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こころのみちしるべ  作者: 110108
アーケルシア編
64/102

062.『囚われた先で』1

 真琴は床の体の芯へと染み込むような冷たさと無機質な固さで目を覚ました。かといって不快ではない。どこか懐かしく、心地よくさえある。子供の頃遊んで疲れて草むらや土の上、あるいはアスファルトの上で眠ってしまったときのような。布団とは比べようもないが、地面と一つになれたような気がして不思議と安心して体を預けることができるような心地よさ。ただ疲れのせいかひどく体が重い。

 真琴はそこではたと気付いた。自分の置かれている状況の異常さに。彼は顔をもたげた。見たこともない壁。見たこともない床。見たこともない天井。知らない場所。自分は今どうしてここにいる。

 そこで彼は重要な事実を思い出した。いや違う、自分は樹海にいたはずだ。あるいは自分はすでに死んでしまっていて、ここは死後の世界なのか? 真琴は辺りを見渡した。すると信じがたいものを目にした。床に寝転ぶ自分以外の人間の姿。それも複数人。直感が告げた。それがよく見知った人物であると。にわかに体を起こした真琴は彼らに一歩、また一歩と近づき、(つぶや)くようにその名を呼んだ。

「悠樹…」

 真琴はかがんで確かめたが、足元に寝転ぶそれは間違いなく悠樹だった。真琴は他の体に目を移した。そこに杏奈がいた。

「杏奈…」

 その向こうには琢磨がいた。

「琢磨…」

 さらに翔吾も。

「翔吾…」

 真琴は急いで悠樹の手首の脈をとった。温かみがあり、血色も良い。表情も穏やかで息をしている。慣れずに苦労して探し当てた脈も確かだ。真琴は杏奈と琢磨と翔吾の無事も同様に確かめた。みな脈もあり息をしている。

 彼はあらためて辺りを見渡した。そこは床も壁も青みがかった黒い石かコンクリートか何かでできた空間だった。五人の他には誰もいない。床は四角く、一辺は五メートルほどだろうか。そこいら中に何かの構造物を壊したような瓦礫(がれき)が散乱している。瓦礫(がれき)の材質は床や壁のそれに似ている。空間は立方体か直方体の形をしている。壁の一面に扉がある。金属で縁取られた大きな扉。きっと重くて開けるのには苦労するだろう。壁や天井に装飾のようなものはない。床には何か紋様が刻まれているが、何を模したものかはわからない。真琴は少しだけためらってから悠樹を起こすことにした。揺さぶり、耳元で小声で名を呼び掛けた。

「悠樹…、悠樹…」

 悠樹は顔を(しか)め、目を開けた。彼は寝ぼけまなこで真琴を見た。

「真琴…」

 すると悠樹は急に体を起こして叫んだ。

「真琴!」

 真琴は驚き戸惑った。

「おう…」

 悠樹は目を見開き真琴の肩を(つか)んだあと、泣き出しそうな顔でこう言った。

「お前さ…ほんと…」

 真琴は唖然とした。

「…」

「お前どこ行ってたんだよ…!」

「え?」

 悠樹はそこでようやく周囲の景色の異常さに気付いた。

「ってかここどこだよ!」

 真琴は人差し指を口に当てた。自分たちが誘拐されてここにいるのかもしれない、だとしたら誘拐犯が近くにいるかもしれない。あるいは見知らぬ土地の見知らぬ人に見つかり、自分たちが不法侵入者や不審者として怪しまれるかもしれない。ひとまず誰にも気付かれないようにした方がいい。真琴は残る三人も同様に起こすことにした。

「真琴…! どこ行ってたの!!」

 起きるなりそう言って杏奈は真琴に抱きついた。杏奈が悠樹とまったく同じ問いを投げかけ、まったく同じ表情をしたことを真琴は(いぶか)しんだ。真琴には二人の問いの意味がまったくわからなかった。杏奈を起こす声で翔吾はひとりでに目を覚ました。彼は目をしばたかせて辺りを見ながら「ん…?」とだけ声を発した。琢磨はなかなか起きなかったが、起きるとすぐだるそうな顔をして「何だよここ」とぼやいた。




 琢磨の意識が明瞭になってからみなは話し合いを始めた。みなできるだけ近くに集まって声を潜めた。

「そもそもここはどこなんだろ」

 悠樹がそう切り出した。みなは辺りを見渡した。そこは生活感のない無機質な空間だった。大学やどこかの市などの公共の施設か、あるいは宗教団体の祭礼のための場ではないかとも思えたが、無論確証はなかった。

「そもそもなんでこんなとこにいるんだ俺たち」

 真琴がそう話頭を変えた。すると悠樹がそれに鋭敏に反応した。

「そうだよお前どこ行ってたんだよ!」

 悠樹は真琴に(つか)みかからんばかりの勢いだった。真琴はただただ唖然とした。

「そうだよ真琴!」と杏奈もそれに同調した。「捜したんだよ!」

 真琴はその言葉を聞いてさらに目を見開いた。

「捜したって…」

 間髪入れずに悠樹が言った。

「お前を捜したんだよ。昨日久しぶりに通話かけて、杏奈にも通話かけて、何かあったと思うだろ!」

 杏奈が泣きそうな声で言った。

「真琴の声すっごいつらそうだった」

 真琴は信じられずうろたえた。

「いや、だからって…。そんな…」

「真琴死んじゃうんじゃないかって、あたし悠樹と琢磨と翔吾くんに相談して…」

 真琴はそこへ来てようやくみなの言動の意味を理解した。

「みんなまさか…」

 悠樹は言った。

「思い詰めたお前が今日行きそうな場所なんて一つしかねえだろ。お前樹海に行ったんじゃねえのか?」

 真琴は唖然とする顔で(うなず)いた。

「ああ、行った…」

 そこで琢磨が口を開いた。

「声聞こえなかった?」

 真琴は見開いた目を琢磨に向けた。

「聞こえた」

 悠樹が言った。

「『たすけて』って。女の声」

「ああ…」

 杏奈が(たず)ねた。

「光は?」

「光った。体が光って…そうだ…気付いたらここに…」

 悠樹と杏奈は「やっぱり」という顔をした。真琴は頭が真っ白になった。

「俺のせいで…。俺が巻き込んだのか…」

 翔吾が真琴を(さと)した。

「真琴、反省会はあとにしろ。まずこの状況をなんとかするぞ。それとみんな声を落とせ」

 その一言でみな冷静になれた。そこで琢磨が言った。

「ってか荷物は?」

 そう言われてみな辺りを見渡したり服のポケットの中身をまさぐったりした。持ち物がすべてなくなっていた。残っているのは身にまとっている衣服や靴だけ。

「じゃあ誘拐か?」

 琢磨がそう言った。

「あんな誘拐あるわけねえだろ」

 悠樹がそう言った。たしかにあれは誘拐というより怪奇現象に近い。琢磨が反論した。

「でも荷物が消えたことは事実だろ。しかもポケットの中まで」

 翔吾がまとめた。

「よし、こう考えよう。声や光の正体はわからない。多分考えてもわからないだろあんなもん。なぜいつの間にこんなとこに来たのかもわからない。ここがどこなのかはこれから明らかにしていく。で、荷物がなくなってるのは誰かに奪われた可能性がある。奪ったヤツがこの近くにいるかもしれない。そういう想定で警戒して行動する」

 みな沈黙でそれに同意した。ここへ来て話題は「これからどうすべきか」に移った。真琴はできるだけ早くここから動くべきだと提案した。みなそれに賛同した。まず扉をできるだけゆっくり音を立てずに薄く開ける。隙間から外の様子を(うかが)う。重そうな扉なので悠樹と真琴が二人がかりで押す、一番背が高く遠くまで見渡せる翔吾が隙間から外を(のぞ)く、杏奈と琢磨は何かあったときのために後方に待機、という段取りになった。五人は神経を尖らせた。息は荒く短くなり、冷や汗が背中から出て衣服が肌にまとわりついた。小声で悠樹が言った。

「いくぞ」

 翔吾が小声で応じた。

「おう」

 悠樹は真琴と琢磨と杏奈を見た。三人は静かに力強く(うなず)いた。悠樹はカウントダウンを始めた。

「三、二、一…」

 二人は息を合わせて扉を押した。もしかしたら開かない可能性さえあると思えた重そうな扉はしかしさほど力をかけずとも静かに動き出した。扉の隙間から日の光が差し込んできた。それとともに人の声や物音が飛び込んできた。その音でみなはさらに神経を尖らせた。そこで二人は扉の開き具合を保った。翔吾はその隙間から見える景色を全神経を傾けて見渡した。そこは外だった。地形的におそらく丘の上だった。家があり、道があった。空があり、遠くに大きな建物が見えた。扉のそばにはおそらく人はいない。死角が多いため断定はできないが。こちらを注視する視線も感じられない。気になるのは街の雰囲気。月見が丘にも柳原にも見えない。東都にも見えないし、というより日本に見えない。素朴でエキゾチックで非近代的。樹海の中にこのような街が広がっているわけがないし、テーマパークの中か、あるいは外国か。もし外国だとしたら自分たちはどれだけの時間眠らされ運ばれて来たのだろうか。翔吾はそこで隙間から顔を離した。悠樹と真琴もそれに応じて扉をそっと閉じた。部屋に再び薄暗さが戻ってきた。五人は再び身をかがめて息を潜めた。四人は翔吾の言葉を待った。翔吾は滔々(とうとう)と語り出した。

「ここ丘の上だ。多分日本じゃない。ちょっと下に街が広がってて家とか道とかあるけど全然日本に見えない。多分近くに見張りとかはいない。断言できないけど」

 杏奈が(たず)ねた。

「どんな街?」

「家っぽい建物が多かった。…と思う。店もあったかな…。高い建物はなかった。あ、でも向こうに何かあったな。高いというか大きな建物。建物は古い感じがしたかな。日本ぽくない。ヨーロッパとか。わかんないけど。俺が見た範囲に人はいなかった」

「どうする」

 そう悠樹が聞いた。みなどうすべきか考えた。誰も答えないうちに悠樹が言った。

「もし見張りがいないなら、そのうちに出るべきだろ」

 琢磨がこれを(とが)めた。

「いたらどうすんだよ」

 悠樹が答えた。

「逃げるしかねえだろ」

 杏奈も悠樹に賛同した。

「ここにいても危ないよ。それに街が広がってたんでしょ? それなら人もいるはずだし大声で助けを求めればいいじゃん」

 琢磨は不服そうだった。

「その前に殺されたらどうすんだよ」

 これには真琴が答えた。

「俺が盾になる」

 悠樹が反対した。

「いや、全員で逃げよう」

 真琴が言った。

「もちろん俺も逃げるけど最初に出て安全を確認する。誰かが襲ってきたら俺が食い止める。その間にみんなで走って逃げて助けを求めてくれ」

 悠樹はなおも真琴を(とが)めた。

「もし責任感じてそんなこと言ってんだったらやめろよ」

 真琴は否定した。

「いや、俺は役割分担したいだけだ。責任は感じてるけどかっこつけようとも死のうとも思ってない」

 悠樹は真琴の目の奥を(にら)んだ。悠樹は真琴の意志が固いことを知ると仕方なくそれを承服することにした。悠樹は琢磨に言った。

「ここにいても危ない。街に人が多い昼のうちに助けを求めよう」

 琢磨はなおも反論した。

「街の人間が全員敵だったらどうすんだよ」

 悠樹はそれに反論しようとしたが、実際のところそんなわけがないと言い切れるだけの根拠はなかった。代わりに翔吾が言った。

「そうなったら街の外まで逃げるだけだろ。仮に街中全員敵だとして、そんな敵だらけの街のよく知らねえ建物の中に(こも)ってたって追い詰められて死ぬか飢えて死ぬかのどっちかだ」

 琢磨はさすがに反論の余地を失った。話し合った結果真琴、翔吾、杏奈、琢磨、悠樹の順でこの建物から出ることになった。見張りがいたらそれを食い止めるのは真琴と翔吾の役割。見張りが三人以上なら悠樹もそれに加わる。琢磨と杏奈は何があっても人がいそうな手近な建物へ走って助けを求める。五人は再び扉の前で息を呑んだ。

「真琴、お前のタイミングで行け」

 そう翔吾が言った。真琴は後ろを振り向いた。四人とも準備はできていそうだった。琢磨がやや(おび)えているのが気になるが信じるしかない。真琴は扉に手を添えた。翔吾も同様にした。杏奈と琢磨と悠樹もその後方にぴたりと待機した。真琴が静かにカウントダウンを始めた。

「三、二、一…」

 ゼロは言わなかった。二人は扉に触れる手に一気に力を込めた。扉は先ほどより大胆に勢いよく開き、そこから身を細くして五人の若者が勢い良く外へ躍り出た。真琴は素早く扉の外の左右を見た。やはり見張りはいなかった。先ほどは見落としたが扉のすぐ外は百段ほどの低い下り階段になっていた。そこを降りると通りだった。通りの左を見ると街の住民らしき人が歩いていた。やはり服装が日本人のそれとは異なる。街と同じく質素で非近代的でエキゾチック。真琴は次に素早く右を見た。そこで真琴は恐ろしいものを見た。違う意味で異様な服装に身を包む集団。よく見ればそれは西洋風の甲冑(かっちゅう)であった。通りをこちらへ向かって来る。五人は慌てて別の手近な家の塀ような物の影に身を潜めた。

 五人はそこで緊張と急激な運動のために息を切らし、それが落ち着くのを待った。それから真琴はそっと影から(のぞ)いてみた。甲冑(かっちゅう)の集団がこちらに気付いた様子はない。丘の上の建物はやはり立方体だった。非常にいかめしいが、同時に神聖でもある。遠くにはやはり大きな建物が見える。よく見ればそれは城壁のようだった。五人はひとまず甲冑(かっちゅう)の集団をやり過ごすために家のような建物の裏手に回り込んだ。通りからはそこは見えない。甲冑(かっちゅう)を着こんでいるということは帯剣しているかもしれない。テーマパークの衣装には見えなかった。

「どうする」

 悠樹が小声で聞いた。

「あいつら行ったら普通の人に助け求めよう。俺が行く」

 真琴がそう答えた。悠樹も今度は(とが)めなかった。三人にも不服はなさそうだった。

 五分ほどしてから真琴は立ち上がり身を低くして建物の影から通りに顔を出し左右を(のぞ)いた。どうやら問題はなさそうだ。彼は素早く立ち上がり、通りへと大胆に歩き出して行った。悠樹も通りへ顔を出して真琴の様子を見守った。三人は塀の裏で待機した。真琴は緊張を顔に出さないように心がけながらできるだけ自然に歩いた。彼の視線の先には剣士と思しき一人の小柄な男がいた。私服だが帯剣している。真琴はそこに畏怖(いふ)を覚えたが、雰囲気と顔貌(がんぼう)からは不親切さを感じない。すると向こうもこちらに気付いた。目が合うと真琴はひやりとしたが相手を警戒させないよう柔和な表情と声色を心がけ、先に声を掛けた。

「あの…すいません…」

 相手は何とも答えない。こちらの言葉を待っているのか、あるいは言葉が通じていないのか。しかしこちらをじっと見ている。もしかしたら怪しまれているのかもしれない。これ以上怪しまれないためにも真琴は意を決して声を発した。

「あの…ここって…日本ですか…?」

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