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こころのみちしるべ  作者: 110108
ルクレティウス編
83/102

081.『逢瀬』1

 魔女はその日は広場の正面の奥の暗がりから現れた。声と同じくその目つきもまた鋭かった。真琴は返事をしないわけにいかなかった。

「ああ…」

 静かな、しかし明確な殺意を帯びた問いを声の主は投げてよこした。

「どうして来たの?」

 真琴は言葉を選ばず真実だけを述べることにした。

「杏奈の病気は治った。君のおかげだ。ありがとう。でも杏奈の退院の日に隣の病室のおばあさんも拘束斑(こうそくはん)だと知った。最初は迷った。でも見捨てられなかった。他に少なくとも二人の患者がいる。杏奈も自分だけが助かったことを心苦しく思ってる。もし君にその力があるなら、彼女たちを助けてほしい」

 すると魔女の眼光はさらに鋭くなった。それに呼応して真琴を取り巻く炎は彼との距離を急激に狭めた。それは彼の服の数センチ手前まで迫った。彼は魔女への敵意がないことを示すためにその日も武装をしていなかった。シャツしか(まと)っていない彼の肌は火の玉が発する熱を直に受けた。グリルで(あぶ)られているような感覚だった。もし今風が少しでも吹けば彼のシャツに炎は燃え移るだろう。

「その人たちが助かるなら、あたしがどうなってもいいって言うの…?」

 そこに先日のような真琴を試す響きはなかった。おそらく彼女の本心。心からの怒り。真琴はそれでも自身の思うところを正直に伝えることにした。

「わからない。君に決めてほしかった。その人たちを救うか、見殺しにするか。俺は頼みに来ただけだ。選ぶ権利は君にある」

 魔女は少し呆れた。

「卑怯な論調ね」

「俺には彼女たちを見捨てられない。でも俺にできることは君に頼むことだけだ。俺だって君に会いに行けば君が危険な目に遭うリスクが高まることを知ってる。でも何もしないわけにはいかなかった」

 魔女は冷徹な声を発した。

「自分が殺されるリスクは考えなかったの?」

「仮にそうなったら、俺はそれでも構わない。でもきっと君はそうしない」

 魔女は少し眉を吊り上げた。

「なぜわかるの?」

「棚に薬がたくさんあった。杏奈を救ってくれた薬と同じものがあるのを見た。君は大勢の人を救いたいと思ってる。君がルクレティウスで大勢の人を救ったのを知ってる」

 魔女は鋭い目を真琴に向け続けた。真琴は緊張感の中で言葉を出し切ってそれが魔女の心に響くのをじっと待った。魔女は観念したように言った。

「いくつ用意すればいいの?」

「三つ」

 彼女は小さく嘆息した。

「わかった。待ってて」

 真琴を囲む火の玉は消えた。魔女は彼に背を向けて歩き出した。真琴は大きく息をついた。

 しばらくして戻って来た彼女は手に持っていた三つの緑色の結晶を真琴に手渡した。

「はい」

「ありがとう」

 しかし彼女の目つきの鋭さと冷たさは変わっていなかった。

「もう二度と来ないで」

 そう言って背を向けて歩き出した魔女に真琴は声を掛けた。

「ちょっと待って!」

 魔女が怪訝(けげん)そうに振り向くと、真琴はリュックを下ろしてその中をまさぐり、その中からあるものを取り出した。それは食べ物とマフラーと帽子だった。もちろんその中にはアランデュカスの焼き菓子も含まれていた。魔女は唖然とした。

「みんなで選んで買った。杏奈を助けてくれたこと、ほんとに感謝してる。こんなお礼じゃまったく足りないくらいに」

 真琴はそれを魔女に手渡した。呆然とそれを受け取った彼女は少しだけ喜んでくれているように見えた。彼女は返す言葉を探しているようだった。真琴も何か言おうとしたが彼女の機嫌が悪くなる前に、また怪しまれる前に彼女の前から姿を消すことを選んだ。

「ありがとう。急に押しかけてほんとにごめん。行くね」

「…うん」

 魔女は戸惑いつつ返事し、真琴の去る背中を見送った。




 真琴は中央病院の拘束斑(こうそくはん)の患者のもとを直接訪れ「何にでもよく効くビュルクの薬」だと嘘を言って魔女の薬を飲ませた。自身が死に(ひん)していることを知っている彼女たちは何にでもすがる思いで初対面の男の持って来た得体の知れない薬を勇気を振り絞って飲んだ。果たして薬の効果で中央病院の拘束斑(こうそくはん)の患者はみな完治した。しかしそれとなく医師に(たず)ねてみるとルクレティウス全体にはまだ五人の拘束斑(こうそくはん)の患者がいることがわかった。真琴は少し悩んだ末に悠樹たちを説得し、再び魔女に会いに行くことにした。




 次に真琴が広場に辿り着くと、十五分後に魔女が正面から現れた。先日の鬼火もなければ魔女が初めて会った日のように攻撃をしてくる様子もない。彼女は淡々と(たず)ねた。

「何をしに来たの?」

「三人は助かった。君のおかげだ。ありがとう。でもルクレティウス全体であと五人拘束斑(こうそくはん)の患者がいた。その人たちが救われればもうここには来ない。薬がほしい。それから、前回のお礼がしたい」

「それだけ?」

 真琴はできるだけはきはきと答えた。

「本当にそれだけ」

 魔女は真琴の瞳の奥をじっと見てから言った。

「わかったわ。ちょっと待ってて」

 魔女は真琴のもとを去り、小屋の方へ歩いて行った。しばらくして戻って来た彼女は五つの薬を持っていた。

「はい」

 魔女はそれを真琴に手渡した。真琴は礼を言った。

「ありがとう」

 彼はお礼の品をリュックから取り出した。今回は手袋と食糧だった。もちろんその中にはアランデュカスの焼き菓子も含まれていた。今度は魔女がお礼を言う番だった。

「ありがとう」

 彼女はそう言って少し照れくさそうに笑った。真琴はそれについてもう一つ何かを言おうと思ったが、彼女の不興を買いたくなくてやめた。

「じゃあ、行くね」

「うん」

「またね」と言ってくれそうにも思えたが、その言葉が彼女から出ることはなかった。真琴は一度深く目を閉じてから(きびす)を返し、森へと消えて行った。




 魔女のもとから帰ると早速真琴はルクレティウスのいくつかの病院を訪れ、五人の拘束斑(こうそくはん)の患者に結晶を飲ませた。ルクレティウスじゅうの病院を回るのには二日を要した。それとなく医師に(たず)ねてみたが、拘束斑(こうそくはん)の患者は他にいないと考えて間違いなさそうだった。

 それが済むと真琴は杏奈と二人きりになるチャンスを待った。彼は杏奈に話しておきたいことがあったのだ。それは休みの日の買い物のタイミングで訪れた。二人が家を出てしばらく歩くと真琴は杏奈に小声で話し掛けた。

「杏奈、冷静に聞いてもらいたいことがある」

 真琴が周囲を(うかが)いながらそう話し掛けると杏奈は目をしばたかせながら小声で応じた。

「え…、何…?」

 真琴は一呼吸置いてから話した。

「魔女なんだけどさ…」

「うん…」

「由衣だった」

 杏奈は真琴の言葉を大きな緑色の瞳の奥で反芻(はんすう)していた。

「…」

「俺たちが知ってる、由衣、だったんだ」

「嘘…」

「ほんとに。由衣もこの世界に来てた」

「見間違い…とかじゃなくて?」

「いや、三回会って三回とも間違いないって思った。顔も声もしゃべり方も背も同じ。性格も同じ。昔俺があげたブレスレットも持ってた」

 杏奈は戸惑った。

「…嘘でしょ。ってか真琴いつの間に由衣ちゃんにブレスレットなんてあげてたの!?」

 真琴は返答に(きゅう)した。

「…そこは、まあ置いといて。とにかく間違いない」

 すると杏奈は少し自嘲(じちょう)気味に笑った。彼女は遠くのどこかへ目を向けて(つぶや)くように言った。

「そっか…」

 真琴は杏奈の感情が読み取れなかった。

「?」

 杏奈は晴れ晴れとした笑みをその横顔に(たた)えていた。

「なんとなくそんな気はしてた」

 真琴は驚いた。

「…え?」

「由衣ちゃんがいなくなって、なんとなく由衣ちゃんはまだ生きてるような気がしてた。でもそれはずっと遠い場所のような気がしてた。で、こないだあたしたちが森の中で光に包まれてここに来たとき、由衣ちゃんもこの世界のどこかにいるかも知れないって思ったんだ」

 それは突拍子もない発想にも思えたが、杏奈らしい発想だとも思えた。

「そうか…」

 実をいえば真琴も先日この世界に来たときにそのように感じていた。しかしそれは漠然(ばくぜん)としたものであり、はっきりとした自覚を伴うものではなかった。杏奈は急に嘆願(たんがん)するように言った。

「あたしも由衣ちゃんに会いたい!」

 真琴は慌てて人差し指を(くちびる)に添えた。

「声が大きい」

 杏奈は慌てて声を押し殺した。

「あ、ごめん」

 真琴はふっと笑った。

「でも意外だな。もう少し疑われると思った」

 杏奈はきょとんとした。

「何が?」

「俺の言ったこと。由衣が魔女だって」

 杏奈は少し噴き出した。

「疑うわけないよ。そんな冗談真琴が一番言わなそうだし。それに…」

 杏奈は再び遠いどこかに目を移して言葉を継いだ。

「由衣ちゃんが呼んでくれたのかも」

 真琴は再び杏奈の言葉の意図がわからなくなった。

「?」

「あたしね、あたしたちがこの世界に来たのには何か意味があると思ってたんだ」

「意味…?」

「わからないけど。何かを学ぶべきなのかもしれないし、誰かを助け出すべきなのかもしれない。とにかく誰かがあたしたちを導いてここで何かを頑張るようにしてくれたんじゃないか、ってちょっと思ってて」

 真琴は杏奈の言葉について深く考えさせられた。そこで真琴ははたと肝心なことを言い忘れていることに気付いた。

「あっ、そうだ。由衣なんだけど、記憶を失ってる。つまり元の世界のこと全部忘れてるんだ」

 杏奈は驚いた。

「えっ…」

「俺や杏奈のことも覚えてない」

「そんな…。どうして…」

「わからない。だから少し警戒されてる。俺がルクレティウスの兵だからってのが警戒の原因になってる。ルクレティウスの兵に追い回されて森に逃げたから」

「思い出話をしてあげるとかは? 何かそれがきっかけで思い出すかも」

「いや、話す機会が——

 真琴は話の趣旨をようやく思い出した。

「そうそう、今日杏奈に聞きたかったのはそこなんだ。今度由衣に何かお礼をしようと思うんだけど何をもってったらいいかわかんなくて…。とりあえず保存の利く食べ物をもってこうと思うんだけど、他に何か由衣が喜ぶものがあれば…」

「服は?」

 服をもって行く発想なら真琴にもあったが、具体的に何をもって行けば良いかはわからなかった。

「服か…。どんなの買ったらいいと思う?」

 杏奈はにんまりと笑った。

「身長は変わってない?」

「うん、全然高くなってないと思う。152センチくらい」

 杏奈はいたずらっぽく笑った。

「何で身長知ってるのー? ねえ何で何でー?」

 真琴はうろたえた。彼は照れ隠しに再び(くちびる)に人差し指をあてた。

「静かに。何となく。勘だよ」

 杏奈はにっこり笑った。

「じゃあ今度服見に行こうよ。見繕(みつくろ)ってあげる」

 半ばその言葉を期待していた真琴は頼もしい援助に心から感謝した。

「ありがとう!」




 真琴は家に帰ると魔女の正体が由衣であることを悠樹と琢磨にも明かした。

「は? どゆこと?」

 琢磨は素直な反応を示した。悠樹はいくらか冷静だった。

「由衣も俺たちと同じようにこの世界に迷い込んだってことか。四年前に」

「ああ、どうやらそうらしい」

 琢磨はなおも素直な混乱を見せた。

「なんで由衣が拘束斑(こうそくはん)治す薬作れんだよ」

「それは…」

 真琴は言い(よど)んだ。多くの情報を明かすことは由衣だけでなく琢磨や悠樹までをも危険にさらすことになる。

「まだはっきりとはわからないが、魔法…みたいなものが使えるんだ」

 琢磨はさらに混乱した。

「は?」

 悠樹が気を利かせて話の切り口を変えた。

「本当に由衣なのか?」

「ああ、間違いない。顔も声も仕草も性格も変わってなかった。ただ、元の世界にいたときの記憶がなかった」

「何とか俺たちも由衣に会えないかな?」と琢磨が聞いた。

「悪いけど今は難しい。ルクレティウス騎士団に追われて森の奥にいる。由衣がここに来るのも無理だし俺たちが由衣に会いに行くのも本当はできるだけ控えた方がいい」

「由衣が一人で森に()んでんの?」とさらに琢磨が(たず)ねた。

「うん」

「どうやって? 食べ物もないだろ?」

「簡単な小屋を造ってた。火を起こす手段もある。山菜や木の実や動物を食べて暮らしてるらしい」

 二人は由衣の現状について考えた。それは当座の生活資金まで与えられ、家も仕事も与えてもらっている自分たちの現状よりも客観的に見てはるかに苛酷(かこく)に思えた。

「二人にお願いが三つある」と真琴は言った。多少の混乱はしつつも二人はそれに耳を傾けた。

「一つは由衣について今俺が話したことを絶対に口外しないでほしい。国は由衣の能力を恐れて命を狙ってる」

 二人の表情には依然混乱が見られたが理解と納得はしてくれているようだった。真琴は話を続けた。

「一つは今回の件について由衣にお礼がしたい。それに協力してほしい。食糧や服をあげるつもりだけど、金もかかるし、それを届ける間俺は仕事も家事もおろそかになる」

「そんなの気にすんなよ」

 そう言って悠樹は笑った。琢磨も同じ顔をしていた。真琴も顔をほころばせた。それで三つ目が切り出しやすくなった。

「それともう一つ。俺は由衣も含めて必ず五人で帰りたい」

「そりゃもちろん」と悠樹が同意した。

「当たり前だろ」と琢磨も(うなず)いた。

 それを聞いた真琴は二人の親友の存在を心から頼もしく思った。




 次の休みの日に真琴と杏奈は早速二人で服を見に行った。杏奈はかわいい服を選ぼうとしたが、真琴は冬の寒さをしのぐための暖かい実用的な服を選ぼうとした。他にも買いたいものはたくさんあったが、四人の財産ではある程度の妥協が必要だった。二人は見繕(みつくろ)った服をいくつか買い、さらに寝具店に寄って毛布を買った。加えて調味料、干し肉、干しブドウなど保存が利く、山では手に入らなさそうな食料を買って帰った。




 それらをすべて馬に積むと荷物は多くなった。しかし落ちる様子はなさそうだったし、馬は真琴が(またが)っても苦も無く歩いた。大きな荷物を運び出すにあたって門を通るときの検閲(けんえつ)で厳しく問いただされることを最大の難関と考えていた真琴だが、他に門を出入りする商人や農家や旅人の荷物の方がはるかに大きいし、荷物の大小にかかわらず検閲(けんえつ)とは名ばかりで兵士が荷物の中を少し(のぞ)くくらいの作業しか行われていなかったため問題はなさそうだった。

 荷物が重いため馬の体力がもつか、どれほどのペースで走れるかも懸念材料だったが、馬の慣れか自身の慣れか、森にはこれまでよりもむしろ早く着いた。さらに真琴はそれを背負って森を歩かなければならなかったが、由衣の生活の手助けができる、由衣にお礼ができる、由衣に会える、そんな感情が真琴の足取りをむしろ軽くした。

 広場に着くと魔女はそこで待っていた。彼女が先に待っていたのはそれが初めてのことだった。やはり彼女は何らかの力で人の気配を察知することができるらしい。彼女は真琴に鋭い眼光を向けた。

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