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こころのみちしるべ  作者: 110108
アーケルシア編
48/102

046.『星』

 シェイドはそこにある光景をぼんやりと見渡した。彼は余韻に浸るでもなく、感傷に浸るでもなく、ただそこにあるものを視認していた。夜空、床、血、横たわる三つの体。

 楽しかった。しかし終わってみればあっけなかった。それは余興の終わりのような感慨だった。楽しさの余韻はある。しかしそれは余計に(むな)しさを引き立てる。またいつものつまらない日常が戻ってくる。アーケルシア屈指の手練れを三人も殺した。おそらく向こう五年はこんな楽しみはない。シェイドは寂寞感(せきばくかん)(さいな)まれていた。しかし死人は生き返らないと割り切った。仕方のないことだ。恨むなら自身の強さを恨む他ない。

 シェイドは屋上の出口に向けて歩き出した。しかし数歩進んだところで何かの気配に気付いてそれをぴたりとやめた。(うめ)く声が背後から聞こえた。

「痛てててて…」

 シェイドは振り向いた。その声の出所に目をやると、それは横たわるクライスだった。彼は傷口を押さえながら立ち上がった。シェイドはあまり驚いた様子もなくそれを見た。

「あれ? タフだな」

 クライスは立ち上がるなりぼんやりとした目でシェイドを見て寝ぼけたように言った。

「ああそうか。こいつとまだ戦ってたんだ」

 シェイドは愛らしい動物でも見るような目をクライスに向けた。

「寝ててよかったのに。依頼主は多分負けちゃったから、君を殺し損ねても俺は文句言われないし」

 クライスはそれを聞いて「冗談だろ」と言わんばかりに笑った。

「お前はいいかもしれねえがこっちは困るんだよ」

 シェイドは話の要点が(つか)めずにぼんやりとクライスを眺めた。

神出鬼没(しんしゅつきぼつ)のお前みてえなヤツに出会える機会はそうない。今日ここで死んでもらわねえと困るって言ってんだよ」

 シェイドは鼻で笑った。

「そこに転がってる死体見ても同じこと言える?」

 シェイドはリヒトとリサを(あご)で指し示した。クライスは二人のことを笑ったまま見た。彼は表情を変えずにシェイドに向かって言った。

「そうか、じゃあこいつらの分まで気張らねえとな」

 シェイドはさすがに噴き出した。

「真っ先に倒れたザコが何言っちゃってんの。まあせいぜい頑張ってよ。失血死する前に」

 クライスは笑ったままロングソードを拾った。

「ああ、そうするぜ」

 クライスはにわかにシェイドに突進した。迷いのない踏み込みだった。シェイドは再びダガーでクライスの剣を受けたが、その瞬間目を見開いて驚嘆(きょうたん)した。先ほどとクライスの剣戟(けんげき)の重さがまるで違う。別人のように増している。受け止めきれないと悟ったシェイドは目を(すが)め全力を込めてダガーでクライスのロングソードを弾きながら跳び退いた。

(馬鹿な…。腹に傷があるはずなのに…)

「さっきのが本気だと思われたら心外だぜ。てめえも様子見だったかもしれねえがな、様子見だったのはこっちも同じだ!」

 そう言ってクライスはさらにシェイドに突進し剣を振った。クライスの本気の剣戟(けんげき)の威力を知ったシェイドは受け止めずに跳び退いた。クライスはそれを見て追わずに笑って挑発した。

「おい、俺のことは簡単に倒せるんじゃなかったのか?」

 挑発されたシェイドだが彼にはまだ余裕があった。

「あんたこそそんなに気張って剣振り回してたら腹の傷が開くよ?」

 クライスは腹を見た。

「ああ、これか。こんなもんほっときゃ治る」

 クライスはすでに痛みをまったく感じていないようだった。さらに恐るべきことに腹からの出血はすでに収まっているように見えた。彼の動きを見ていると血を大量に失った人間のそれには到底見えない。シェイドは舌打ちした。

「ちっ、バケモンが…」

 クライスは笑いながら返した。

「お前が言うな」

 シェイドは再び胸に手を当てた。

「道化の切札」

 すると彼の胸は光り、それは彼の後方の空中に投影され、そこに六本のナイフを創出した。胸の光と彼の背に浮かぶ六つの刃を見たクライスはさすがに驚嘆(きょうたん)した。

「おいお前、それはリヒトの…」

 シェイドは笑った。

「いいや、そんな生易(なまやさ)しいもんじゃないよ」

 クライスは目を(すが)めた。

「なるほどな、そりゃリヒトとリサが苦戦するわけだ」

「あんたも楽しく踊りながら死になよ」

 そう言うとシェイドは笑いながらまず一本のナイフをクライスに向けて飛ばした。クライスは難なくロングソードでそのナイフを叩き落したが、やはりそれが浮かび上がってくると目を見開いた。

「マジかよ…」

 そこからはクライスにとって防戦一方の展開が続いた。たった一本のナイフであるにもかかわらず、彼はその対処に苦慮した。叩き落としてもそのたび浮かび上がり向かって来るナイフは亡霊かゾンビのようだった。

「くそ! くそ!」

 しかもシェイドは背後にまだ五本のナイフを温存している。クライスは「何てでたらめな強さだ」と心の中で(うめ)いた。満足そうに(わら)ったシェイドは愉悦(ゆえつ)(にじ)む声で言った。

「もう一本足してみようか」

 それを聞いてクライスは焦った。一本でさえ対処のしように困るような代物をさらにもう一本消しかけられたらどうなることか。しかもすべて動員すれば六本になる。

「くそ…っ!」

 彼はナイフを剣で叩き落しながら脂汗を顔中に(にじ)ませた。

「じゃあね」

 シェイドは別れの挨拶を告げると事も無げに二本目のナイフをクライスに消しかけた。それは真っ直ぐ吸い込まれるようにクライスの腹部に向かって行った。クライスは叫んだ。

「くそおおおお!」

——カラン!

 乾いた音がして、シェイドがクライスの腹に向かって消しかけたナイフが床に叩きつけられた。その音とともにシェイドの笑みは失せた。クライスもまた唖然としていた。ナイフを叩き落したのは彼ではなく、彼の目の前に突如として姿を現した男だった。その姿を見たクライスは歓喜と驚嘆(きょうたん)の念とともにその名を呼んだ。

「リヒト…!」

 シェイドは嬉しそうに笑った。しかしそれとは裏腹に彼の口から出たのはリヒトの身を案じる言葉だった。

「生きててくれたのは嬉しいけど、やめときなよ。出血多量で今度こそ死ぬだけだよ」

 リヒトは(うつ)ろな目で笑った。

「上等だ。その代わりお前の命はもらうぜシェイド」

 シェイドは哀れみの目を腹から血をこぼすリヒトに向けた。

「そんな状態で何ができんの?」

 しかしリヒトの笑みは揺らがなかった。

「俺の『新月の(またた)き』は近接戦闘を必要としない。お前を殺すには最適だ」

 シェイドはさすがに興が()めたような顔をした。

「もうさっきだいたい出し尽くしたんでしょ? だったら——

「いやまだあるぜとっておきが。お前との戦いに飛び切り相性がいいヤツがな」

 シェイドにはリヒトの言葉が苦し(まぎ)れのはったりに聞こえた。

「じゃあさ、ちょっとやって見せてよ」

 リヒトは鷹揚(おうよう)にシェイドに向き直った。

「上等だ」

 リヒトは胸に手を当て目を閉じ、静かに、しかしよく通る声でその口上を述べた。

「新月の(またた)き」

 すると彼の胸と目の前に白い光が現れ、一振りの日本刀を浮かび上がらせた。彼はそれを手に取り技の名を口にした。

「妖魔刀術真打(しんうち)闇黒龍衝(あんこくりゅうしょう)

 すると彼の日本刀の刀身全体から黒い(もや)のようなものが立ち昇った。それはあえて言葉に表すなら妖気とでもいうべきものだった。シェイドの顔から笑みが消えた。クライスはそれを見て驚いていた。黒く立ち昇った妖気は空中でわだかまった。リヒトは鋭い目をシェイドに据えた。するとその妖気は龍のごとき形状をなし、それはシェイドに向かって突き進んだ。シェイドはそれを横に跳んで避けた。すると黒い龍は向きを変えてシェイドにさらに向かって行った。シェイドは目を見開いた。クライスも同様だった。シェイドは後方に跳び退き続けた。黒い龍はどこまでもそれを追い続けた。シェイドは後方に浮かぶナイフを一本黒い妖気の龍に向けて放った。ナイフを受けると黒い龍は勢いをやや失い、容積を減らしたが、それでもなおシェイドに向かい続けた。

「くっ…!」

 シェイドは(うめ)いた。ならばとばかりにシェイドは後方にあるナイフの二本目、三本目を黒い龍に向けて次々に差し向けた。龍は同様に勢いと容積を(げん)じはするものの、それでもシェイドに向かい続けた。シェイドはリヒトが叩き落したナイフやクライスを襲っていたナイフも光に変えて回収し、三本になった残りのナイフを龍に差し向けた。するとついに黒い龍は霧散し姿を消した。シェイドは膝をつき、肩で大きく息をした。それを見てクライスは唖然とした。

「シェイドが…疲れている…」

 しかし一方のリヒトも出血と大技の発動で大きく力を消耗し、肩で息をしていた。彼は立っているのがやっとに見えた。しかし彼は(うつ)ろな目を上げてもう一度構えをとった。クライスはリヒトに向けて叫んだ。

「やめておけ! あんなのをもう一発撃ったら体力が全部もってかれるぞ!」

 しかしリヒトはためらわなかった。

「上等だ! 疲弊してんのは向こうも同じ! 次で決めてやる!」

 リヒトは叫んだ。

「妖魔刀術真打(しんうち)闇黒龍衝(あんこくりゅうしょう)!」

 リヒトの日本刀を黒い妖気が包んだ。シェイドは目を(すが)めた。黒い妖気の龍はシェイドを飲み込むべく突進した。それを見たシェイドは機転を利かせた。避けるのが容易でないなら本体のリヒトを狙えばいい。それで攻撃は止むし戦いも終わる。シェイドは龍の攻撃を(かわ)すべく後方に跳び退きながらナイフを三本リヒトに差し向けた。リヒトは目を見開いた。

「リヒト、お前は攻撃に集中しろ!」

 クライスがそう叫んだ。クライスがリヒトに向かうナイフのうち一つをロングソードで叩き落した。しかしさらに二本のナイフがリヒトに向かっていた。疲れ果てて立っているのがやっとのリヒトはそれを(かわ)すことも弾き返すこともできそうになかった。クライスが(うめ)いた。

「クソが…!」

 クライスはリヒトをかばうように跳んだ。リヒトは目を見開いた。ナイフは二本ともクライスの背中に刺さった。

「ぐっ…!!」

 クライスは顔を(しか)(うめ)いた。シェイドは黒い龍の猛追を(かわ)し続けた。リヒトは肩で息をし、(うつ)ろな目をし、何とか技の構えを保っていた。クライスは立てそうになかった。シェイドはさらに二本のナイフをリヒトに差し向けた。

「今度こそ死ね!」

 リヒトは目を見開いた。床に伏せたままクライスは叫んだ。

「くそ! リヒト、避けろ!」

 しかしリヒトにその力は残されておらず、ナイフはリヒトに刺さるかに思われた。しかしリヒトの眼前に一人の男が颯爽(さっそう)と現れ、二本のナイフを双剣で一本ずつ叩き落した。クライスは驚嘆(きょうたん)の念とともに彼の名を呼んだ。

「ユスティファ!」

 ユスティファは鋭い目を上げ悠然と構え直した。

「くそっ!」

 (うめ)いたシェイドは龍の猛追を(かわ)しながら最後の一本をリヒトに向けて放った。それはユスティファのいる角度を巧みに避けながらリヒトに迫った。それに気付いたクライスが叫んだ!

「もう一本来るぞ!」

 それに気付いてナイフを見たときにはリヒトもユスティファもその対応に間に合いそうになかった。二人は目を見開いた。シェイドは勝利を確信し口の端を吊り上げた。ナイフがリヒトの首筋に刺さるその刹那(せつな)、一つの影が屋上の入口から素早く躍り出て、跳び込み様にそれを拳で叩き落した。クライスは歓喜の念とともにその者の名を呼んだ。

「アイシャ!」

 全身血だらけのアイシャの最後の力を振り絞った突きだった。彼女はそれを潮に膝をつき、倒れた。シェイドは(うめ)いた。

「くそっ!」

 彼は六本すべてのナイフの攻撃が失敗に終わり作戦を切り替えた。リヒト本体ではなくまずは目の前の龍をナイフで減殺(げんさい)する作戦だ。彼は六本のナイフを光に変え、再び後方に出現させて一気に龍に消しかけた。六本のナイフと黒い妖気の龍の突進。両者は激突し龍は無惨(むざん)にも霧散した。シェイドは猛追をしのぎ切ると再び肩で大きく息をした。リヒトもまた目を(すが)め肩で息をしていた。

 シェイドはそれを横目で見て口の端を吊り上げた。彼は今度こそ勝利が揺るぎないものになったと確信した。彼はその笑顔に平素の余裕を取り戻した。しかしそれは長くは続かなかった。彼が背後から鋭利な何かに狙われている気配を感じ取ったためだ。素早く振り返った彼が視認したのは自身を狙うリサの矢と彼女の視線の鋭い光であった。シェイドは目を見開いた。同時に矢は放たれた。それは吸い込まれるようにシェイドの心臓へと向かって行った。シェイドは必死に身を(よじ)った。矢はシェイドの腕を擦過(さっか)したが致命傷にはいたらなかった。リサは渾身の一撃が失敗に終わり、膝をついた。彼女もまた気力と体力の限界を超えていた。リヒトたちの反撃をすべて防ぎ切ったシェイドは息をついた。

「ふぅ、めんどくさかったぜ」

 シェイドは笑った。しかしその笑みも長くは続かなかった。彼はリヒトの方に目をやった。すると先ほどまでリヒトがいた場所に彼の姿がなかったのだ。シェイドは横合いから気配を感じた。彼がそちらに目を向けるとそこには満身創痍(まんしんそうい)でありながら日本刀を手に斬りかかって来るリヒトの姿があった。シェイドは愕然(がくぜん)とした。

(まだ動けたのか…!?)

 しかしシェイドには満身創痍(まんしんそうい)のリヒトの攻撃を恐れる理由はなかった。両者はまだリヒトの日本刀の届く距離になかった。

(こんなボロボロのヤツの攻撃が当たるわけ…)

 しかしそのとき、シェイドの体に一つの変化が生じた。急激な脱力感を覚えたのだ。シェイドはその正体に気付いた。

(さっきの矢…、毒か…!)

 シェイドが絶望とともにリサに目をやると彼女は片膝を地につけ憔悴(しょうすい)しながら誇らしげな笑みを浮かべていた。シェイドが再び正面に目をやるとリヒトはすでに眼前に迫っており、刺突を放っていた。シェイドは恐怖と絶望に目を見開いた。シェイドはダガーをリヒトの日本刀に合わせたが、虚脱感(きょだつかん)のためダガーを握る手に力が入らず、ダガーを押し退けたリヒトの日本刀はシェイドの腹を刺し貫いた。シェイドは目を見開き、喀血(かっけつ)した。

「ぐはぁっ!」

 一瞬の静寂ののち、リヒトとシェイドは同時に倒れた。リサも倒れた。クライスとアイシャもすでに倒れていた。その場でまともに動けるのはユスティファだけだった。もう動かない体でリヒトはぼそりと口だけを動かした。

「おい——」

 シェイドは痛みに(うめ)きながら目だけで(いぶか)し気にリヒトを見た。リヒトは(かす)れる声を絞り出した。

「さっきの答え、聞かせろよ」

 シェイドは何か考えるのを諦めるように一度目を閉じ、息を切らしながら再び(うつ)ろな目を開いた。

「俺が求めてるのは金じゃない」

 シェイドは少し間をおいてから続けた。

「答えだ」

 シェイドは(かす)れる声で昔話を始めた。

「俺は貧民街の出身だ」

 リヒトは目を細めた。

「ずっと貧しかった」

 シェイドは遠い目をした。

「知り合いに女がいた。美しい女だ。彼女は貧民街の露店で花を売ってた。店の経営は苦しくていつもギリギリだった。メシが食えない日もあった。それでも彼女はいつも笑ってた。俺は金物を拾って売ってた。要するにゴミ漁りが俺の日課であり生業(なりわい)だった。俺はそんな仕事に嫌気が差してたし、自分の仕事を恥ずかしいと思ってた。いつも俺はみすぼらしいなりをしてた。でもそんな俺にも彼女は分け隔てなく笑顔を振りまいてくれた。俺はその笑顔を守りたいと思った。腕に自信があった俺は地下格闘場に参戦した。そこで俺は連勝し軍から傭兵としてスカウトされた。貧民出身の俺は正騎士団には入れなかった。俺はそれでも構わなかった。彼女は無理をするなと俺に言ってくれた。俺は平気だと言った。彼女と同じようにまともな仕事ができることを俺は誇りに思った」

 クライスは星空を見ながら自身の境遇と重ねてシェイドの話をじっと聞いていた。

「ほどなく戦地へ(おもむ)いた。長い長い遠征だった。ルクレティウスの兵士を大勢殺した。味方も大勢死んだ。右で敵が死に、左で味方が死んだ。何の因果か俺は生き残り続けた。そんなある日、俺は誤って民間人を殺してしまった。(くわ)を持った大柄な農夫だった。敵だと思った俺は反射的に夢中で彼の喉に剣を突き刺してた。彼は倒れた。喉と口から血をこぼして目を見開きながら苦しんでゆっくり息絶えた。本当は早くとどめをさして楽にしてやるべきだった。だが俺は驚きのあまりその光景を立ち尽くして眺めることしかできなかった。そのとき俺の中で何かが変わった。価値観が大きく揺らいで、自分が何と戦って何を守ってるのかわからなくなった。というより、命が何のためにあるのかわからなくなった。あんた、神はいると思うか?」

 リヒトは神楽(かぐら)樹李(じゅり)飛茶(ひさ)のことを思い浮かべ、答えた。

「ああ、いると思う」

 シェイドは薄く笑った。

「そうか。俺も昔は神を信じてた。だが今はいるのかいないのかわからない。遠征が終わって国に帰ると、彼女の露店は知人の借金の形に接収され、彼女は娼館に売られてた」

 リサは目を伏せてそれを聞いていた。

「俺は急いで彼女の借金を肩代わりしようとしたが、俺がもってるものすべてを差し出して、知り合いに借金しまくってもまだ少し足りなかった。そこで俺は強硬策に出ることにした。彼女を娼館から強引に連れ出すことにしたんだ。だが娼館に行くと彼女は病気を(わずら)ってすでに売り物ならなくなり、捨てられてた。捨てられて以後の彼女の足取りは(つか)めなかった。俺は娼館の関係者を拷問(ごうもん)の末に皆殺しにした。結局彼女の足取りはその後も(つか)めてない。目撃者によると彼女を借金の形に娼婦に(おとし)めたのは貴族か騎士か商人か、とにかく中央の身分のありそうな者だったらしい。それ以来俺は中央の富裕層を殺しながら貧民街の犯罪集団から殺しの仕事を請け負って暮らしてる。金は使いきれないほど稼いだ。だが使い道なんてない。それでも俺は殺しをやめない。なぜだかわかるか?」

 リヒトは平然と答えた。

「さあな」

「俺は神が答えを出してくれるのを待ってるんだ。なぜあの日あの農夫は俺に殺されなきゃいけなかったのか。なぜ彼女は娼婦に(おとし)められなきゃいけなかったのか。なぜあんな素敵な笑顔が理不尽によって壊されなきゃいけなかったのか。俺に殺されたルクレティウスの兵もそうだ。ルクレティウスの兵に殺されたアーケルシアの兵もそうだ。俺が今殺してる連中もそうだ。なぜ殺されるのか。そしてなぜ俺みたいなのが死なずに生き残っちまったのか。神がいるなら答えるはずだ。いや、答える義務が神にはある。金に興味はない。殺しが楽しいわけでもない。だが俺は問い続けずにはいられない」

 リヒトは嘆息した。

「それがお前が殺しをする理由か」

 シェイドは答えずにリヒトを見た。リヒトは神妙な声音で言った。

「俺にも大切な人がいる。だからお前の気持ちは少しはわかるつもりだ」

 リヒトの語気は急に鋭くなった。

「でもなシェイド、お前は馬鹿だ。人が死ぬのに理由なんてねえよ。ただただ理不尽なだけだ。でも人が生きるのには理由がある」

 シェイドは目を(すが)めた。

「なんだと?」

「お前が本当に知りたがってんのはそっちだ馬鹿が。この世界に絶望したくなる気持ちはよくわかるぜシェイド。俺も理不尽な死を見てきた。でも救いはある」

 シェイドはじっとリヒトを(にら)んだ。だが返す言葉はなかった。

「お前はヤケクソになってるだけのアホだ。大切な人を傷つけられた痛みを他人にも味わわせたいだけの根暗だ。彼女の不幸に意味を見出したいだけの馬鹿だ。答えがほしい気持ちはわかる。でもお前は人を殺すことじゃなくて生かすことで答えを見出すべきだったんだ。お前やお前の女が受けた痛みを他の誰かが受けなくて済むように頑張るべきだったんだ」

 リヒトはシェイドを(にら)んだ。その目には憎しみと同時に哀れみが混ざっていた。

「死に意味なんてねえよ。神に語る口なんてねえよ。人を殺して答えが出るわけねえだろ。人が生きる先に答えがあんだよ。それを見出すのが人生だろ。精一杯生きて、精一杯人を生かして、そんで一生かけててめえの目と心で答えを見出せよ! 神に問うだと? 思い上がんな。てめえに人を裁く権利はねえ」

 シェイドは固く目を閉じて痛みに耐えていた。リヒトはいつしか顔に怒りを(たぎ)らせていた。リヒトの口上が終わり訪れた静寂を破るようにユスティファがシェイドに近づいて静かに(つぶや)いた。

「悪いがお前をここで殺さなきゃならない」

 彼は双剣の一本を構えた。シェイドはゆっくり目を開けた。ユスティファはシェイドを見下ろして(たず)ねた。

「最後に何か言いたいことはあるか?」

 リヒトの言葉を聞き終わり大の字に倒れていたシェイドは(うつ)ろな目で空を眺めた。そこには無数に輝く小さな星が点のように散りばめられていた。彼は静かに言った。

「ない」

「あたしから一つ言わせてくれ」

 そう言ったのはアイシャだった。シェイドは目だけアイシャに向けた。一体この()に及んで何を話すことがあるというのか。

「あたしは盗賊をしながら人を救ってる。あんまり金がねえから子供と老人と病人限定だ。本当はもっとたくさんのヤツを救いてえんだがそんな余裕がねえんだ。でもお前の話を聞いてて思ったよ。絶対お前の女みてえなヤツを救ってやらなきゃいけねえなって。そんで、お前みてえなヤツも救ってやりてえな、って。この世界は腐ってる。そんな世界に正しさを問うためにあたしとお前はそれぞれの方法で頑張ってきた。お前の理屈は間違ってる。でもお前の想いは無駄にはしない。あとはあたしたちに任せろ」

 シェイドは目を宙に戻し、問うた。

「お前は…お前たちはまだ答えを探すのか?」

 リヒトが答えた。

「ああ、当然だ」

「答えは…あると思うか?」

 リヒトは笑って答えた。

「さあ、知らねえよ」

「そうか…」

 シェイドの右手がかすかに動いた。リヒトはそれに気付いた。シェイドは(つぶや)いた。

「俺も、諦めたくねえな…」

 シェイドの右手が(むち)のようにしなった。その先から一本のダガーがユスティファの顔面に向けて放たれた。腰に隠していたらしい。ユスティファは必死に体を()け反らせてそれを避けた。どこにそんな力が残っていたのか、シェイドはその隙に後ろに大きく跳び退いた。リヒトもクライスもリサもアイシャもユスティファも唖然とした。ユスティファが体勢を立て直し構えるとシェイドはさらに大きく跳び退いて王城の屋上の縁に立った。ユスティファは叫んだ。

「貴様!」

 シェイドはリヒトを見た。リヒトもシェイドを見ていた。シェイドは目を細めて(つぶや)くように言った。

「強いな」

 黒衣の小さな影は夜の闇に(まぎ)れた。

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