と真剣をぶつかり合わせる際に文字通り火花を散らした。

 当初はジンがゲレーロに対して優勢だった。力と技量に勝るジンは攻勢に出続けた。瞬発力やバネもジンが上だったが、ゲレーロは動体視力が良く、体を柔らかく使い、ジンの攻撃を寸でのところで食い止め続けた。

 しかし次第に優劣が逆転し始めた。その要因は二つあった。まずジンの攻撃のスピードにゲレーロの目が慣れてきたこと。もう一つはゲレーロの方がスタミナで上回っていたことだった。最初は飄然とした笑みをみせていたジンだが、次第に彼の額には焦りと疲労から来る汗が浮かんできた。防戦一方だったゲレーロも反撃に出るようになり、次第にその手数は増えた。さらにはゲレーロの方が一方的に攻撃し、ジンがそれを防ぐだけで手一杯になった。ついにゲレーロにはジンを茶化す余裕まで生まれた。

「説教はいつすんだよ?」

 苦戦しつつも笑みは崩さずにジンは答えた。

「これからすんだよ!」

 しかしジンの劣勢は明白だった。勝利を確信したゲレーロは攻撃を続けながら邪な笑みを浮かべた。

「そろそろ引退させてやるよ」

 ジンは焦りながらもゲレーロの剣を受け続けた。彼は言い返す余裕をもはやもたなかった。ゲレーロはジンの反応が鈍くなっていることを見抜いた。彼は決着の瞬間を次のように想定した。まず下段から強烈な一撃を叩きこむ。続いて素早く水平斬りと袈裟斬りを叩きこむ。おそらく一撃目は防がれるがジンは体を大きく仰け反らせるはずだ。二撃目の水平斬りの防御は何とか間に合うだろう。しかし二撃目を捨てて素早く三撃目の袈裟斬りに繋げればジンはそれには反応しきれない。

ゲレーロはその想定通りに仕掛けた。まず一撃目の強烈な斬り上げ。ジンは想定の通りそれを防いだが大きく体を仰け反らせた。続いて素早く水平斬り。ジンは必死にそれを上から剣で叩いて防いだ。しかしそれを想定していたゲレーロは素早く三撃目の袈裟斬りに切り替えていた。ジンは目を見開いた。ゲレーロは嗤った。決着はついた——

 ——かに思われた。しかしにわかに笑みを浮かべたジンはゲレーロの袈裟斬りに綺麗に剣を合わせて見事にそれを弾いた。ゲレーロは目を見開いた。ジンは両手で自身の剣を握るとその手に力を込め袈裟斬りを放った。驚きで反応の鈍ったゲレーロはそれを受け止めたが、片手で剣を握っていた彼に対しもともとパワーで勝るジンの両手持ちの袈裟斬りは余りにも強く、ゲレーロは剣を地に叩き落とされてしまった。その剣に一瞬目を奪われたゲレーロが再びジンに目を向けると、ちょうどジンが強烈な峰打ちをゲレーロの顎に叩き込む瞬間が見えた。ゲレーロは脳震盪を起こし、どさりと仰向けに倒れた。ジンは倒れたゲレーロの首筋に切っ先を据えた。すっかり体に力の入らなくなったゲレーロにできることは口を動かすことくらいだった。勝敗は決した。

「くそ…なぜだ…」

 状況が理解できずにそう呻くゲレーロにジンは平然と答えた。

「まあ、スタミナと動体視力で上回るお前の方が後半は優勢だったな。そのままならお前が勝ってただろうな」

 ゲレーロは黙って答えを待った。

「だが俺は最後の決着のために集中力と体力を保ってたんだよ。要するにスタミナ配分には気を遣ってたってわけだ。あと、俺が疲れたように見えたんだろうけど、ある程度は演技だ」

 ゲレーロはそれを聞いて吐き捨てるように言った。

「ちっ、最初からてめえの掌の上だったってわけか」

 ジンはそれを聞いて笑うととどめの殺し文句を吐いた。

「それにな、お前の考えてることなんて見え見えなんだよ。誰がお前に戦いを教えてやったと思ってんだ?」

 それを聞いたゲレーロは観念して呟いた。

「かなわねえな」

 ジンは笑って言った。

「ま、百年早えな」




 ハクは顔中に憎しみを滲ませた。

「スレッダ、てめえどういうつもりだ…」

スレッダは表情も姿勢も変えずにハクに問い返した。

「そりゃこっちのセリフだ。無抵抗の相手痛めつけて何のつもりだ」

 ハクは呆れたように笑った。

「はっ! 無抵抗だろうと相手は魔女だろ。ルクレティウスの害悪には違えねえ」

「そうか? 俺にはお前の考え方の方が害悪に思えて仕方ねえぜ。あれだけ必死に仲間守ろうとしてるヤツらをゴミみてえに見下して痛めつけて」

 ハクは鼻で笑った。

「弱えヤツが寄ってたかって。弱えのは弱えヤツが悪いんだろ」

 スレッダは少しだけ目を眇めた。

「そういやお前はアーケルシアが全軍特攻して来たときも敵を愉しそうに痛めつけてたらしいな」

 ハクは再び顔に憎しみを滲ませた。

「だったら何だよ。弱えヤツは最初から家で大人しくしてりゃいいんだ。力もねえくせにイキがって強えヤツに逆らうから虫けらみてえに殺されんだろ…」

 スレッダは構えを解いた。今度はハクが目を眇める番だった。スレッダは淡々と言った。

「そうか。やっぱり俺の判断は間違ってなさそうだ」

「何を言ってる…?」

「俺も軍の魔女討伐作戦に加担するか真琴たちに味方するか迷ってたんだよ。だが今はっきり答えが出た」

 スレッダはハクに据えた視線を鋭くした。

「俺はとりあえずお前を倒す」

 堂々と軍の命令に背くと嘯くスレッダにハクは呆れて笑った。

「そりゃあどういう了見だ。反逆行為だぞ」

 スレッダはあらためて大剣を構え直した。

「知るかそんなもん。俺が個人的にてめえのことが気に入らねえからぶっ飛ばすっつってんだよ」

 ハクもそれを聞いて敵意ある眼差しをスレッダに据えた。

「へえ…」

 スレッダは素早く周囲を見渡した。悠樹は杏奈をビショップから守っている。杏奈は意識を失っているのかまったく動かない。真琴は立ち上がりグレンと対峙しているがほとんど立っているのがやっとの体だ。ジンはゲレーロを相手にしている。レオは立って戦況を見つめている。魔女も杏奈同様倒れていてまったく動かない。彼は心中で呟いた。

(ここでコイツとやり合うのは色んな意味でリスクがデケぇな…)

 そこへハクの嘲弄の言葉が飛んできた。

「お前が俺に勝てると思ってんのが笑えるわ」

 ハクは錫杖を高く掲げた。

「お前は地べたを這いずりながら剣振り回すだけの普通の騎士。対して俺はどこにでも自由に雷を落とせる超人的な能力の持ち主。勝負にすらならねえだろ。正直何で俺と同じ六大騎士にてめえが列せられてんのか不思議なくらいだぜ」

 スレッダはそれには答えずにハクを鋭い目で見据えていた。ハクは鼻で笑って吐き捨てた。

「無視かよ。じゃさよならだな」

 ハクは技の名を口にしようとした。するとスレッダは頭上の木の枝の上に素早く跳び乗った。

「は!?」

 それを見たハクは「何の真似だ」と言わんばかりに唖然とした。木に跳び乗っても落雷は防げない。それどころか雷が直撃するリスクは増す。隠れたつもりでいるならとんだ勘違いだ。ハクは構わずスレッダが跳び乗った木ごと雷で打とうとした。しかしその様子を上から眺めていたスレッダは素早く遠くの木の枝の上に跳び移った。ハクは再び唖然とした。

「てめえ逃げんのか!?」

 あれだけの啖呵を切っておいて攻撃を仕掛けてくるどころか枝葉に身を潜め、遠ざかるとは。遠くの枝に跳び移ったスレッダの姿は小さくなり、視認が難しくなった。しかしどこの木の上にいるかくらいはわかる。ハクは今度こそ雷で焼いてやろうと錫杖を再び高く掲げた。するとスレッダはさらに遠くの木の枝の上に跳び移った。それはハクの位置からはやや視認が難しい木だった。

「おいてめえっ!」

 ハクはスレッダの跳んで行った方へ向かって走った。スレッダの背中を見つけたハクは今度こそ彼に雷を浴びせようとしたがそのとたんにスレッダは別の木の枝の上に跳び乗った。

「くそ待てよっ!」

 ハクはスレッダを追った。そうこうしているうちに真琴たちのいる位置からずいぶん遠い位置までハクはやって来ていた。それは例の枯れた滝の近くだった。そこから先は切り立った高い崖になっているため、跳び移れる木はなく、もはやスレッダに退路はない。ハクはニヤリと嗤った。

「ようやく追い詰めたぞ」

 その言葉を受けてもスレッダはただ樹上からハクを見下ろすばかりで何も言い返さなかった。ハクは錫杖を掲げた。

「神仙杖技・裁決」

 晴天を紫電が走った。雷鳴が轟いた。稲光がスレッダの直上の空に収斂し、それがスレッダごと彼の乗る木を直撃した——

——しかしスレッダは素早く枝を蹴りそれが直撃する寸前に少し離れた地面の上に移動していた。ハクは目を見開いた。

「避けた!?」

 雷を避けるとは何という反射神経と瞬発力だ。焦りと怒りを顔に滲ませたハクは素早く追撃を試みた。

「神仙杖技・裁決!」

 紫電が再び空に走り、それは地上のスレッダを見舞った——かに思われたがしかしスレッダは直前に移動しそれを免れていた。先ほどの回避がまぐれでないことを思い知らされてハクはさらに焦った。

「ふざけやがって…くらえ! 神仙杖技・裁決!」

 紫電がさらにスレッダを襲った。しかしスレッダはそれを素早く移動して躱した。

「くそっ!」

 紫電を落とすハク。それを回避するスレッダ。状況はしばらくそのように続いた。ハクは焦りを募らせたがスレッダも回避に余念がなく反撃の余地を見出せずにいた。

状況が変わったのはスレッダの顔に次第に疲れが見え始めてからだった。ハクはそれを見て哄笑した。

「はっはっはっ! お前はただの生身の人間。体力は有限だ。だが神にも等しいこの俺が雷を落とせる回数は無限だ。あと何回か知らんがお前の体力が尽きて直撃を食らうのは決まりきった結末なんだよ!」

 スレッダはそれを聞きながらも余念なくひたすら落雷を躱し続けた。ハクはその心理を揺さぶるかのようにさらに付け加えた。

「今から謝れば許してやってもいいぜ! まあ気分次第じゃ謝っても軽い雷一発浴びてもらうかもしれねえけどなあ!」

 ハクは雷を落とす錫杖を握る手に力を込めた。雷が落ちる頻度は一気に増し、森全体が地獄の様相を呈した。雷に打たれた木は焼け、倒れ、次第に辺りにはほとんど木がなくなっていった。周囲には倒れた木から発せられる炎や煙が広がり、草木の焦げる匂いが立ち込めた。岩に当たった雷はそこに赤熱を生みそれを焦げさせた。その落雷の様子は離れたところで戦う真琴、悠樹、ビショップ、ジン、ゲレーロさえをも慄然とさせるほどだった。スレッダの逃げる場所さえもうないのではないかと思えるほど森は荒れた。ハクは邪な笑みに顔を歪めた。

「さあそろそろ終いにしてやるぞ!」

 ハクは雷を落とすペースを上げた。スレッダが雷に打たれるのは時間の問題に思えた。

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