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こころのみちしるべ  作者: 110108
ルクレティウス編
79/102

077.『迷いの森の先で』1

 真琴と悠樹は馬車で杏奈を中央病院へと運び込んだ。それは悠樹が入院し翔吾の遺体と霊安室で面会したのと同じ病院だった。その際にも感じたことだが、元の世界の病院と建物の雰囲気はよく似ていた。中の造りもよく似ていて、医師も看護師も清潔な白衣を(まと)っている点も同じだった。たが科学的な計器や点滴や聴診器やワゴンの類は一切なく妙に広々としていた。それは病院というより広いばかりの診療所、あるいはただ病室とベッドがあるばかりの療養施設という(おもむき)だった。

 病院に着く頃には杏奈の首、両手首、両足首に、大小の黒い斑点(はんてん)がくっきりと浮き出ていた。医者はそれを診て病状をすぐに特定した。診察は驚くほどあっさりと終わった。それが真琴と悠樹を不安にさせた。

 夕方になると悠樹は琢磨を迎えに行くため一度家に帰った。悠樹に連れられて琢磨は病院へ向かった。琢磨が病院に来る頃には杏奈は意識を取り戻していた。

「やあ」

 腰まで布団を掛けてベッドに座る杏奈は、琢磨が病室へ入ると、彼を心配させまいと明るく挨拶した。

「大丈夫かよ」

「うん、平気」

 琢磨はベッドの脇の椅子に腰掛けた。彼も彼女の首の斑点(はんてん)に気付いた。

「お前それ——」

 杏奈は少しだけ目を伏せた。

拘束斑(こうそくはん)だ」

 声のする方を見ると、病室の入り口の壁を背に寄りかかって悠樹が立っていた。杏奈は何の感慨もなさそうな表情をしていて、その胸中は(うかが)い知れなかった。琢磨は悠樹に(たず)ねた。

「どんな病気なんだ?」

 悠樹は淡々と答えた。

「首、両手首、両足首に黒い斑点(はんてん)ができる病気。拘束具をはめられたように見えるから拘束斑(こうそくはん)。個人差はあるけど一週間から半年かけて首の(まだら)模様が広く濃くなり衰弱死する」

「次は病気かよ」

 琢磨が呆れたように吐き捨てた。フラマリオンで悠樹を殺されかけ、ルクレティウスで翔吾を殺され、そうかと思えばすぐさま今度は杏奈の命をよくわからない病気が奪おうとしている。琢磨はその理不尽さに対し怒りを通り越して呆れた。

「でも一度根絶に成功したらしい」

 琢磨と向かい合うように杏奈のベッドを挟んで座る真琴がそう言った。それなら治療法があるはずだ。希望を取り戻した琢磨の視線が再び悠樹に注がれた。

「ああ。でも、治療できる唯一の人物はもういない」

「それって…」

 つまり、死んだってことか? と聞こうとして琢磨は思い留まった。死んだという言葉の不謹慎(ふきんしん)さに気付いたためだ。

「どこにいるんだ? その人」

 琢磨が(たず)ねた。

「北の森。に、いると言われてる。通称『魔女』。かつてのこの国の住人であり、医療の研究者。卓越した手練で多くの患者を救った天才。しかしある日、オーガの子をその身に宿したという疑いで魔女と断定され兵に追われ、逃げ延び、以来行方不明。魔女の捜索は今も一部の兵士が月に一度ほどのペースで行ってるが発見には至ってない。そうでなくても街の外へ一歩出れば野盗がいる。アーケルシアの残党がいる。捜索隊が北の森にすら辿り着かず壊滅したこともある…」

 悠樹はうつむいたままそう淡々と語った。病室の空気は重苦しかった。杏奈はどんな言葉を発して良いかわからずただ困ったように笑っていた。琢磨はうなだれていた。しかし真琴と悠樹の表情は違った。真琴が迷いのない語気で言った。

「魔女を捜そう」

 間髪入れずに悠樹が応じた。

「ああ」

 杏奈と琢磨は呆然とし、琢磨がそれを(とが)めた。

「オーガなんだぞ相手は!?」

 しかし真琴の意志は(かたく)なだった。

「でも医者なんだろ? 現にかつてこの国の人々の命を救ってたんだ。何が何でも頼んでみるさ」

 杏奈も反対した。

「二人が死んじゃうよ!」

 悠樹が笑顔で答えた。

「任せろ。俺たちは死なない」

 琢磨はさらに反対した。

「どこにいるかもわかんねえんだぞ!?」

 真琴が答えた。

「見つかるまで捜すさ」

 杏奈はなおも反対した。

「街の外には怖い人がいるんだよ!? この前の馬車のときみたいに襲われちゃうよ!」

 悠樹は平気だった。

「俺たちももう兵士だ。充分戦える」

 琢磨はさらに問うた。

「お前らまで死んだらどうすんだよ!?」

 真琴が平然と答えた。

「このまま杏奈が死ぬのを何もせず待ってるよりマシだ」

 琢磨と杏奈はついに反駁(はんばく)の言葉を失った。それで会話は終わった。




 二人が魔女捜索をさせてほしいと騎士団に嘆願(たんがん)すると意外にもその許可は簡単に下りた。これまでの魔女捜索はほとんど徒労でしかなく、そのうえ多くのベテラン兵を失う結果に終始していた。ベテラン兵でさえ嫌がるそんな危険で途方もない任務を新入りの兵が(みずか)ら進んでやりたいと言っている。リスクは小さい方が良い。しかも誰がやっても成果が見込めないなら、新人がやっても同じことだ。アーケルシア戦の事後処理や残党狩り、オーガの調査など他にも課題山積であり新兵の手も借りたい状況。上は断る理由をもたなかった。

 ただし任務は模擬戦を修了し騎乗訓練を積んでいた真琴一人で行うこととなった。決行は五日後に決まった。悠樹も同行を希望したが許可は下りなかった。その決定は悠樹にとって受け入れ難いものだったが、一人で行った方が警戒されずに済むという真琴の意見にはしぶしぶ賛成した。

 捜索任務の許可を受けてまず真琴と悠樹がしたことは、魔女にうまく取り入る方法を知ることだった。この国にとっては魔女は()むべき存在だった。だが真琴たちにとっては杏奈を助けることのできる唯一の人物であり、神にも等しい存在だった。本来の魔女捜索の目的は魔女の討伐だが、真琴たちの目的は魔女に杏奈の治療をお願いすることだった。魔女の警戒を解き、魔女の機嫌を取り、魔女の心を動かす必要があった。

 魔女の人となりについて可能な限り真琴たちは調査をすることにした。文献をあたると彼女は()しくもかつて悠樹が入院し、翔吾の遺体と面会し、今杏奈が入院するルクレティウス中央病院で勤務していたということがわかった。早速真琴たちは病院で聞き込みを行った。従業員に「僕たちは兵士です。魔女について聞き込み調査を行っております」と言うとみな一様に嫌な顔をした。彼女たちは「魔女がルクレティウスを去ってから働き始めたから知らない」「あまりしゃべったことがない」「話すことは特にない」などと言うばかりで魔女についてはあまり話したがらなかった。その中に一人「私は知らないけどシェリルさんなら知っているかも」という情報をくれた人がいた。有力な手がかりを得た真琴と悠樹は顔を見合わせた。真琴はシェリルという名に聞き覚えがあった。

「すみません、そのシェリルさんという方に会えますか?」と悠樹が聞くとその看護師は唖然として「まあ、象牙の塔にいらっしゃると思うけど…?」と答えた。そこで真琴はルクレティウスに来た最初の日に会った女性の賢者の名がシェリルだったことを思い出した。




 二人は象牙の塔の入口で守衛に「調査のためにシェリルさんに会わせてください」と言ったが、文字通り門前払いされた。

「新人の兵士が調査だからってシェリルさんに会えるわけないでしょ」

 すげなく追い返されて調査の宛を失い、それでも諦めきれない二人は一縷(いちる)の望みに賭けて勤務を終えて象牙の塔から出て来るシェリルを待ち伏せすることにした。

 二人は賢者に対する待ち伏せが重罪として露見し取り沙汰(ざた)されることを恐れた。その行為が国の最高指導者である賢者シェリルの怒りに触れることを恐れた。そうなったら魔女捜しどころではなくなる。二人は捕縛され軟禁され兵を免職され、その間に杏奈は死んでしまうかもしれない。それでもシェリルにしか宛のない二人は恐怖に(さいな)まれながら所在なく時間を過ごした。

 夜の二十時を過ぎた頃にショートカットの小柄な女性のシルエットが塔の入口から姿を現すのが見えた。直感的にそれがシェリルだとわかった。暗くてよく見えないが、守衛ににこやかに挨拶をしているようだった。彼女はそのまま真っ直ぐこちらに向かって歩いて来た。急に緊張を覚えた悠樹だったが、対照的に真琴は真っ直ぐ彼女に歩み寄り声を掛けた。

「すみません、シェリルさん!」

 シェリルは少し驚いて歩を止めた。しかし彼女は真琴の姿を認めるとにっこりと笑った。

「あら、真琴くん。どうしたの?」

 二人はその笑顔に心を救われた。

「こちらは僕の親友の悠樹です。実は僕たち兵士になりまして。それで魔女について調査を担当してるんですけど…」

 真琴がおずおずとそう言うとシェリルは目を細めて笑った。

「あらそうなの。あんまり役に立てないと思うけど、よかったら何でも聞いて。ここじゃ何だしあたしの家でいいかしら?」

 真琴と悠樹は歓喜して顔を見合わせた。二人は好意に甘えてシェリルの家にお邪魔することにした。




 シェリルの家に着いた二人は一人暮らしの女性の部屋の甘い香りと清潔感にすっかり感じ入ってしまった。

「狭くてごめんなさい。どうぞ好きなところに座って」

 そう言って彼女が案内した先には整頓と掃除が行き届いたリビングと一対のソファとダイニングセットがあった。二人は案内されるままに座った。シェリルは上着を脱ぐと簡単な料理と飲み物を用意してくれた。一度会った際にも彼女にはこざっぱりした印象を受けたが、ジャケットを脱いで白のブラウスになるとよりこざっぱりした印象を受けた。空腹だった二人ははじめこそ遠慮がちに、しかし次第に大胆に料理をいただいた。

「彼女とは何度か話したことがあるわ」

 病院の看護師たちとは対照的にシェリルは魔女のことをためらいもなく話してくれた。

「いい子だったわ。すごく。元気かしら」

 真琴と悠樹はその言葉に驚嘆(きょうたん)した。悠樹がためらいがちに(たず)ねてみた。

「…人を襲ったんですよね…?」

 むしろシェリルがそれを聞いてきょとんとした。悠樹の言葉の意味を理解して破顔(はがん)した彼女は「ええ、でもそれ以上に人を救ったわ」と言って上品にパスタを食べた。真琴も悠樹も食べる手と口を止めてそれを聞いていた。

「人を襲ったのは事実よ。でもね、本当にいい子だった」

 悠樹は本当に聞きたいことを率直に聞いた。

「魔女が今どこにいるか心当たりはありますか?」

 シェリルは申し訳なさそうに笑った。

「いいえ。今まで十回くらい聞かれたけど。北の森の方に逃げてったらしいけど本当にそれ以上のことは知らないの」

 真琴と悠樹は最後の望みが絶たれ落胆した。

 ところで二人がシェリルに聞きたいことはもう一つあった。魔女に会えたとして、彼女の機嫌をとるにはどうしたら良いか。

「もっと魔女について教えてください。その…たとえば好きなものとか、嫌いなものとか…」

 真琴のその問いを聞いてシェリルはつかの間きょとんとしたあと、いたずらっぽく笑った。

「いいけど。魔女とお付き合いでもするつもり?」

 真琴は気恥ずかしさもあり、質問の本当の意図が露見(ろけん)することを恐れる気持ちもあり、必死に否定した。

「いいえとんでもない!」

 シェリルは真琴の必死さに一瞬驚いたが、それでも笑って教えてくれた。

「いいわ」

 そう言って彼女はグラスのお茶を一口だけ飲んでから語った。

「そうね、マナっていうの。彼女の名前。好きなものといったらまず思い浮かぶのはアランデュカスのお菓子かしら。この近くにあるお店よ。高級なお菓子を売ってるの。彼女は象牙の塔にいる頃からそこのお菓子に憧れてたみたい。彼女にそこのお菓子をお裾分けしたことがあったんだけどすごく喜んでくれたわ。それから、腕にいつもブレスレットをしてたからアクセサリーも好きかもね。あとはそうね、すごく仕事熱心だったから、働くことが好きなのかも。嫌いなものは何かしら。そうね…」

 そこまで言うとシェリルの顔はにわかに曇った。

「患者さんを亡くすことかしら」

 シェリルは目を細めた。釣られて真琴と悠樹も神妙な顔をした。

「彼女はね、すごく小さくて、なのに働き者で、勉強熱心で、私は彼女が大好きだったわ」

 真琴は嘘偽りのないシェリルの本心からの言葉に引き込まれた。

「彼女はたくさんの人の命を守ろうと必死に頑張ってたわ。自分の力が及ばなかったときには涙を流し、そしてそれを取り戻すようにさらに熱心に仕事に(はげ)んだの。私は彼女に休みをとるように指示を出したくらいよ」

 悠樹は魔女の必死さをどこか自分の仲間のそれに重ねていた。

「彼女はある日不思議な力に目覚めたの。そしてその力を使ってたくさんの人の命を救ったわ。ついには彼女は拘束斑(こうそくはん)を根絶してしまったの。思えばすでにそのとき彼女はオーガの子をその身に宿してたのね」

 真琴は(たず)ねた。

「オーガは…、人を殺す生き物なんじゃないんですか…?」

「ええそうよ。でも彼女は不思議な力を使って人を救った。しかしある日彼女がオーガの子を宿してることが知れて彼女は騎士団に追われてしまうの」

 その話はジンに講義で教わったことと一致していた。その際にも真琴はその話に違和感を覚えた。彼は講義の際には口にできなかった感情をシェリルの前ではなぜか素直に口にすることができた。

「人を救ったのにオーガだからって追われるなんて…おかしいですよ…」

 シェリルはつかの間驚きを見せたあと、目を細めて笑った。

「そうよね。私もそう思うわ。でもね、みんなオーガが怖いのよ…」

 彼女は少しパスタをフォークでいじりながら言った。

「もし彼女を見つけることができたら伝えてほしいの。たくさんのルクレティウスの人があなたに感謝してるわ、って。もちろん私も含めてね」

 真琴は少し目を細めた。

「はい。そうします」




 魔女がアランデュカスという店の焼き菓子とアクセサリーを好むという情報を得た真琴は早速それを買い求めに出かけた。アランデュカスは象牙の塔の近くにあった。小さな店だが雰囲気が良く、若い女性が好みそうなケーキや焼き菓子が置いてあった。真琴は自身の直感に従いおいしそうで保存も利きそうなクッキーの詰め合わせを選んだ。

 真琴は次にアクセサリーを買うために市場へと向かった。ところがいつも食料品や日用品ばかりを買う市場のどこにアクセサリーが売られているかは見当がつかなかった。真琴は広い市場やその周辺の通りを根気よく探し歩くことにした。雑貨屋、家具店、服屋などは見かけたが意外にもアクセサリー専門店はメインの通りには一軒もなかった。真琴は仕方なく裏通りに入った。

 裏通りには飲食店が多かった。そこは()しくも翔吾が殺された歓楽街の近くだった。真琴の脳裏に嫌でも凄惨(せいさん)な記憶が(よみがえ)った。真琴はその恐ろしい記憶を振り払うように顔をうつむけ首を振った。

 その直後に真琴は肩に衝撃を感じた。慌てた彼が顔を上げると、目の前にはよろめく女性の姿があった。

「すみません!」

 真琴は咄嗟(とっさ)に謝った。

「ごめんなさい!」

 相手も謝ってきた。よく見ると踊り子の衣装を(まと)った若い女性だった。女性に怪我などはなさそうだったが、彼女が肌の露出の多い大胆な衣装を(まと)っていることに気付くと真琴は目のやり場に困った。女性は真琴の足元を見るとあらためて謝ってきた。

「ごめんなさい…」

 それに釣られて真琴も自身の足元を見た。そこにはおそらくぶつかったときに落としてしまったアランデュカスのクッキーがあった。中がどうなっているかはわからない。真琴は拾い上げながら「いいんです気にしないでください!」と言った。踊り子風の女性は申し訳なさそうな顔でクッキーの箱を見つめていた。不意に彼女は驚いた表情を見せた。

「それ…アランデュカスのお菓子じゃない…?」

 真琴も少し驚いた。

「ええ、そうです」

「しかもクッキーじゃない! ごめんなさい…。きっと砕けてしまったわね…」

 女性は悄然(しょうぜん)とした。

「いえいえ、多分大丈夫ですよ。それに僕がよそ見してたのが悪いので」

 しかし女性は納得しなかった。

「弁償させて」

 真琴は慌てた。

「いえ大丈夫です! そんなとんでもない! それに、今から買わなきゃいけないものもありますので…」

「あら、何をお探しなの?」

「ちょっとアクセサリーを…」

 女性は微笑んだ。

「それなら案内させてくださらない? 私も仕事柄アクセサリーをよく買うから詳しいの」

 たしかに彼女は複数の装飾品で身を飾っていた。真琴はその申し出を素直にありがたいと思った。

「ありがとうございます! ぜひお願いします!」

「ところで私はルナっていうの。あなたお名前は?」

「藤原真琴っていいます」

「そう。真琴さん、じゃあ早速行きましょう」

「はい」

 ルナは歩き出した。真琴もそれに続いたがルナがすぐに足を止めたため真琴も立ち止まった。驚いた真琴の顔をルナは振り返ってしげしげと眺めた。

「あなた…どこかでお会いしたことないかしら…」

 真琴はその言葉にさらに驚き、彼もまたルナの端正な顔貌(がんぼう)をじっと見たが思い出すことはできなかった。

「ごめんなさい…。ちょっと…忘れてしまってるかもしれないです…」

 ルナは目を細めた。

「変ね、たしかにどこかでお会いした気がするのに…」

 真琴は今一度記憶をさかのぼったが結果は変わらなかった。ルナは微笑を浮かべた。

「記憶違いかしら。まあいいわ。行きましょう」

 ルナは再び歩き出した。やや呆気(あっけ)にとられながら真琴はそれに続いた。




 ルナの案内で少し北に行ったところにアクセサリー店はあった。(きら)びやかなネックレス、ブレスレット、アンクレット、ピアス、髪留めなどが並び、その店なら良いものが見つかりそうだった。真琴はどれにするか迷った。魔女はブレスレットをしていたと聞いていたためブレスレットの中から選ぶつもりだったが、それでも品数は豊富でどれを買えば良いか選ぶのに難儀(なんぎ)した。真琴が時間をかけていると横からルナが(たず)ねてきた。

「どなたに贈るの?」

 真琴は答えに困った。魔女とは言えない。

「えっと…ちょっと知り合いに…」

 ルナはいたずらっぽく笑って真琴の顔を(のぞ)き込んだ。

「女性?」

「ええ、まあ…」

 ルナはにっこり笑った。

「選んであげよっか?」

 真琴はありがたい申し出にまたしても素直に喜んだ。

「ありがとうございます! お願いします!」

 ルナは口元をほころばせながらブレスレットを品定めし始めた。真琴はルナの身に着けるイヤリングやネックレス、ブレスレットやアンクレットなどの装飾品をあらためて見た。それは大胆な衣装を身に(まと)う彼女のコーディネートを上品にまとめあげていた。真琴は彼女のセンスに任せればきっと良い商品を選んでもらえると確信した。アクセサリーを真剣に品定めするルナの横顔をじっと見つめた真琴は嫌でも由衣とアクセサリーを選んだ遠い日の記憶を喚起(かんき)させられて寂寞(せきばく)とした感慨を(ただよ)った。

「ブレスレットがいいの?」

 その一言で我に返った真琴は慌てて取り(つくろ)う返事をした。

「ええ、ブレスレットが好きな子みたいで…」

「そう」

 ルナは一通り眺め終わると商品を一つ手に取った。

「これなんてどうかしら」

 ルナの手元を見るとそこには星をモチーフにしたブレスレットがあった。真琴もそれを見て直感的に綺麗だと思った。

「いいですね!」

 ルナは目を細めた。

「じゃあこれ、私が買ってもいいかしら?」

 真琴は慌てた。

「そんなとんでもない!」

 ルナは申し訳なさそうに眉根を寄せた。

「だってクッキーが…」

「いえクッキーは大丈夫です」

 そう言いつつ真琴はクッキーの缶の(ふた)を開けてみた。すると一部のクッキーは割れてしまっていた。真琴は少し決まりが悪くなった。ルナはさらに悪びれた。

「あらやっぱり。ごめんなさい。やっぱりこのブレスレットは私に買わせてちょうだい」

「いえいえとんでもない!」

 真琴はブレスレットの値札を見た。それはアランデュカスのクッキーと釣り合うものではなく、弁償としてその金額を払わせるわけにはいかなかった。するとルナは折衷案(せっちゅうあん)を提示してきた。

「ならこうしましょう。このあと食事をおごらせてもらえないかしら? 私お腹すいちゃったの」

 真琴はその提案に驚いたが、ブレスレットの代金を払わせるよりはルナの負担にならないし、ルナの気もそれで済むなら良いような気がした。

「わかりました。じゃあ…お言葉に甘えて…」

 ルナは目を細めて笑ってくれた。

「よかった、この近くにおいしいお店があるの!」




 ルナが案内してくれたのはアランデュカスに(おと)らぬほどおしゃれな外観をもつパン屋だった。そこは入口でパンの販売もしているが奥はレストランになっており、焼き立てのパンやスープやサラダを楽しむことができた。店は混んでいたがちょうど窓際の二名掛けのテーブル席が一つだけ空いており、二人はそこに案内された。二人を案内し終わると店員はそそくさと厨房に消えて行った。

「ここのランチセットはおいしいの」

 真琴はメニュー表を見たがルナに負担をかけずに済みそうな良心的な値段のメニューばかりで安心した。ルナはランチセットを注文し、真琴もそれと同じものを頼んだ。

「何か思い詰めている顔ね」

 そう言われて真琴ははっとした。ルナは(ひじ)をついて真琴の顔をじっと(のぞ)き込んでいた。翔吾の死。杏奈の病気。魔女の捜索。元の世界に戻る方法もわからない。苦悩の種は山ほどあり、それは知らず知らずのうちに顔に出てしまっていたかもしれない。

「そうかもしれません…」

「私ムーングロウを旅していろんな街で踊りを披露(ひろう)しているからいろいろな人に会うの。あなたほど思い詰めている人も珍しいわ」

「そうでしょうか…」

「もし何か思い詰めることがあったら、それを楽にするおまじないがあるの」

「…」

「胸に手を当ててみるの」

 ルナはそう言いながら実際に自身の胸に右の(てのひら)を当てた。

「…」

「そして自分が本当に何を望んでいるのか、自分の胸に聞いてみるの」

 真琴もおずおずとルナにならって胸に手を当ててみた。さらに自分の胸にその望みを聞いてみた。はじめに思い浮かんだのはやはり杏奈の回復であった。さらにそのために魔女に無事会えること。魔女の助力をうまく得られること。

 その間もルナはじっと真琴の顔を(のぞ)き込んでいた。彼女の顔貌(がんぼう)の美しさに真琴はややうろたえて視線を逸らした。

「やっぱり私あなたに会ったことがある気がするのよね」

 真琴は今一度ルナの顔を真っ直ぐに見た。彼はムーングロウに来て以来の記憶を素早く辿ったが、やはり思い出せそうになかった。

「ルクレティウス以外の国に行ったことはある?」

「最初にこの世界に来たときに、フラマリオンに」

「どれくらいいたの?」

「一日だけです。というより、数時間だけ」

 ルナは少し(いぶか)しそうにした。

「ほんとにそう?」

 真琴はだんだんと自身の記憶に確信がもてなくなってきた。フラマリオンにいたのはやはり数時間だったはずだ。だが何か確信めいた根拠をもってルナが自身に問いかけてきているように思えてならない。自分はやはりどこかでルナに会っているのだろうか。

 そのとき食事が運ばれて来た。それで一旦会話が途切れた。二人は食事を()り始めた。ルナがそれをおいしそうに食べるので真琴も遠慮せずに食事を楽しむことができた。

「ここのパンおいしいでしょ?」

「はい、本当に」

 ルナは少しいたずらっぽく微笑んだ。

「ブレスレットは誰にあげるの? 好きな子?」

 返答の仕方に迷った真琴はそれとなく調子を合わせることにした。

「ええ、まあ、そうですね」

「きっと喜んでくれるわ」

「だといいんですけど…」

 相当な人気店らしく、ルナの肩越しに入口に目をやると席が埋まってしまっているため案内できないことを申し訳なさそうに伝える店員と残念そうに引き返す客の姿が見えた。食事を楽しむ人々に目をやると清潔な身なりをした女性の姿が多く、テーブル席を囲む彼女たちの会話は一様に弾んでいた。大きな窓から差し込む午後の日差しに照らされてコーヒーを楽しむ彼女たちの笑顔の色艶(いろつや)は良く、きっと市場に近い土地に住まいをもつ有閑(ゆうかん)階級なのだろうと真琴は推察した。追加のオーダーのために店員を呼ぶ声が聞こえ、それを(うかが)う女性の店員は笑顔と慇懃(いんぎん)さを保っていたが、その動きの機敏さとこめかみに刻まれた(しわ)には忙しさが(うかが)えた。真琴の角度からは厨房の出入り口が細く見え、その中で(せわ)しなく調理の手を動かす男性店員の姿はコマ送りの映像のようだった。真琴は窓外の景色に目を移した。小さな庭に冬でも緑を保つ美しい植木が揺れ、ほどよく木漏れ日を店内の木製の床に透過させていた。

——シャラン…

 と涼やかな金属音が聞こえて真琴は正面のルナに目を戻した。彼女の細い腕輪が重なり合う音だった。テーブルに視線を落とすと彼女はもう料理を平らげてしまっていた。口元をナプキンで(ぬぐ)い終わった彼女と目が合った。

「ごめんなさい、私急用を思い出したの。もう行かなくちゃ」

 ルナはそう言って席を立って紙幣をテーブルの上に置いた。

「あ、はい、今日はありがとうございました。ご馳走様です」

 ルナは微笑んだ。

「今日は楽しかったわ。私はいろいろなところを旅してるからあなたとはきっとまた会えると思うの。そのときにブレスレットがうまく渡せたかどうか聞かせてちょうだい」

 真琴も笑みを返した。

「ええ、今度は僕におごらせてください」

 ルナは目を細め口角を上げ、それを返事とし(きびす)を返した。真琴はその艶然(えんぜん)とした背中をぼんやりと見送った。

 ルナの姿が見えなくなると真琴は食事を再開しようとした。しかしその一口目に手を付ける前に何かが一瞬彼の脳裏をよぎった。それは光景だった。真琴は手を止め目を見開いた。

 踊り子の衣装に身を包む美しい女性。円形の広場。石畳の地面。遠くに見える四角い建物。おそらくフラマリオン。

 真琴は慄然(りつぜん)とした。何だ今のは。俺の記憶なのか? だとしたらいつの? 何より今の光景の中にいた女性はルナではなかったか…?

 食事を楽しむ多くの客や(せわ)しなく働く店員の中で、真琴だけが脳裏をよぎった鮮烈な光景を何度も反芻(はんすう)し、身じろぎもせず呆然と虚空を見つめ続けた。

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