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こころのみちしるべ  作者: 110108
アーケルシア編
56/102

054.『ルクレティウス強襲作戦』2

 まずリヒト、アイシャ、クライス、リサを乗せた馬車はアーケルシアを出発し二日かけてフラマリオンへと至った。四人はそこからさらに馬車で一昼夜かけてフラマリオンとルクレティウスの間の最初の検問所の手前まで辿り着いた。手筈(てはず)通り四人はそこで馬車を乗り捨ててフラマリオンのレジスタンスの息のかかった酪農場の納屋にそれを隠し、北の森へと入った。四人は黒いローブを(まと)いそのフードを目深にかぶり、斥候(せっこう)のように森を疾走した。森の先導はリサが行った。アイシャも森の潜行方法は熟知していたが、スキルと経験の差からその役をリサに譲った。森を乗り物なしで進んでルクレティウスに辿り着くには時間がかかるが、いずれも経験豊富で身のこなしの軽い少数精鋭の陣容とあって行軍は(はかど)った。彼らは予定よりも速いペースで森を駆け、最後は少しペースを落としてルクレティウスにアプローチをかけた。

 アーケルシアを出て六日目の夕方に遠くにルクレティウスの西の城壁が見えてきた。さらに七日目の昼、ついに彼らの目の前にルクレティウスの北の城壁が姿を現した。北側からのアプローチを選んだのはもっとも警戒の濃いアーケルシア側、つまり西側を避けるためだ。リヒトたちはそこでローブを脱ぎ()てた。

 壁上を見上げると見張りが二人いた。アーケルシアなら一人しかおかないところに二人の人員を割くのはルクレティウスがアーケルシアに比べて狭いからなのか、豊かだからなのか、フラマリオンを奪われて警戒しているからなのか、そんな思索がリヒトの頭を一瞬でよぎった。手筈(てはず)通り二人の見張りの隙を衝いて一人をリサが射殺した。喉に矢が刺さったため、彼は声も出せずに速やかに絶命した。もう一人はアイシャが投げたナイフが側頭部に刺さって即死した。四人は見張りが動かなくなったのを見届けてから素早く森から躍り出た。

 そのまま彼らは壁に駆け寄り、鉤縄(かぎなわ)を壁上へと投げ、それを伝って壁内に侵入を果たし、中央の騎士団庁舎へと向かい、六大騎士を襲撃する——

——はずだった。しかし突如、森を出た彼らの目の前に上から何かが降って来て行く手を(はば)んだ。リヒトたちは一様に目を見開き足を止めた。それは大きな質量をもって地に降り立ちずしりと音を立てた。それも一体ではなかった。二体、三体、四体。

「予想通りだな」とそのうちの一人が声を発した。

「なかなか強そうじゃねえか」とまた別の一人が言った。

「見くびるなよ。いずれもアーケルシアの精鋭だ」と一人が言った。もう一人は言葉を発せずただ黙って四人を見据えていた。アイシャはその豊富な知識と四人が放つ強壮なオーラから彼らが何者であるかを正確に見抜いていた。

「ルクレティウス…六大騎士…!!」

 一人は長身。端正な顔立ちで、やや長い茶色の髪を中央で分けている。その顔にはこれから始まる戦いを(たの)しもうという余裕を(たた)えている。

 一人は鋭い目つきで(よこしま)な笑みを浮かべた長身痩躯(そうく)の男。髪はボサボサで防具はほとんど身に着けていない。

 一人は小柄。短い髪に小麦色の肌に鋭い目。四人の中でもっとも神妙な面持ちでリヒトたちと対峙(たいじ)している。

 一人はさらに軽装で防具を一切(まと)わず(わし)と炎をかたどった黒い入れ墨の刻まれた上半身には衣服さえ(まと)っていない。よく実戦で鍛えられた無駄のない筋肉をもち、先刻から沈黙を貫いている。

 クライスは長身で茶髪の男を(あご)で指してリヒトに小声で言った。

「あれが六大騎士最強の男レオだ」

 リヒトは今一度その男の姿を見た。彼の笑みと(たたず)まいからは自信が(あふ)れ出ていた。リヒトは一歩歩み出て言った。

「俺はアーケルシア騎士王のリヒトだ。貴殿らはルクレティウス六大騎士に相違ないな?」

 さわやかな笑顔でレオが応じた。

「いかにも。俺はルクレティウス六大騎士のレオ。会えて光栄だ、ムーングロウ最強と名高い騎士王リヒトよ」

 リヒトは挨拶もそこそこに本題に切り込んだ。

「なぜ我々がここへ来ることを知っていた?」

「タイミングまで完璧に把握していたわけでは無論ない。ただいずれ来るであろうことはわかっていた」

 リヒトは心中で歯噛みした。

(フラマリオン奪還だけでなくその後の奇襲作戦すら読まれていたということか…)

 しかしこの状況はリヒトたちにとって好機でもあった。もとより六大騎士強襲を目論(もくろ)んでいた四人にとって直接対決が実現したことになる。リヒトは言った。

「では尋常(じんじょう)に勝負と願おう」

 アイシャもクライスもリサも険しい表情で六大騎士と対峙(たいじ)していた。ルクレティウスの長身痩躯(そうく)の騎士が言った。

「そうこなくっちゃ困るぜ」

 彼はリヒトたちを端から順番に(にら)んで楽しそうにこう付け加えた。

「誰から来る? 死にてえヤツからかかって来い」

 小柄な騎士が長身痩躯(そうく)の騎士に向かって呆れ半分で(たず)ねた。

「おいグレン。お前一人でやる気か?」

 グレンと呼ばれた長身痩躯(そうく)の騎士は答えた。

「ああもちろんだ。余計な手ぇ出したら殺すぞスレッダ」

 スレッダと呼ばれた小柄な騎士はさらに呆れて言った。

「ああ好きにしろ。その代わりお前のケツは拭かねえぞ」

 そう言うとスレッダはリヒトたちに背を向けて城壁の方へゆっくりと歩いて行った。壁際まで辿り着くと彼は胡坐(あぐら)をかいてそれに寄りかかった。見物を決め込もうということらしい。レオも同じように壁まで下がって行った。もう一人の入れ墨の騎士も無言を貫いたままそれに続いた。邪魔がいなくなったことを確認してからグレンは豪語した。

「さあかかって来い。誰からでもいいぜ? 全員いっぺんに来ても構わねえぜ」

「あたしが行こう」

 アイシャが前に歩み出た。誰も異を差し挟む者はいなかった。リサには隙を衝く技術や数々の妙技がある。秘技をもつリヒトの手の内をいきなり相手に見せるのは惜しい。アイシャの先鋒は適役だった。グレンとアイシャは十メートルほどの間合いで対峙(たいじ)していた。アイシャは武器を手に取らなかった。打撃で闘う構えだ。彼女はグレンもまた武器を持っていないことを見て(いぶか)った。彼女は多少の皮肉を込めて(たず)ねた。

「あたしと素手でやる気か?」

 グレンはニヤリと(わら)った。

「武器ならあるぜぇ。ここにちゃんとなぁ…」

 グレンは胸に右の(てのひら)を当てて言った。

「見せてやるぜ、俺の力を」

 すると彼の胸の内から白い光が(にじ)み出た。アイシャをはじめアーケルシア側の四人全員が呆気(あっけ)にとられた。それはまるでリヒトやシェイドやフラマリオンの謎の少年が起こした現象だった。グレンは叫んだ。

輪廻(りんね)(くさび)!」

 すると彼の眼前の虚空(こくう)に一本の白い光の縦線が描出された。線は次第に面積を帯び、質量を帯びた。それはやがて一本の細いロングソードになった。グレンは空中に(たたず)むそれをひったくるように右手に(つか)んだ。

「これが俺の武器だ」

 アイシャは驚嘆(きょうたん)した。

(『剣』の使い手…。こんなところに…)

 唖然とするアイシャに向けてグレンが言い放った。

「さあどうした? 来ねぇならこっちから行くぞ!」

 アイシャは歯噛みした。グレンは跳び上がり、アイシャに向けて上段からの斬り下ろしを見舞った。その剣戟(けんげき)の威力はすさまじく、地はひび割れ、陥没(かんぼつ)(えぐ)れた。風が立ち、土煙が派手に舞い上がった。アイシャは素早く後ろに跳び退いてその剣戟(けんげき)と衝撃から逃れていた。しかし直撃したらどうなっていたことか…。アイシャは目を(すが)め、額に汗を(にじ)ませた。グレンは攻撃を(かわ)されたにもかかわらず鷹揚(おうよう)(わら)った。

「よく動くじゃねえか」

 彼はアイシャに向き直ると再び跳んで斬りかかった。

「おるぁ!」

 しかしこの一撃もアイシャは寸でのところで(かわ)した。

「おいおい、逃げてばっかじゃ始まらねえぞ!」

 グレンは執拗(しつよう)にアイシャを追い立てた。彼は息も乱さず笑顔のままで強烈な剣戟(けんげき)を繰り出し続けた。

 アイシャは胸中で(つぶや)いた。こいつの攻撃を喰らったら一撃でアウトだな。かといってこのまま回避を続けていても相手はスタミナ切れを起こしそうに見えない。恐らくスタミナには相当自信があるのだろう。一撃一撃に強烈な膂力(りょりょく)を込めているが、それによって息を上げる様子も汗をかく様子もない。アイシャはそこへきて心理戦に持ち込んだ上で一撃必中のカウンターに賭ける腹を決めた。

 一方のグレンは余裕の笑みを浮かべて攻撃を繰り出し続けた。彼は一撃一撃を(たの)しんでいた。ルクレティウスとともにムーングロウを二分するアーケルシアの精鋭との決闘。そのような機会はまたとない。彼は有り余ったそのエネルギーと愉悦(ゆえつ)をぶつけるように剣を叩きつけ続けた。

 しかし逃げに専念するアイシャへのじれったさが次第に(つの)り彼の表情にそれが(にじ)んできた。

「いい加減にしろてめえ!」

 しかしそれに付き合うアイシャではなかった。彼女は大きく跳び退いてグレンの攻撃を(かわ)し続けながら、グレンの攻撃の癖を冷静に観察し続けた。彼女は胸中で(つぶや)いた。

(あと少し…)

 グレンはさらに怒りを(つの)らせつつアイシャを強烈な剣戟(けんげき)で追い立てた。

「逃げるだけかてめぇ!」

 アイシャは対照的にどこまでも冷静だった。

(あと少し…!)

 グレンはついに怒りに任せて大振りの渾身の一撃を叩きつけて来た。アイシャは目を(すが)めた。

(今だ…!)

 グレンの剣はアイシャに急激に迫った。アイシャは跳び退()かなかった。グレンはついにアイシャを捉えたことを確信し、喜悦(きえつ)顔貌(がんぼう)(みなぎ)らせた。

 一瞬アイシャが消えたように見えた。剣に地面の固い手応えのみを感じたグレンは唖然とした。アイシャは剣が通過した軌道のすぐ横合いに最小限の動きで素早く移動し位置を占めていた。それと同時に反撃の体勢に入っていたアイシャは脇に引き絞った右の拳を渾身の力で(ひね)り上げた。アイシャの拳はグレンの鳩尾(みぞおち)に深くめり込んだ。グレンは目を見開いた。

「ぐぁっ…」

 アイシャの強烈な右のアッパーで(えぐ)り上げられたグレンの体は鳩尾(みぞおち)を中心に折れ曲がりその足は地を離れた。なおもアイシャの膂力(りょりょく)はとどまるところを知らず、彼女は目一杯曲げて引いたショートアッパーの腕を伸ばし、その力を前方に解き放った。アイシャが腕を伸ばし切るとグレンの体はアイシャの拳を一瞬で離れてルクレティウスの城壁へと吸い込まれて衝突した。壁には放射状の亀裂が走り、グレンの体はその中央に一瞬めり込んでから反動で跳ね返って地に落ちた。グレンは白目を()き意識を失っていた。六大騎士の残る三人は一様にその表情に驚きを見せた。また一方リヒト、クライス、リサはアイシャの会心の勝利に笑みを見せた。アイシャは突きの構えを悠然と解いた。彼女の瞳はすでに残りの六大騎士に据えられていた。その双眸(そうぼう)は「次は誰だ」と静かに(たず)ねていた。座っているレオたちとは対照的に立ったままのリヒトたちは六大騎士の出方を待った。するとレオが口を開いた。

「グレンはああ言っていたが、本人は御覧の通りやられちまった。ここからは騎士らしく一対一で戦う、それで構わないよな?」

 リヒトは不敵に笑いながら答えた。

「ああ、もちろんだ」

 笑っていたリヒトだが、その実内心では違和感を覚えていた。六大騎士の一人がこうもあっさりと倒されたというのにレオは状況をまったく案じていないように見える。これは彼のポーカーフェイスのなせる(わざ)か、それとも残りのメンバーがグレンを圧倒するほど強く、戦力に大きな損害はないと判断してのことか。

「次は誰が出る?」と小柄な騎士スレッダが(たず)ねた。

「俺がやる」

 仲間が二人も連続で負けたというのにルクレティウスの黒い入れ墨の男は表情一つ変えずにそう言ってゆっくりと立ち上がった。思えばこの男が言葉を発するのを聞くのはそれが初めてだった。スレッダがリヒトたちに(たず)ねた。

「さて、そっちはどうする」

 するとクライスが前に出た。彼は寡黙(かもく)な入れ墨の男の前に立った。アイシャは連戦でも構わないという腹だったがクライスに出番を(ゆず)って退(しりぞ)いた。

「リュウガだ」

 入れ墨の男はそう名乗った。クライスが見るとやはりグレンと同様リュウガは武器を持っていなかった。クライスは少し探りを入れてみることにした。

「クライスだ。貴様も『剣』の使い手か?」

 リュウガは特に隠す様子もなく答えた。

「いや、俺は武器を使わない。拳のみで戦う」

 クライスはリュウガの真意を確かめることにした。

「それは挑発か? 酔狂(すいきょう)か? いずれにせよ感心しないな」

 少し冗談めかした言い方をしたクライスだったが、リュウガはどこまでも平静だった。

「いや、武器が不得手(ふえて)で肉弾戦が得意なだけだ。挑発でも酔狂(すいきょう)でもない」

 そこに嘘の響きはなかった。素手のみで戦うといえばアイシャを真っ先に想起するクライスだが、とはいえ彼女もいざとなればダガーを使う。この男もどこぞに武器を仕込んでいるかもしれない。そこへの警戒は頭の片隅に置きつつクライスは言った。

「お互い全身全霊でぶつかり合おう。これも何かの因果だ」

 リュウガは手短に答えた。

「ああ」

 二人の寡黙(かもく)な男はそれを潮に会話を切り上げ構えをとった。

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