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こころのみちしるべ  作者: 110108
アーケルシア編
44/102

042.『二人の王』2

「クライス!」

 リヒトは叫んだ。しかしその声が耳に届いているのかいないのか、彼に反応はない。ゼロアが吐き捨てるように言って笑った。

「最強の剣闘士。軍神とまで呼ばれた男。よもやまさかこの程度とはな」

 リヒトは歯噛みした。クライスを今すぐにでも救助したいが迂闊(うかつ)にクライスに近づけば二人の手練れから攻撃を受け兼ねない。リヒトは叫んだ。

「二人がかりとは卑怯(ひきょう)だぞ!」

 しかしゼロアは鼻で笑って吐き捨てた。

「二人? 何を言ってる。こいつは俺一人で倒したんだぞ」

 リヒトは唖然とした。クライスと戦ったというゼロアには戦いによる傷もなければ衣服の乱れ一つない。

(まさか…、クライスほどの男がゼロア一人にあっさりと…)

 そんなリヒトをよそにゼロアは言った。

「お前は騎士王のリヒトだろ? ずいぶん虎狼会を敵視してるようだな」

 リヒトはゼロアを鋭く(にら)んだ。

「しかしまあ、所詮は寄せ集め。この程度の戦力で虎狼会討滅だのフラマリオン奪還だのとほざいていたとはな」

 リヒトは気色ばんだ。

「何だとてめえ!」

 ゼロアはニヤリと口の端を吊り上げた。

「リサを倒してここまで辿り着いた褒美(ほうび)だ。俺が直々に貴様の相手をしてやろう」

 ゼロアは玉座から立ち上がった。リヒトが警戒し胸に手を当てると、そこは白く光った。

「新月の(またた)き」

 リヒトは胸の前に現出させた光の中から日本刀を(つか)み取って構えた。彼の胸の光と刀の現出を見てもなおゼロアの笑みは微塵(みじん)も崩れはしなかった。恐らくこちらの切札である「新月の(またた)き」についても調査済みというわけなのだろう。リヒトは敵の様子を(うかが)った。

(クライスを無傷で倒すとはどんな使い手だ。クライスが力で負けるとは思えない。おそらくスピードによる不意打ち…)

 ゼロアは相変わらず玉座から立ったまま一向に動かず、構えもしない。高いところからこちらを見下ろしているだけだ。リヒトは(いぶか)し気にゼロアを見た。

(何だこいつ…)

 リヒトは一瞬後ろのシェイドを気にした。するとシェイドと目が合った。シェイドは笑って言った。

「安心して。俺は依頼がなきゃ相手を殺したりしないからさ」

 ゼロアは首だけ振り向いてシェイドに言った。

「シェイド、お前がいると客人が気になるようだ。悪いが屋上に移動してくれ」

 リヒトは唖然とした。リヒトがすでに構えて臨戦態勢に入っているのに対してゼロアは構えもせずさらには後ろを振り向いて話をするばかりでなく、かなりの手練れであるシェイドをあっさり下がらせるとは。ゼロアのこの余裕は何だ。

「いいよ」

 するとシェイドは言われたままに淡々と部屋の奥の出口に歩を進め、そこから出て行った。リヒトは呆然とそれを見送った。

(何だこいつら。本当に一人で俺を倒せると…。しかも素手で…)

「どうした? さあ始めるぞ」

 話しかけられたリヒトははっとした。彼は少し探りを入れてみることにした。

「そういうお前は武器も構えねえのかよ」

「安心しろ。武器ならあるさ。武器を持たない相手に負けたという不名誉は死後背負わなくて済むぞ」

 挑発されてリヒトはやや苛立(いらだ)ちを覚えた。

「そうかよ。ならいくぜ」

 リヒトには敵の手の内を暴く必要があった。

「妖魔刀術・這影(しゃえい)

 リヒトの刃はその一声とともに伸びた。刃は伸び続けて急激にゼロアの赤い瞳に迫った。しかし意外にもゼロアは刃がどれだけ自身に迫って来ても笑っているだけだった。刃はそのままゼロアの目を串刺しにするかに思われた。しかし次の瞬間——

 轟音(ごうおん)が鳴り響き、リヒトの視界の中で大きな爆発が起きた。それが起きたのはちょうどリヒトとゼロアの中間点だった。リヒトは目を見開いた。ゼロアは表情も姿勢も変えずに佇立(ちょりつ)していた。傷一つ負っていないように見える。

 からん。と乾いた音がした。それはリヒトの長く伸びた刀身の中心から先が地に落ちる音だった。地に落ちた中心から先の刀身は白い光になって霧散し、リヒトの日本刀は本来の長さを取り戻した。彼は呆然とするほかなかった。

「理解できていないようだな」

 ゼロアの声でリヒトは我に返った。

「貴様には特別に俺の手札を見せてやろう」

 彼は(ふところ)から何かを取り出した。はじめ彼は手に何も持っていないように見えた。しかしよく見ると広げた五本の指のそれぞれの間に黒い小さな筐体(きょうたい)が挟まれていた。彼はニヤリと(わら)う顔の前にそれをかざした。

「これが何だかわかるか?」

 リヒトの中で先ほどの爆発と敵の指の間に挟まる筐体(きょうたい)と虎狼会に関する噂がにわかにリンクした。

「まさか…」

「俺はなあ、ただチンピラを集めて国を転覆させるだの世界を掌中(しょうちゅう)に収めるだのと絵空事をほざいてるわけじゃねえ。そういう頭の悪い不良と俺は違う。それ相応の兵器を用意した上でそれを目論(もくろ)んでる。すなわち——爆弾だ」

 そう言うとゼロアは指に挟んでいた四つの爆弾を素早くリヒトに向け放った。リヒトは目を見開いた。

「くそっ!」

 (うめ)いたリヒトは慌てて跳び退いた。彼の近くで光輪の花が爆音とともに咲いた。一つ二つ三つ四つ。リヒトは爆発より早くその範囲外に体を逃がしたつもりだった。しかしその体は一部の爆風に巻き込まれた。

「ぐああっ…!」

 リヒトは(うめ)き、倒れた。彼は素早く振り返って損傷個所を確認した。幸いにもダメージは片足の軽い火傷と擦り傷で済んだ。

「くそっ!」

 リヒトは心の中で舌打ちし、素早く立ち上がった。

(さっきも爆弾で俺の刀を折ったのか…。だとしたらその威力もやべえし、爆弾を投げる正確さと素早さもやべえ…。爆弾一個があのサイズだとしたら、あいつは他にどれだけの爆弾を隠しもってる…?)

 しかしそこへゼロアの愉悦(ゆえつ)に満ちた声が降ってきた。

「考えてる暇はないぞ」

 リヒトはその声で思考を中断して敵を凝視した。ゼロアはさらに爆弾を一つ投げつけてきた。

「くそっ!」

 間に合わないと判断したリヒトは苦し紛れに刀を鎧に変えた。

「妖魔刀術・蟠鱗(ばんりん)

 彼は体をできるだけ縮こまらせた。爆弾は鎧に当たって爆発した。

「ぐあっ!」

 リヒトは短く(うめ)いた。爆風を受けた鎧がひしゃげてリヒトの腹を圧迫したのだ。

(くそ…、たった一粒の爆弾で…)

 リサの矢さえ事も無げに弾いた鎧を爆弾は簡単にひしゃげてしまった。リヒトはその事実に愕然(がくぜん)とした。しかしそこへ再びゼロアの非情な宣言が降ってきた。

「よし、それじゃ二粒同時にプレゼントしてやろう」

 リヒトは目を見開いた。ゼロアは爆弾を(ふところ)から二つ取り出し、それをカードでも投げるかのようにリヒトに向けて素早く真っ直ぐに放った。

「くそっ!」

 リヒトは(うめ)いて鎧を解いた。二発同時となれば鎧ではもはや防ぎきれない。致命傷を負う危険性すらある。彼は少しでも爆発の影響を抑えるため力の限り後方に跳んで身を伏せた。光輪と爆風の花が空中に咲き乱れ、耳をつんざく音がした。多少の爆風を浴びはしたが、リヒトはそれで大きな損傷を負うことはなかった。防戦一方のリヒトにゼロアは嘲弄(ちょうろう)の言葉を容赦なく浴びせかけた。

「リサが敗れたということはあの女の矢は貴様の鎧を破れなかったのだろう? だが俺の爆弾の前では剣も鎧も意味はない」

 それを聞いたリヒトは歯噛みしながら立ち上がって構えた。彼は自身の体に刻まれたダメージと疲労を動作のたびに否応なく感じさせられていた。

「貴様はリサとの戦いで明らかに消耗している。万全の俺に勝ち目はない」

 言い返す言葉が思いつかないリヒトに対しゼロアは(うそぶ)いた。

「この国を牛耳(ぎゅうじ)るべきはアストラじゃねえ。貴様でもねえ。この俺だ!!」

 リヒトは刀を構える手に力を込めた。彼はただ嘲笑(ちょうしょう)するゼロアを息を切らして見上げることしかできずにいた。そのとき——

「勘違いも(はなは)だしいな」

 凛と澄んだ冷ややかな声がその空間に響いた。ゼロアのものでもリヒトのものでもない。若い女の声。二人はその声を知っていた。リヒトとゼロアは声のする方を同時に見た。リヒトは彼女の姿を見てニヤリと笑った。水を差されて鼻白(はなじろ)んだゼロアは憎しみを顔に刻んで問うた。

「リサ…。何故生きている…」

 リサはそれには答えず入口から悠然と歩を進めて部屋に入って来、リヒトの隣に立った。彼女は真っ直ぐにゼロアを見上げていた。

「裏切ったのか…」

 ゼロアのその一言をリサは鼻で笑い飛ばした。

「貴様のやり方にはハナから疑問を感じていた。私はビュルクを守るために戦う。その可能性を私は貴様よりリヒトに託す」

 リヒトはあらためてリサを見た。彼女は迷いのない清冽(せいれつ)な瞳をゼロアに据えていた。ゼロアは笑った。

「ははははは…」

 彼はすでにリサの反目を「どうでも良いもの」として切り捨てているようだった。

「ちょうどいい」

 ゼロアの哄笑(こうしょう)を聞いてリサは嫌悪感を顔中に(にじ)ませた。ゼロアは怪しく輝く赤い双眸(そうぼう)でリサの体を見た。

「貴様の体も燃やしてみたいと思っていたところだ」

 それを聞いたリサはしかし不敵に笑った。

「リヒトやクライスはたしかに貴様に対して相性が悪そうだ。二人ほどの実力者が苦戦するのも無理はない。だが私は違うぞ」

 ゼロアの顔から笑みがぴたりと失せた。

「何だと?」

「たしかに貴様の言う通り私の矢はリヒトの鎧を射抜けなかった。だが生身の貴様なら容易く射殺せる」

 ゼロアは笑った。

「馬鹿言え。全部爆風で吹き飛ばしてやるさ」

 リサはにわかに神妙になり、悠然と矢を(つが)えて身を低く構えた。

「リヒト、隙を作ってくれ! アイツは必ずあたしが仕留める!」

 リヒトはリサのその言葉に力強く(うなず)いた。

「ああ!」

 これほど頼もしい援軍があるだろうか。防戦一方で途方に暮れていたリヒトの心に力が(みなぎ)ってきた。

 リヒトもまた刀を構え直した。二人を見下ろしていたゼロアは胸元に両手を差し入れた。それを抜き取った彼は指の間に八つの爆弾を持っていた。リヒトとリサは警戒の色を顔に浮かべた。ゼロアは叫びながらそれらを二人に投げつけた。

「一気に八個行くぞ! 二人まとめて消し炭にしてやる!」

「来るぞ!」

 そう叫んだリヒトは左に、リサは右に跳んだ。爆風は二人の中間で起こった。二人は鮮やかに爆風の範囲外に躍り出た。リサはもとより、リヒトの跳躍もまた先刻ゼロアの爆風に巻き込まれたときとは別人のように鋭く素早かった。ゼロアは愕然(がくぜん)とした。

「何!?」

 リサという強力な助っ人を得たことでリヒトは戦意を取り戻し力強く躍動していた。彼はゼロアから受けたダメージとリサとの戦いで負ったダメージを体に蓄積させ、わけても毒によるダメージはリヒトの反応を大きく鈍らせていた。解毒剤で毒は中和したとはいえその間に受けた損傷が消えるわけではない。しかしリサの参戦はそれに倍して余りある心強さをリヒトに与えていた。リサもまたリヒトとの戦いによる疲労を感じさせなかった。彼女にとってはリヒトという可能性を得たこと、さらにゼロアの力と恐怖による支配に従うことへの迷いを払えたことが力になっていた。

「妖魔刀術・這影(しゃえい)!」

 そう叫んだリヒトは再び刀身を伸ばした。それを見たゼロアは「また性懲(しょうこ)りもなく同じ攻撃を」という嘲笑(ちょうしょう)とともにそれを爆弾で吹き飛ばそうとした。しかし反対側から狩人の殺気を覚えたゼロアはそちらを警戒する必要に迫られた。リサはすでに矢を(つが)え彼の顔目がけて照準を定めていた。

「ちっ!」

 ゼロアは舌打ちして後方へ跳び退いた。リヒトの伸ばした剣は虚空(こくう)を突いて終わったが、しかしリヒトはリサとの連携に手応えを感じた。

(いいぞ、ヤツに反撃のチャンスを作らせていない!)

 リヒトはゼロアとの距離をさらに詰めた。ゼロアはそれを見て(うめ)いた。

「くそ!」

 ゼロアは下がりながら爆弾を三つ放った。焦ったゼロアの爆弾の一つは狙いを大きく外れた。もう一つはリヒトが横に跳んで(かわ)した。もう一つはまさに横に移動したリヒトに向かう軌道を描いていた。しかしそれを(かす)めとるように横から飛んできた矢が爆弾を遠くの空中に運んでしまった。(むな)しく部屋の隅で鳴り響いた爆発音を聞きながらゼロアは舌打ちしリサを(にら)んだ。

「くそが!」

 リヒトはその間にもゼロアとの距離を詰めていた。焦ったゼロアは持てるだけの爆弾を手に(つか)んででたらめにそれをリヒトに投げつけた。リヒトは目を見開き慌てて刀を盾の形に変えて爆風を防ごうとした。

「妖魔刀術・膨弧(ぼうこ)

 しかし十に上る数の爆弾はそれまでで最大規模の爆風を巻き起こし、リヒトを盾ごと容易く吹き飛ばしてしまった。

「ぐあっ!」

 リヒトの身は軽々と宙を舞い彼は背中から地に落ちた。ゼロアは「様見ろ」と言わんばかりに笑った。しかしその笑みは一瞬しか続かなかった。再び横合いに狩人の殺気を覚えたゼロアは察した。

(間に合わない…)

 リサはすでに矢を(つが)え、その狙いをゼロアの側頭部に定めていた。右手の力を少し緩めるだけで矢は勢いを得て一瞬の後にゼロアの脳を貫き絶命させる。その準備は完璧に整っていた。地に倒れたリヒトも上体を起こしてその動向を見守っていた。二人による挟撃は成功した。ゼロアの隙を衝いた二人は勝利を確信した。

 しかし意外にもゼロアはその赤い双眸(そうぼう)(ゆが)めて笑った。それは二人がその日見た中でもっとも薄気味悪い笑みだった。リヒトもリサも慄然(りつぜん)とした。彼の手には二つの爆弾が握られていた。

 あとは矢をつまむ指から力を抜くだけでゼロアを亡き者にできるという状態だったリサでさえそれをやめて警戒の体勢を取った。さらに彼女は狩人の直感から何か恐ろしいことがこの場所で起こることを察した。ゼロアはまず片手に握った爆弾をゴミのように放った。その爆弾が描く放物線の着地点を目で追った二人はゼロアの恐ろしい(たくら)みに気付いた。そこにあったのはクライスの体だった。リヒトは叫んだ。

「クライス!」

 リヒトはクライスをかばうため体を投げ出し、叫んだ。

「妖魔刀術・膨弧(ぼうこ)!」

 リヒトの刀はクライスとリヒトの体を守るべく盾の形を成さんとしていた。だが間に合うかどうか。リサもまた矢の向きを変え、全神経を傾注しクライスに放られた爆弾に照準を定めていた。しかし彼女は次のリヒトの声で自身の置かれた窮地(きゅうち)に気付いた。

「リサ! 伏せろ!」

 リサは目を見開いた。彼女が再びゼロアの方を見ると彼はリサに向かっても爆弾を投げ付けていたのだ。彼女は呆然とした。爆弾はもうすぐそこまで迫っていた。矢で相殺しようにももう間に合わない。先に爆発したのはクライスに向けて放たれた方の爆弾だった。爆風はリヒトの盾も体も吹き飛ばし、クライスの体を爆風と煙で包んだ。やや遅れてリサに向けて放られた爆弾も爆発した。彼女は爆発の直前に後方に跳び退く動作をしたが、それでも彼女の体は爆風に飲まれた。

「きゃっ!」

 リサの短く甲高(かんだか)い悲鳴が無機質で広い部屋に残響した。

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