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こころのみちしるべ  作者: 110108
アーケルシア編
42/102

040.『アーケルシア攻城戦』2

 リヒトの攻撃はなおも苛烈(かれつ)に続いた。刀身をリサの急所へと素早く急激に伸ばす妙技。先刻リサが反撃することさえ許されなかった攻撃をリヒトは仕掛け続けたが、しかしリサの目にはそれを驚異と捉える向きはすでになく、むしろ彼女の双眸(そうぼう)に宿っていたのは反撃の隙を(うかが)うハンターの冷静さであった。徐々にリヒトの技に慣れてきた彼女は最小限の動きでそれを(かわ)すことに注力した。やがてついに彼女は極わずか数センチの差で刀身を(かわ)すことに成功した。彼女はすかさず弓矢の先端をリヒトの眉間(みけん)に据えた。彼女は確信した。狙える。リヒトが伸びた刀を光に変え元の形状に戻し次の一撃を放つまでに、こちらが一矢打ち込んでさらに回避の体勢を整える時間はある。隙を衝かれたことに気付いたリヒトは目を見開いた。ついに反撃のタイミングを捉えた彼女は矢を放った。

「!?」

 リヒトは上体ごと首を倒し、リサの攻撃を寸でのところで(かわ)した。回避行動があとコンマ数秒遅れていたら矢は彼の眉間(みけん)に突き立てられていた。

 リサの反撃はこれでは終わらなかった。彼女はリヒトが反撃の体勢を整えられずにいるのを見ると、追撃のために一瞬のうちに矢を(つが)え、狙いをリヒトの顔面に定めた。リサの鋭い眼光にリヒトは狩人の底知れない強さを感じ慄然(りつぜん)とした。彼は死をすぐそこに感じていた。矢は彼の眼球に吸い込まれるように飛んだ。超人的な動体視力を持つ者だけが知覚することのできる薄く引き伸ばされた時間感覚の中でリヒトは自身の眼球の中にリサの矢の(やじり)のシルエットを視認していた。次の瞬間、リヒトは全身の筋力を動員し、強引に身を(よじ)り、矢の軌道の外に自身の頭部の中枢(ちゅうすう)器官を逃がした。果たして矢はリヒトの頬の肉を(えぐ)って遥か彼方の壁に突き立てられた。矢が突き立てられた箇所の周囲には放射状に広く亀裂が走った。リヒトはリサが次の攻撃の体勢をすでに整えていることを視覚ではなく気配と経験で感じていた。リヒトはそれを(かわ)すべく右に跳んで叫んだ。

「妖魔刀術・膨弧(ぼうこ)!」

 リヒトの刀は一瞬にしてその長さを失い、彼の手元で形を変え円い盾になった。リヒトは盾と視線をリサに向けた。矢はすでに放たれリヒトの胴を穿(うが)たんとしていたが、彼はそれを予期して胴の前に盾を構えていた。頬に受けた一撃は急所を逸れている、この一撃も盾で防げる。リサの連撃によるダメージは致命的なものではない。そう感じたのもつかの間、リサは目にも止まらぬ素早さでさらにもう一矢を放っていた。リヒトは慄然(りつぜん)とした。

(四連撃!?)

 三撃目は盾が防いだ。四撃目も防ごうとしたが間に合わず、それはリヒトの左の二の腕を擦過(さっか)した。

「くっ!」

 リヒトは(うめ)いた。二の腕の傷からは血がこぼれた。四撃目を終えたリサは攻撃のために落とした腰を悠然と伸ばしてリヒトに向き直り言い放った。

「獲物の動きの癖を読み、獲物の動きに順応する。それこそが狩人の心得。貴様が防御に徹しようと攻撃に転じようと奇術を試みようと同じだ。それを読みそれを凌駕(りょうが)するまで!」

 リヒトは腕の傷を押さえながら顔を(しか)めてそれを聞いた。リサの眼光はにわかに鋭さを増した。

「私は貴様を狩る。(あなど)るなよ騎士風情(ふぜい)が。勝つのは私だ!」




 アイシャは息を一つ吐いて低く構えた。

「行くぞ」

 アイシャにとって不気味なことにその段になってもアントニオとその後方のダルトンの笑みと悠然と立つその姿勢は崩れなかった。アイシャは自身の爆発的な脚力と拳に絶対的な自信をもっていた。それは彼女の絶対の必殺技であり、過去に多くの猛者(もさ)を格闘場で倒してきた。二人はそれをおそらく知らない。それは先だってのダルトンの発言からもわかる。しかしそれにしても攻撃の構えを見せた自身に対する二人の余裕は何だ。アイシャは(いぶか)ったが、考えるのをやめた。わからないなら結果を見せつけてやるまで。彼女は足腰に力を込め、全身の余計な力を抜き、ふっと一つ息をついて目を閉じ、それを鋭く開いた。

 それは一瞬の出来事だった。だが当のアイシャの視線の中では周囲の情景がゆっくりと流れた。超人的な動体視力をもつものだけが知覚し得る薄く引き伸ばされた時間感覚の世界である。その視界の中でアントニオは笑っていた。それは単にアイシャの攻撃に反応できていない結果にも思えたが、しかしそうでないと思えるような何か違和感のようなものを彼女は覚えていた。彼女が脇に引いた右の拳を真っ直ぐに繰り出そうとする瞬間にその答えは明瞭(めいりょう)になった。横合いから向かってくる鋭い何か。彼女は胸中で(うめ)いた。

(またかよっ!)

 そう思って右を向いた彼女が見たのはその瞳に吸い込まれるように迫ってくる鉤爪(かぎづめ)の刺突だった。彼女は攻撃のため伸ばそうとしていた右腕を鉤爪(かぎづめ)の主の腕に下からあてることで爪の軌道を上に逸らし、体を小さく丸めて着地した。さらに彼女はダルトン、アントニオ、鉤爪(かぎづめ)の主の三者からの追撃から逃れるために素早く跳び退いた。状況を確認するために素早く上げた彼女の瞳が捉えたのは、微動だにせずに笑みを浮かべたまま佇立(ちょりつ)するダルトンとアントニオの姿、さらに先ほどの攻撃の主が悠然と攻撃のために伸ばした鉤爪(かぎづめ)の付いた腕を下ろしながらかがめた体を伸ばす姿だった。彼もまた前二者と同様の笑みを浮かべており、余裕のためかこちらを見てすらいなかった。彼はやがてアイシャに視線を振り向けた。見たことのない顔だった。アイシャは(いぶか)し気に(たず)ねた。

「誰だてめえ」

 相手は低い声を発した。

「誰だとは失礼だな。俺はアーケルシア第四の犯罪組織・金舎羅(きんしゃら)の頭目であり稀代(きだい)の殺人鬼・ホセ」

 アイシャは目を(すが)めながら呆れたように笑った。

「まさか第四の組織までも手なずけてるとはな。ゼロアの野郎一体どんな手を使ったんだか…」

「何のことはない。『邪魔な騎士団を排除しよう』と呼びかけたまでさ」

 それはアイシャの左から唐突に発せられた声だった。彼女が慌ててそちらを向くとまた別の刺客が短槍を持って立っていた。まったく気配もなく現れたその姿を視認して彼女は心の中で舌打ちした。

(こいつも相当の手練れだな…)

 彼は(みずか)ら名乗った。

「アーケルシア第五の犯罪組織・北神党(ほくしんとう)の頭目・マニュエル」

 アイシャは再び呆れたように笑った。

「おいおいいいのかよお前ら。あたしにばっかり強いヤツぶつけてきたらリヒトとクライスがあっさりゼロアのヤツを殺しちまうぜ」

 それを聞いてダルトンが口を開いた。

「それはない。ゼロア様はあの二人を止めるために相応の手練れを配している」

 アイシャはゼロアの配下にリサという狩人がいることを思い出した。さらにおそらくシェイドもまたゼロアに合流しているであろうことを想像した。たしかに二人は手強い。彼女は歯噛みした。

「だったらてめえらさっさと倒して二人に合流しねえとな…」

 アイシャは四人に増えた敵を前に誰からどう攻めるべきか思案した。もっとも鈍く、もっとも確実に一撃で仕留められる敵から一体ずつ仕留めなくてはならない。それはマニュエルと名乗った短槍使いのように思えた。彼の得物である短槍は突きは素早いが取り回しは難しい。

 しかし彼女のその思索を遮るように先にダルトンが再び仕掛けて来た。先刻同様の正面からの跳び込みながらの斬り下ろし。アイシャは後方に跳んでこれを(かわ)したが、すでにその動きを予想していたアントニオとホセの二人が左右からアイシャを挟み囲んでいた。アイシャは焦った。右へ行くか左へ行くか。どちらへ行ってもダルトンと左右もう一方の男に背後をとられる。そういえばもう一人の男・短槍の使い手マニュエルの姿が見えない。すると右のアントニオが間合いを詰めて来た。アイシャはさらに後退した。さらにホセが距離を詰めて爪を伸ばして来たがその攻撃はアイシャの手前の虚空(こくう)を切って終わった。アイシャが安堵(あんど)したのもつかの間、彼女は背後に気配を感じて慄然(りつぜん)とした。彼女が振り向くとそこにはマニュエルの姿があった。彼はすでに短槍を構えており、それを素早く突いてきた。アイシャは空中で身を(よじ)り、致命傷を避けた。しかし槍の()の端は彼女のショーツの腰の端を擦過(さっか)していた。彼女は素早く身を(ひるがえ)して跳び退いた。着地した彼女のショーツは支えの一端を失いはらりとはだけそうになったが、彼女はそれを押さえて切れた箇所の端と端を結ぶことでそれが落ちるのを防いだ。彼女は見事な連携で一方的に攻められたことと、衣服とはいえ攻撃を受けたこと、何より衣服を破られ女としての(はずかし)めを受けたことに歯噛みした。その彼女を(よこしま)な目で四人の男たちが眺めていた。彼女は怒りをその目に(にじ)ませた。

「くそが…っ!」

 ダルトンはさらに攻撃を仕掛けて来た。やはり右手に持つ大きなシミターによる跳び込み斬り。彼女は後方に跳んだ。しかしそれをアントニオとホセが先ほどと同様に左右から追った。アイシャはそのどちらが先に攻撃を仕掛けてくるかを注意深く(うかが)った。しかし意外にも答えは頭上から来た。マニュエルの空中からの短槍の突き落としだった。アイシャは体を(ひね)ってそれを(かわ)したが、容赦なくアントニオの手甲剣の刺突が背中へと伸びて来た。アイシャは腰を逸らせてこれを(かわ)したが、さらにホセの鉤爪(かぎづめ)がアイシャの腹へと向かって来た。アイシャは逸らせた腹を逆にくの字に曲げてこれを(かわ)したが、その際彼女のシャツの胸から下が破られてしまった。体を(ひるがえ)し大きく後方に跳び退いて四人から距離をとった彼女は警戒の構えをとった。ダルトンは品定めでもするように(あご)に手を当てて下半分が露になったアイシャの胸の(ふく)らみをしげしげと眺めた

「なかなかいい体をしているな。今から俺たちにサービスしてくれるなら見逃してやってもいいぜ」

 アイシャは再び屈辱に歯噛みした。

 防戦一方のアイシャは唐突に警戒の構えを解き、顔をうつむけた。

「ようやく観念したか。ただのコソ泥女が本物の犯罪集団の男四人に勝てるわけねえだろ。さあ、さっさと下着を脱いでケツをこっちに向けな」

 ダルトンがそう挑発した。アントニオがほくそ笑んで言った。

「貧民街で共同生活していた頃から君の体には興味があったんだ。さあ、意地を張るのはやめて素直になりたまえ」

 闇社会に強大な権能を有し平素から性的嗜好(しこう)(ほしいまま)に満たす四人の男たちはアイシャの体をもはや敵としてではなく凌辱(りょうじょく)する対象として色情の眼差しで見ていた。

 アイシャはうつむけていた顔を少しだけ上げた。その目には感情がこもっていないように見えた。彼女はぽつりと(つぶや)いた。

「わかった。諦める」

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