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こころのみちしるべ  作者: 110108
アーケルシア編
52/102

050.『フラマリオン奪還作戦』2

 ルクレティウスによる支配が始まった当初から抵抗運動は行われた。多くは平和的な抗議活動だったが、中には過激なものもあった。過激派は自らを「レジスタンス」と名乗り、アーケルシア本国から周辺農家の農作物に(まぎ)れ込ませて武器防具を調達し、ゲリラ戦によりルクレティウス駐留軍の拠点を襲撃した。しかし民間人と自警団主体のレジスタンスが正規のルクレティウス軍に敵うはずもなく、当初約四百名を数えたレジスタンス軍も半数近くは戦闘により命を落とし、半数近くは捕囚(ほしゅう)され、今では残り三十五名となっていた。残った三十五名もその士気は下がり、今では過激な武装蜂起(ほうき)はしていない。もっぱら刑務所に収監された同胞の刑務所内での待遇の改善と刑務所からの釈放を訴えていた。

 彼らが同胞の刑務所内での待遇の改善を訴えるのはもっともなことだった。人口も少なく犯罪発生率も低かったフラマリオンには最大六十名を収監する刑務所しかなかったにもかかわらず、もともと約四十名が収監されていた刑務所に新たに穏健派も過激派も含めた反ルクレティウス勢力約二百五十名が収監され、刑務所はパンク状態となった。仕方なくルクレティウス駐留軍は懲役三十年や無期懲役などの比較的罪の重い者約八十名の刑を斬首刑へと変更し、即時執行した。それでも大幅に定員オーバーしていたため駐留軍は比較的罪の軽い者約八十名を「特赦(とくしゃ)」の名目で奴隷とし、土木作業に従事させた。残る約百三十名は定員の倍となる過密状態の刑務所で非人道的扱いを受けてきたが、病気と苛酷(かこく)な刑務作業によりうち約三十名がすでに命を落としていた。奴隷になった者のうち十五名も苛酷(かこく)な労働と暴力により同じ運命を辿った。

 彼らの刑務作業のほとんどは調理、清掃、ルクレティウス駐留軍によるフラマリオン支配の拠点を増築・改修するための資材、主に日干しレンガの製造である。刑務所の広さの関係で屋内での刑務作業が困難であるため、彼らは真夏でも真冬でも屋外の運動場で作業をさせられた。服は真夏でも真冬でも原始人が着るような麻の刑務服一枚であった。作業は素手で行うため冬は手があかぎれだらけになった。血豆は一年中できた。また、片足に足枷(あしかせ)をつけたまま二十四時間生活するため、足がただれたり、歩行困難をきたしたりする者もあった。刑務作業には日毎に「生産目標」という名のノルマがあり、傷病者にも容赦なく課せられた。達成できない者は鞭で打たれ食事を制限され、翌日のノルマを増やされた。

 過密状態のため入浴は二日に一度とされた。食事は一日三食出たが、肉と魚と乳製品と卵は出なかったため、たんぱく質や脂質やミネラルが不足し囚人は収監されると数日で別人のように痩せた。傷病者も治療を受けられなかったため、怪我や病気は軽いものでも命に関わった。特に誰かが流行り病に(かか)ると体力のない者から必ず死者が出た。もっとも過密状態にあったときは房で体を横たえるスペースもないためみな座って寝た。また、ストレスによる囚人同士の喧嘩も絶えず、それによる死者もあった。房も浴場も男女共用であったため、性的暴行も日常茶飯事だった。面会や手紙による外部との接触は一切認められなかった。




「何だてめえまた倒れてんのか」

 ゲレーロの小柄な側近・ルーカスはパンを地面に置くと指をなめて服に落ちた食べかすを手で払いながら立ち上がり、肩を怒らせて歩いて行った。その先には机に伏す一人の青年の姿があった。彼は四年前に比べて別人のように痩せこけてはいたが(まぎ)れもなくリビエラであった。ルーカスはリビエラの後頭部に拳を叩き落とした。ルーカスは少し様子を見たがリビエラが動かないのを見てもう何度か頭を殴った。

「ぅぐ…、ぅ…」

 するとリビエラは(うめ)き声を上げた。ルーカスは笑った。

「起きたか。げへへ」

 リビエラが顔を少し上げると彼の額からは血が滴った。

「おい小僧、働け。働かねえと殺すぞ」

 リビエラは起きたばかりでうまく働かない頭で言い返した。

「…お前が死ねよチビ」

 するとルーカスはリビエラの頭をはたいた。(あらが)う力の残っていない彼の頭は大きな音を立てて机にぶつかり、その勢いで跳ね返って上がったその額からはボタボタと先ほどよりも多くの血がこぼれた。ルーカスはあらためてリビエラに(たず)ねた。

「少しは働く気になったか?」

 リビエラはさすがに逆らう気力が湧かずに言った。

「いっそ殺してくれよ」

 ルーカスはにんまりと笑みを浮かべた。

「お前は金づるだ。お前が死んだらあの女二人に穴が開くんだぞ?」

 リビエラはそれを聞いてぼんやりとうまく働かない思考を巡らせたのち、急にルーカスに向けて怒鳴った。

「二人に手ぇ出したら殺すぞゴミ野郎!」

 するとルーカスは再びリビエラの後頭部を殴った。ぐしゃりと音を立てて机に伏した彼はそのまま動かなくなった。そのリビエラの耳にルーカスの嘲弄(ちょうろう)の言葉が容赦なく降ってきた。

「まあでもお前も十分稼いだ。そろそろお前死んでもいいかもな。そうすればもう約束も反故(ほご)にできる。あの女二人も晴れて処女を卒業できるってわけだ」

 リビエラは血で赤く染まる顔を起こして怒鳴った。

「約束は果たしただろ! そっちも守れよ!」

 ルーカスは平然と言った。

「約束はお前が生きて兵器を造り続ける限り有効だ。お前が死ねば即無効」

 リビエラは地獄のような日々に耐えてきた四年間が水泡に()すことを想像して愕然(がくぜん)とし、顔中に怒りの(しわ)を深く刻んだ。

「ふざっけんじゃねえ人でなし!」

「俺はな、四年前のあの日からあの女どもを犯したくてたまらなかった。今日それが叶う。ありがとう」

「このゴミ野郎…!!」

 ルーカスは鼻で笑った。

「ゴミはお前だよ。お前の作った兵器はアーケルシアの罪もない人々を大量に殺してるんだぞ?」

 リビエラは愕然(がくぜん)とした。

「何だと…? 戦争を終わらせる日のために備蓄してるんじゃ…」

 ルーカスはへらへらと笑った。

「んなわけねえだろ。普通に俺たちの私服を肥やすためにアーケルシアの虎狼会って組織に売ったよ。そこの首領のゼロアってのが人を殺すのに使いまくってるそうだ。良かったな。人の役に立てて。お前のおかげでフラマリオンの女をたくさん買えたよ。でもまあその虎狼会も潰れちまったらしいけどな。わかったか? お前の利用価値は正直もうねえんだよ」

 罪悪感に顔を(ゆが)ませたリビエラにルーカスはさらに(あざけ)りの言葉を吐きかけた。

「そんじゃ真相も聞けたことだし思い残すこともないだろ? 心置きなく死んでくれ」

 ルーカスはリビエラが兵器の製造に使ってきた金づちを手にとった。それを見たリビエラは目を見開きその状況から逃れるべく(うめ)きながら必死に手足を動かした。しかし彼の腕は鎖で壁に固定され、彼の脚もまた鎖で床に固定されているため、彼がどこをどう動かしてもじゃらじゃらとむなしく音が鳴るだけだった。喜悦(きえつ)と狂気に目元と口元を(ゆが)めたルーカスは必死にもがくリビエラに最後の嘲弄(ちょうろう)の言葉を浴びせた。

「お前の四年分の思い出が詰まった金づちだ。これで死ねるんだから本望だろ」

 その直後、リビエラは突如愕然(がくぜん)として動くのをやめた。ルーカスはそれを見て(いぶか)って目を(すが)めた。よく見るとリビエラの目はルーカスの顔ではなくその上に向けられていた。

「ん? 何だ?」

 そう言ってルーカスは振り向いた。するとそこにクライスの巨体があった。

 次の瞬間にはルーカスは轟音(ごうおん)を立てて奥の壁際の資材用の棚に埋もれていた。動かなくなったルーカスを愕然(がくぜん)と見送ったリビエラが視線を正面に戻すとそこにはルーカスを殴り飛ばした手をゆっくりと下ろす巨体の姿があった。恐るべき膂力(りょりょく)を目の当たりにしたリビエラはクライスと目が合うと慄然(りつぜん)とした。クライスは腰からロングソードを抜いた。リビエラは震えあがった。クライスはそれを振り上げた。リビエラは助けられたと思った安堵(あんど)から急転直下の恐怖を味わった。

「うわああ!!」

 叫んで身を(よじ)る彼のすぐ横をロングソードが風を切って行き過ぎた。

——ガシャリ

 強烈な金属音と衝撃にびくりと身を震わせたリビエラが薄目を開けて足元を見ると彼の脚を止めていた(かせ)の鎖が断ち切られていた。見上げるとクライスはぼそりと言った。

「じっとしていろ」

 彼は再びロングソードを振り上げた。クライスの意図を理解しつつも恐怖を(ぬぐ)えないリビエラがじっと目を閉じて身を固くしていると破砕音とともにもう片方の足枷(あしかせ)の鎖もちぎれた。呆然と足元を見るリビエラに上から声が落ちて来た。

「立てるだろ」

 見上げたリビエラはうまく出せない声で礼を言った。

「ありがとうございます」

 同様に手枷(てかせ)の鎖も机ごと叩き割ってしまったクライスはリビエラに言った。

「お前にやってもらいたいことがある」

 リビエラは戸惑いながら「はい」とだけ応じた。

「お前の作ったという兵器で壊してもらいたいものがあるんだ」

 安心し始めていたリビエラはその依頼のもつ響きに再び警戒心を(つの)らせた。それはかつてゲレーロの側近・ノアに依頼された扉の破壊に似ていた。

「それを持って着いて来い」

「それ」と言いながらクライスが(あご)と視線で指したのは棚に積まれた爆弾だった。逆らい様のないリビエラは言われるがままに箱ごと脇に抱えてクライスについて行った。淡々と工場を出たクライスを見て気になったリビエラが見渡すと、幾人もの駐留軍の兵士が倒れており、工場の中でまともに動ける人間はクライスとリビエラだけしかいないようだった。工場を出た先には見張りが顔と体を(ゆが)ませて倒れていた。クライスの背中を見て彼は何者なのだろうとリビエラはあらためて思った。工場のすぐ先には高い塀があった。フラマリオン出身のリビエラはそれが何であるかを知っていた。

「この中に大勢の囚人がいる。多くは無実だ。俺も数日前まで牢獄の中にいた」

 リビエラはそう話すクライスの横顔を見上げておずおずと(たず)ねた。

「この塀を壊せばいいんですか…?」

「ルクレティウス駐留軍の圧政に逆らった者はすべてレジスタンスとして投獄された。今仲間がこの街を解放しようと動いている。この壁が壊れて彼らが解放されれば駐留軍にとって大きなダメージになる」

 リビエラはもはや悪人とはまったく思えなくなったクライスに対して抱いた素直な疑問をぶつけた。

「あんたなら簡単に壊せるんじゃないのか? さっき俺の(かせ)を壊したみたいに…?」

 クライスはリビエラに向き直った。

「お前はその兵器をずっと造らされていたんだろ? さっきの兵士が言っていたがその爆弾はたしかに兵器として悪用されてきた。ならせめて良いことのために使え。俺を檻から放った男も同じことを言っていた」

 クライスは清々しい笑みを壁に向けた。リビエラも壁を見た。彼は四年ぶりに心が震えるのを感じていた。




 リヒトはフラマリオンの東側の門の前にいた。彼は逃げ惑うゲレーロに不敵な笑みを向けて嘲弄(ちょうろう)の言葉を浴びせた。

「なんだおい、ルクレティウスまで逃げんのか?」

 リヒトの視線の先で、閉じたままの門に駐留軍の(おさ)であるゲレーロが追い詰められていた。

 しかし彼がそこまで逃げてきたのには訳があった。門は街を外部から守る要であり、そこには十名ほどの兵が常駐していること、さらに門を開けばルクレティウスへの逃げ道が確保できることだ。ゲレーロの前には彼を守らんと十名の兵が剣を構えてリヒトと対峙していた。ゲレーロは目を()いて笑った。

「さっきは不意を衝かれただけだ! 調子に乗んなバカが!」

 リヒトは胸に手を当てた。

「新月の(またた)き」

 するとリヒトの胸が白く光った。ゲレーロとその部下たちは一様に目を見開いた。リヒトの眼前の空間にも白い光が浮かび、その中から一振りの日本刀が現れ、リヒトはそれを(つか)んだ。彼が鋭い目つきでそれを中段に構えると、駐留軍の者は一様に息を呑みたじろいだ。

「妖魔刀術・這影(しゃえい)。妖魔刀術・蝕樹(しょくじゅ)

 すると次の瞬間、ゲレーロの視界の中で十名の兵が残らず血しぶきと(うめ)き声をあげて倒れた。ゲレーロは呆然と立ち尽くした。リヒトの刀は伸びて枝分かれし、彼らはみな右足の甲をその切っ先に射抜かれていた。リヒトは刀身を光に変えて霧散させ元に戻すとゲレーロの視界の中で不敵に笑った。兵の(うめ)き声が絶え間なくゲレーロの耳朶(じだ)を打ち彼の恐怖を増長させた。

「どうする? 降伏するか? 逃げるか? 切り刻まれるか?」

 リヒトのその声で我に返ったゲレーロはやけになりながらもまだ(うそぶ)いた。

「はっ! これだけ暴れりゃ騒ぎを聞きつけてもうすぐ兵が大勢出て来るぞ! そうすりゃお前は終わりだ! お前こそ降伏しろ!」

 リヒトは平然と告げた。

「兵舎は制圧した」

 ゲレーロは唖然とした。実際その頃、兵舎の食堂では昏睡(こんすい)した駐留軍の兵士の大多数をアイシャとエレノアがロープで後ろ手に縛り上げて拘束していた。

 そのとき、ゲレーロの視界の中でリヒトのはるか後方の大通りを大勢の人が横切った。彼らは上下の別のない小汚い麻の服を着ていた。脚には鉄の輪を付けていたが、本来そこから伸びているはずの鎖と鉄球は断ち切られていた。彼らは喜んでいたり、泣いていたり、走っていたり、飛び跳ねていたり、抱き合っていたりした。その頃刑務所では動けない傷病者を除くすべての囚人がリビエラの開けた大穴から解放されそこを去っていた。一方看守のうち抵抗した数名はクライスのロングソードによって処刑され、残りは降伏していた。

「レジスタンスも解放されたみてえだな」

 振り向いてそれを見たリヒトが言った。ゲレーロはいよいよ目の前の現実を認めざるを得なくなった。この得体の知れない一味によってフラマリオンは陥落したのだ。

「くそっ!」

 ゲレーロは走った。彼は門まで辿り着くと(かんぬき)を外し、通常なら二人で押し開ける重い扉を一人で懸命に押した。彼はリヒトを振り向いたが、リヒトは笑って立つばかりでゲレーロの逃走を(さまた)げようとはしてこなかった。

「いいぜ、逃げろよ」

 ゲレーロはリヒトの言動の意図を(いぶか)ったが生存意欲がそれに勝った。(きし)みをたてて大門は開いた。東から日が差し込み視界を白く染め上げた。目を(すが)めながらゲレーロはその光の世界へ駆け出そうとしたがそれは違和感により(はばか)られた。今まで何度も見て来たルクレティウスへの帰路。街道と平原が広がる景色。白い光に(さえぎ)られてよく見えないが、そこに何か異物を見たような気がした。重厚で、危険で、人工的な何か。

 日差しに目が慣れるとそれは明らかになった。鎧と剣と槍である。それが織りなす人の壁である。視界の端から端までを馬に(またが)甲冑(かっちゅう)(まと)った人間が居並んでいる。ルクレティウスの兵ではないと直感が告げる。これはアーケルシアの兵だ。しかしなぜアーケルシアのある西ではなく東なのか。周り込まれたということか。ゲレーロは直感に従いほぼ真上の物見櫓(ものみやぐら)に目をやる。そこには弓を持った見たこともない女が立ってこちらを見下ろしていた。身軽な衣服に身を包み長い髪を一つに束ねた女。おそらく自分を追ってきた男の仲間。まさか四つの物見櫓(ものみやぐら)がすべて制圧されたというのか。

「まだ理解できないか?」

 正面から男の声がした。居並ぶ兵の中央。浅黒い肌の顔貌(がんぼう)鼻髭(はなひげ)を生やした男は馬の歩を進めてゆっくりとこちらへ近づいて来た。ケーニッヒはうなだれるゲレーロの前で馬を停め、冷厳な眼差しで静かに告げた。

「フラマリオンはアーケルシア軍が完全に包囲した」

 ゲレーロの頬を冷や汗が伝った。彼は生唾を飲み下した。背後からリヒトが冷厳とした声音で言った。

「フラマリオンを返せ」

 ゲレーロはわずかに残っていた抵抗への意思をすべて失いへたりこんだ。彼は(うつ)ろな目をして腰の剣を(さや)ごと地に放り捨てて言った。

捕虜(ほりょ)の命には慈悲(じひ)()う」

 リヒトは一度目を閉じてから答えた。

「約束はできない。だが考慮はしよう」

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