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こころのみちしるべ  作者: 110108
フラマリオン編
9/102

007.『理想郷』1

「うるせえよ」

 眼下で自身の剣に胸を刺し貫かれた男にゲレーロはそう吐き捨てた。けたたましい悲鳴が起きた。観衆のうち何人かは身を隠し、家に逃げ込み、どことも知れぬ方向へ逃げ出したが、大多数は恐慌に(おちい)り動くことすらできずにいた。男は背に血を(にじ)ませ、口からも血をこぼした。彼は体を何度か震わせたのち立ったまま絶命した。ゲレーロは汚いものでも捨てるように男から剣を引き抜き、その血を払い落とした。

 するとゲレーロはギロリと見開いた目を振り向けてリビエラたちを見た。三人は慄然(りつぜん)と目を見開き体中の肌を粟立(あわだ)たせた。ゲレーロは(よこしま)な笑みを浮かべて三人に呼び掛けた。

「そこの建物の影に(ひそ)んでいる君たちも出て来なさい。我々が来たからにはもう安全だ。逃げ隠れする必要はない」

 抵抗は状況を悪化させるだけだと理解していたリビエラは諸手(もろて)を挙げて建物の影から身を現した。エレノアとレティシアもおずおずとそれに続いた。ゲレーロはエレノアとレティシアの姿を見ると目を細めた。

「お嬢さん、もう安全だ。さあこちらへ」

 リビエラは上目遣いにゲレーロを見た。

「オーガの姿はもう確認できないと聞きました。僕たちは学生寮に帰ろうとしていたところです」

 ゲレーロの声音はつい先ほど人を殺したばかりだとは思えないほど紳士的かつ事務的だった。

「そうか君たちは学生か。オーガの姿が確認できないのはむしろ危険なことだ。どこかへ去ったという確証がほしい。それまでこの国は安全だとはいえない。我々が人数と時間をかけて調査し、フラマリオンの安全を確保する。貴殿らにも協力をお願いしたい」

 リビエラは何と答えて良いかわからず、ただ「ありがとうございます」とだけ口にした。余計な口答えをすれば殺されかねない。リビエラとの会話を切り上げたゲレーロはエレノアとレティシアに視線を向けた。

「そこのお嬢さん方、馬に乗って我々と来なさい。安全な場所に送り届けよう」

 リビエラは慌てた。

「そんな!?」

 エレノアとレティシアはどうして良いかわからずただ黙然と立ち尽くしていた。

「ちょっと待ってください!」とリビエラが割り込んだ。ゲレーロはまだ紳士的な表情と口調を維持していた。

「君は男子だろ? 自力で安全を確保しなさい。女性たちは優先して救助されるべきだ」

 リビエラは横に転がる遺体に目をやった。物言わぬ(むくろ)は見開いた目を虚空(こくう)に投げ、口を開けてそこから赤々とした血をこぼしていた。リビエラは胸中で「何が安全だ」と(つぶや)いた。再びゲレーロの顔に目を転じたリビエラは訴えかけるように言った。

「二人は僕の友人です。僕が責任をもって寮まで送り届けます!」

 するとゲレーロの表情からにわかに笑みが失せ、彼はつまらないものでも見るかのようにリビエラを睥睨(へいげい)した。彼はリビエラの近くにいる騎兵に(あご)で合図した。すると(かたわ)らの騎兵が馬で近づいて来て(さや)に込めた剣でリビエラの顔を殴った。何が起こったかもわからずにリビエラの細い体はあっけなく地に伏した。レティシアは青ざめて短い悲鳴をあげた。エレノアは顔を(しか)めて目を伏せた。このときレティシアはまだ混乱のさ中にいたがエレノアは自分たちの置かれた状況を正しく理解していた。

「さあ、馬に乗りなさいお嬢様方」

 ゲレーロが先刻よりも少し強い口調で促した。エレノアとレティシアは従うほかなく騎兵の補助を受けながら空いた馬に(またが)った。リビエラはふらつきながら立ち上がると叫んだ。

「待ってください! この国は中立です! ルクレティウス軍が来るのはおかしい!」

 ゲレーロの顔から再び笑みが失せた。エレノアが小声でリビエラに懇願(こんがん)した。

「やめてリビエラ…」

 今度はゲレーロが(あご)で合図せずとも(かたわ)らの騎士はリビエラの腹を蹴った。内臓を圧迫されたリビエラはそれでほとんど動くことも声を発することもできなくなった。一連の暴力を目の当たりにしていたフラマリオン市民の多くは自分たちの置かれた状況をこの段に及んで正しく理解した。これは「安全の確保と調査」ではなく「支配」なのであると。彼らは自身が次のルクレティウス軍の暴力の対象にならぬよう祈るような思いで顔をうつむけ目立たないように佇立していた。

「そいつはレジスタンスだ。投獄しろ」

 吐き捨てるようにゲレーロが命じた。先ほどフラマリオンの安全確保をすると言ったときとは別人のような冷酷な声音だった。

「君たちの今晩の寝食は俺が直々に確保してあげよう」

 また別人のように柔和にした声と表情をゲレーロは二人の女子に向けた。二人は何とも答えられなかった。それを潮に騎兵の一団はゲレーロを先頭に街の中央へ向けて走り出した。リビエラは地に伏せながらなんとか顔だけもたげてそれを(にら)んだ。彼の周囲を三名の強壮そうな騎兵が取り囲んでいたことに彼は気付くことさえできずにいた。彼らはこれから始まる「投獄」を(たの)しみに笑みを浮かべていた。




 ゲレーロたちは五百名からなる部隊とともにフラマリオンの市街中心部へと向かっていた。それに連れられていたレティシアとエレノアは二つのことに(おび)えていた。一つはリビエラに暴力を振るい、自分たちを半ば強制的に拉致(らち)したルクレティウスの兵士たちに何をされるかわからないという恐怖。もう一つは、市街地へ行けば再びオーガと出くわすのではないかという恐怖。二人は別々の馬に乗せられていたが、道中一度だけ目を合わせた。彼女たちは「何をされても心を強くもとう。自分の命を第一に考えよう」と瞳で約束を交わした。

 やがてゲレーロが率い二人を引き連れたルクレティウス騎兵五百人の大部隊の先頭は市街の中心部の広場に辿り着いた。エレノアとレティシアは辺りを見渡して警戒していたが、対照的にゲレーロたちは完全に観光気分、あるいは初めからオーガが現れたなど信じてもいない風だった。

「オーガなんていやしねえじゃねえか」

 ゲレーロが吐き捨てるようにそう言った。しかし広場近辺の地面や建物にははっきりと強大な力でもって衝撃を受けた跡があった。広場を中心に複数の建物がひしゃげて潰れ、地面はいくつも陥没(かんぼつ)し、焼け焦げた跡がそこかしこに見られた。ゲレーロの脇を走っていた大柄な騎兵がそれを見渡しながら言った。

「しかしこの破壊の跡は尋常(じんじょう)じゃありません」

 しかしそれを聞き破壊の跡を眺め回してもなおゲレーロはオーガ出現の噂に否定的だった。直接目撃したリビエラたちはともかく、大多数のムーングロウの人間にとってオーガは神話の中の存在でしかなかった。

「六大騎士ならこれくらい簡単だぜ。ただの根も葉もねえ噂じゃねえのか?」

 しかしそれに賛同の声を発する者は彼の部下にさえいなかった。広場を中心に広がる破壊の跡は明確に人間によるものとは異質な原初的暴力の結果によるものであるように見えた。ゲレーロは話頭を転じた。

「まあいい。とりあえずオーガがすでにどっかに行っちまったのは好都合だ。とりあえず拠点構えるか」

 先ほどの大柄な騎兵同様ゲレーロの反対隣の脇を固めていた小柄な騎兵がゲレーロのご機嫌をとるように伺った。

「どちらになさいますか?」

 ゲレーロはこれから先のフラマリオン支配によって得られる「恩恵」に思いを巡らせて笑みをこぼしながら答えた。

「まあ、できるだけデカい建物がいいな」

 彼は振り向いた。するとそちらには広場から離れていたことで辛うじてオーガの被害を(まぬか)れていたアカデミーの校舎があった。エレノアの脳裏に嫌な予感がよぎった。それは現実のものになった。ゲレーロはそれを指差してニヤリと笑った。

「あれにしよう」

 すると彼はレティシアを見て(たず)ねた。

「おい女。あれは何だ」

 レティシアはゲレーロに憎しみの目を向けた。エレノアはその問いとレティシアの性格とを照らしてさらに嫌な予感がして眉を(ひそ)めた。先ほど目と目でレティシアと交わした約束は今まさに反故(ほご)になりつつあった。レティシアは双眸(そうぼう)に憎しみを(たた)えたまま毅然(きぜん)と答えた。

「あれは…アカデミーよ。学生や研究者が学ぶ場所」

 レティシアの説明はそれだけでは終わらなかった。

「あんたみたいな野蛮人が入っていい建物じゃないわ!」

 それを聞いたゲレーロが即座にレティシアに暴力を振るうものと思ってエレノアは(おび)えたが、しかし彼はかえって満足そうに(わら)った。

「よし、決まりだ。あそこを俺たちの駐留拠点にする。お前ら二人はそこでたっぷり可愛がってやる」

 レティシアは目に涙を(にじ)ませ、ゲレーロを(にら)む顔中に憎しみの(しわ)を刻んだ。ゲレーロはそれを見て一層満足そうに(わら)った。エレノアはゲレーロに嗜虐(しぎゃく)趣味があったことに感謝し、うつむいて心の中で嘆息した。

「それと…」

 ゲレーロは遠い目で何かを探し出した。

「何を探してらっしゃるんですか?」

 再び小柄な方の騎兵が伺った。

「いや、あのデカい建物はお前らが駐留する場所だ。だが俺がお前らと同じ建物ってのは何か違えなと思ってな。それにちょうどいい(なぐさ)み者も得たところだ。それなりに雰囲気のあるところがいいだろ?」

 小柄な部下は思案顔で(うなず)いた。

「はあなるほど。そうしますと執務はあのアカデミーで、お住まいにはまた別の建物を接収なさるということですね」

「そうだな…」

 ゲレーロは(あご)に手を当て辺りを見渡して品定めしていた。やがて彼はある一つの建物に目を止めた。それは丘の中腹にある白くて美しい大きな(やしき)だった。それをしげしげと眺めた彼は指差した。

「あれがいい」

 エレノアとレティシアがその指差すところを視線で追うと、それは神楽の(やしき)だった。二人は神聖な神楽の(やしき)がこの下劣な野蛮人に(けが)されることを想像して心の底から嫌悪感を覚えた。ゲレーロはエレノアの体をしげしげと上から下まで舐めるように眺めた。

「そこの眼鏡の肉付きのいい女はお前らにくれてやる。駐留拠点でかわいがってやれ」

 小柄な部下はゲレーロの機嫌を取りたい一心で派手に喜んだ。他の騎兵たちもここぞとばかりに下品な歓声をあげた。ゲレーロはレティシアに(よこしま)な笑みを向けた。

「こっちの金髪の華奢(きゃしゃ)な女はあの(やしき)で俺が一人でかわいがってやる」

 ゲレーロを(にら)み返すレティシアはついに涙をこぼした。エレノアは相変わらずうつむいて誰とも目を合わせないようにしていた。

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