091.『クラスメイト』1
レオの命令は続いた。
「邪魔をする者があればそれも斬れ」
それが言外に真琴を指していることは明らかだった。グレンとハクはさらに歩を進めて真琴まで五メートルほどに迫った。真琴とマナは後ずさりしたが、二人は逃げることさえできなかった。六大騎士三名が相手では逃げてもどうせすぐに追いつかれる。背中を見せる方が危うい。グレンが言った。
「魔女は俺がもらうぞ」
それを聞いたハクがグレンに向かって怒鳴った。
「ふざけんな! 俺が魔女とヤるんだよ!」
グレンも怒鳴り返した。
「ああ!? 殺すぞてめえ!」
「てめえこそ死にてえのか!」
二人の騎士は喧嘩をし始めた。真琴とマナは顔に警戒の色を滲ませつつも呆然とそれを見守った。レオが呆れながらその仲裁をした。
「じゃんけんで決めろ」
レオにそう言われて二人はしぶしぶじゃんけんを始めた。結果はハクの勝利だった。ハクは喜び、グレンは悔しがった。
「やったぜぇ!」
「くそがっ!」
マナに向き直ったハクは手前で剣を構える真琴など意に介さず、冷たい目と笑顔を彼女に向けて言った。
「さて、そんじゃ始めますか」
ハクは歩を進めた。グレンもつまらなさそうに真琴の方に歩を進めた。真琴は必死に抗議した。
「レオさん! どうしてこんなことを!」
レオは真琴に目もくれずにぽつりと答えた。
「ルクレティウスの平和のためだ」
この場にいる唯一の常識人だと思っていたレオの冷徹な一言に真琴は絶望した。彼は今一度マナに向かって叫んだ。
「由衣! 餓幽を出せ!」
餓幽もまた彼女の内から叫んだ。
『マナ! 俺を出せ!』
しかし彼女の答えは変わらなかった。
「ダメ! もう誰も傷つけたくないの! 私はそう決めたの!」
真琴は声を張り上げた。
「どうして!」
彼女は懇願するような目で真琴を見上げて言った。
「あなたを! あなたを傷つけてしまった! あなたみたいないい人を! もうそんなことしたくない!」
真琴は言葉を失った。しかしその静寂をハクの声が遮った。彼は胸に手を当てていた。
「秘仏の喘鳴」
彼の胸は白く光り、その前の中空には縦に一条の光が現れた。その光が弱まると光は錫杖へと姿を変えた。彼はそれを掴み取り、天高く翳して言った。
「神仙杖技・裁決」
すると空に紫電が走り雷鳴が轟いた。真琴は呆然とそれを見上げた。一瞬の静寂ののち鋭く稲光が落ち、それはマナの体を鋭く打った。彼女は目を見開き悲鳴を上げた。
「ああああああああ!!!」
その光景を眼前で見せられた真琴は愕然とした。彼女の体は衝撃で跳ね上がり、雷の光が消えると彼女は糸の切れた人形のように地に頽れた。真琴はたまらず叫んだ。
「由衣!!」
彼女の肌にはところどころ煤が付き、彼女の衣服はところどころ焦げていた。彼女は呻きながら体をかすかに動かした。ひとまず彼女が生きていることに安堵した真琴だったが、とても無事とはいえない状態だった。そんな彼女にハクは嘲弄の言葉を浴びせかけた。
「あっはっはっはっは! お前いい声出すじゃねえか!」
マナは起き上がることすらできそうになかった。それを見た真琴は焦り、目の前の敵を見て歯噛みした。
(早くこいつらを倒さないと…!!)
真琴はハクとグレンの二者を相手にせねばならなかった。いや、奥に佇むレオさえもいつこちらに攻撃を仕掛けてこないとも限らない。ともかくハクがもう一度とマナに対して雷を打つことだけは何としても阻止しなくてはならない。次に彼女がそれに耐えられる保証はどこにもない。そう考えた真琴はハクへと素早く斬りかかった。その視線の先にあったのはハクが発した雷の源である錫杖だった。それさえ破壊してしまえばマナがもう一度雷を浴びる危険はなくなるだろう。真琴は素早い斬り下ろしの一撃を放った。しかしそれが対象物を捉える前に真琴はグレンの左脚の回し蹴りを腹部に受け呻いた。
「ぐっ…!」
蹴りながらグレンは冷淡に言った。
「お前の相手は俺だ馬鹿野郎」
真琴は倒れ痛みに顔を顰めた。そこへグレンの吐き捨てるような言葉が降りかかってきた。
「ほんとは俺だっててめえみてえなザコじゃなくて魔女と戦いてえのに運悪くてめえの相手させられてんだ。そんな俺を無視するとはどういう了見だコラ」
真琴は歯を食いしばり立ち上がりながら思考を巡らせた。駄目だ、ハクを倒す前にまずはグレンをどうにかしないと。真琴は六大騎士三人を目の前にするという絶望的な状況を覆すべく、自身を鼓舞するように雄叫びを上げてグレンに突進した。
「うおあああああああああああ!」
大上段からの両手での斬り下ろし。しかしグレンはそれを事も無げに片手の薙ぎ払いの一撃で弾き返した。弾き返された真琴はその勢いで上体を大きく仰け反らせたが、弾いた方のグレンは姿勢を微塵も崩すことなくつまらなさそうな顔を真琴に向けていた。真琴は唖然とした。
(何だこいつの剣戟…重過ぎる…!)
「おい」
そう呼びかけられてはっとした真琴にグレンが追い打ちの一言を放った。
「俺はまだ『剣』すら使ってねえんだぞ。お前がどういうつもりでその女守ってんのか知らねえけどよ、ルクレティウス兵のくせにルクレティウス六大騎士に立ち向かう覚悟があんならよ、せめて俺に本気ぐらい出させろよ」
真琴は歯噛みした。しかし彼は心を落ち着けるよう努めた。ゲレーロに勝ったときのあの動きが出来れば…。先ほどビショップには躱されたがそれはビショップがあらかじめあの動きを見ていて、相手の動きを覚えそれに対応する力に長けているからだ。あの場にコイツがいたかどうかは知らないが、もしあれを見ていなかったなら勝機はある。真琴はふっと息を吐いてあの足の感覚を思い起こした。彼の両足からは白い靄が立ち昇った。グレンとレオは同時にそれに気付き、目を眇めた。真琴は今一度集中した。素早く、一撃に賭ける。
次の瞬間には真琴はグレンの眼前に位置を占めていた。グレンは目を見開いた。先ほどとまったく同じ大上段からの斬り下ろし。しかしスピードも威力もまるで違う。比較にもならない。グレンはとっさに両手の薙ぎ払いで弾き返そうとしたが真琴の一撃を受けるにはまったく勢いが足りていなかった。真琴の剣の勢いに完全に押し負けたグレンは後方に大きく吹き飛んで仰向けに倒れた。マナを守ることを主眼に置いていた真琴は吹き飛んだグレンを深追いせず、その場に留まりハクの次の動きを警戒することを選んだ。真琴は手応えを掴んだ。
(これなら勝てる。このスピードなら六大騎士にも通じるぞ)
しかし彼の予想に反してグレンは何事もなかったかのように立ち上がった。彼の体には傷一つなかった。真琴は唖然とした。
(完全に不意を突いたのに…無傷かよ…)
グレンはむしろ笑っていた。
「いいね。なかなか速いし重いのもってんじゃねえか」
グレンはまるでこれまでの攻防が準備運動に過ぎないかのように首のストレッチをしながら真琴に言った。
「その調子で頼むぜ。じゃないと俺が愉しめねえ」
その言葉が終わるか終わらないかというタイミングで真琴は素早く移動しグレンの右下に位置を占めた。グレンはそれに反応しきれていないように見えた。
(いける…!)
真琴は一息に斬り上げた。しかしグレンは体を仰け反らせてそれを躱した。目を見開く真琴とは対照的にグレンは笑っていた。グレンは仰け反らせた反動を利用して強烈なオーバーハンドの袈裟斬りを放ってきた。真琴は慌ててそれを受け止めたがその重さに耐えきれずに剣を地に付くほどに下げさせられた。次の瞬間、真琴の襟を左手で鷲掴みにしたグレンはその腕で引き寄せた真琴の額に自身の額を勢い良くぶつけていた。真琴は強烈な脳震盪を起こして仰向けに倒れた。彼の額からは血が滴った。他方見上げるとグレンの額からも血が滴っていたが、彼はその痛みすら愉しむように口元を歪めて嗤っていた。真琴は急いで起き上がり跳び退いて剣を構え直した。そこへグレンが嘲りの言葉を投げてきた。
「何で躱されたのかわかってねえって顔してんなあ?」
真琴は心中を見透かされて焦った。グレンは淡々と吐き捨てるように言った。
「もう慣れた。お前のスピード。剣の重さにも」
真琴は呆然とした。先ほどのビショップもそうだが、このグレンもたった一度見ただけであのスピードに順応できるというのか。真琴は胸中で必死にそれを否定した。そんなはずはない。もう一度仕掛ける。今度は別の角度から。一撃でダメなら連撃で勝負だ。真琴はさらに精神を集中させ、一気に疾駆した。
彼は次の瞬間にはグレンの真後ろにいた。彼は袈裟斬りを放った。しかし振り向くグレンと目が合うと、その顔は笑っていた。彼は真琴の袈裟斬りを受け止めた。しかしならばと真琴は左上段からの袈裟斬りに切り替えたが、これもあっさり受け止められてしまった。彼は一度後方に跳び退いて、素早く突進し突きを見舞った。
しかしグレンが素早く半身をとったためその刺突は空を切り、がら空きになった真琴の腹にグレンは蹴りを入れた。真琴は目を見開き呻いた。剣を持つ手でグレンは真琴の顔面を殴った。真琴は再び仰向けに倒れた。その間終始笑っていたグレンだが、再びつまらなさそうな顔をして吐き捨てるように言った。
「お前の攻撃はわかりやすすぎんだよ。よくそんなんで六大騎士に勝負が挑めんな」
真琴は痛みをこらえ再び立ち上がった。そこへグレンが強烈な袈裟斬りを打ってきた。真琴は剣でそれを受けたが気を抜けば剣を手放してしまいそうなほどの重さに呻いた。グレンはさらに反対から袈裟斬りを放った。真琴は素早く剣の角度を変えそれも受け止めたが腕を上げていられないほど筋肉がしびれを起こした。グレンはさらに右上段から袈裟斬りを放った。真琴は素早く剣を上げそれを受け止めたがついに剣を地に落としてしまった。呆然とする真琴の顔面をグレンが蹴り上げた。
真琴は三度仰向けに倒れた。彼は落とした剣を手繰り寄せ、それを杖に立ち上がろうとした。しかし顔を蹴られ脳震盪を起こしていた彼は体に力が入らず、平衡感覚も保てず、膝を立てるのがやっとだった。そこへハクによる絶望的な一声が聞こえてきた。
「さて、そんじゃもう一発ヤっちゃいますか」
魔女に雷を浴びせて反応を愉しもうとする喜悦に満ちた声だった。もう一度でも雷を浴びれば本当にマナが絶命してしまう。そう焦った真琴は叫んだ。
「由衣!!」
その声は彼女の耳に届いているかどうかさえ怪しかった。しかし非情にもハクは口の端を歪めて錫杖を掲げ、技の口上を述べた。
「神仙杖技・裁決」
するとそこへ叫び声が聞こえた。
「やめろおおおおお!!!」
その場にいる全員がその声のする方を向いた。真琴はその声に聞き覚えがあった。声の主は森の中を駆け上がって息を切らしながら現れた。真琴は目を見開いた。それは悠樹だった。その後ろからは遅れて杏奈も現れた。
「悠樹! 杏奈! どうして!?」
悠樹は真琴の傍らに駆け寄った。遅れて杏奈もそうした。マナの姿を見た悠樹は心底驚いた。
「ほんとに由衣だ…」
杏奈も同じ顔をマナに向けていた。真琴はあらためて悠樹に尋ねた。
「悠樹、どうして!」
悠樹は真琴を、次に敵の姿を見て言った。
「そんなことより立て真琴!」
悠樹は右手で剣を構えた。
「由衣を…俺たちの親友を守るぞ!」
そう言って悠樹は左腕を左後ろに伸ばした。目の前に差し出された親友の腕を真琴は力強く掴んだ。敵を睨んだまま悠樹は真琴を引き起こした。杏奈もまた剣を構えた。真琴もその声に応じて剣を構え直した。
「ああ、守ろう一緒に! 今度こそ! 必ず…!」
悠樹と杏奈の突然の加勢。それは真琴を今一度奮い立たせた。しかし彼らが加わったとて相手との戦力差は歴然だった。相手は六大騎士三人と六中騎士一人。対してこちらは新兵三人にマナが一人。しかもマナは餓幽の力を使うことを拒み、あと一撃でも先ほどの落雷を受ければ絶命しかねないほど衰弱している。真琴は正面のグレンを睨んだ。
(こいつだけでも何とかしないと…)
「悠樹、杏奈、あの錫杖持ってるヤツの相手を頼めるか?」
真琴は悠樹と杏奈の二人がかりでも到底勝ち目がない相手であるとわかった上でそれでも二人に頼んだ。せめて由衣が餓幽を頼る気になってくれさえすれば。あるいは餓幽が強制的に由衣と入れ替わってくれれば、それまでもちこたえさえすればこちらにも勝機はある。悠樹はニヤリと笑った。
「ああ、任せろ!」
杏奈も笑みを浮かべて力強く頷いた。しかしそこへ絶望的な一言がレオの口から発せられた。
「今来た新兵の相手をしろ。ゲレーロ」
全員の視線がレオに注がれた。するとレオの背後の森の暗がりから一人の男が姿を現した。その姿を見た真琴と杏奈は驚愕と憎悪を顔中に滲ませた。現れたゲレーロは嗤っていた。
「了解しました」




