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こころのみちしるべ  作者: 110108
アーケルシア編
41/102

039.『アーケルシア攻城戦』1

 アイシャが王城の前庭の門扉(もんぴ)を拳で破壊すると、リヒト、アイシャ、クライスの三人は王城まで百メートルほど続く前庭を素早く疾駆(しっく)した。しかしその中間で王城の中から出て来る者の気配を察知し三人は足を止めた。暗がりから出て来てその姿を月明かりの下に浮かび上がらせたのはかつてリヒトとアイシャがその姿をコロシアムで目にした巨躯(きょく)だった。ダルトンは三人を見て笑っていた。

「待ってたぜ」

 リヒトたちは目を(すが)めた。

「お前たちがゼロア様のところに辿り着くことはない」

 クライスが(たず)ねた。

「お前のバックボーンは虎狼会だったというわけか」

 ダルトンはこともなげに言った。

「そういうことだ。俺が闘技大会で殺戮(さつりく)ショーを行うおかげで闘技大会は盛り上がる。さらに闘技大会を運営する虎狼会は潤う。俺に賭けた連中も(もう)かるし俺も(もう)かる」

 リヒトはダルトンに鋭い目を向けた。

「それも今日までだ。虎狼会は今日で潰れる」

「させねえと言っただろ」

 リヒトは冷笑を浮かべた。

「俺にあっさり負けたヤツがこの面子(めんつ)を相手に一人で勝てるわけねえだろ」

 なおもダルトンの笑みは微塵(みじん)も崩れなかった。

「あのときはショーに興じて油断してただけだ。同じ(てつ)は踏まねえぞ」

 たしかに当時とは異なる自信が目の前の大男からは伝わってきていた。リヒトはさらにダルトンを挑発しようとした。

「だったらてめ——

 しかし言い終わる前に巨体は素早く跳んで右手に持つ巨大なシミターで斬りかかって来た。リヒトは一瞬その対象を自分だと錯覚したが、実のところそれは隣に立っていたアイシャだった。アイシャは素早く跳躍し後方に宙返りしてこれを(かわ)していた。

「アイシャ!」

 アイシャの身を案じるあまり叫んだクライスの声をよそに、アイシャは素早く手をついて着地すると相手の次の攻撃に備えて体勢を整えた。それに安堵(あんど)したクライスだが、別個の怒りが湧いてきてそれをダルトンにぶつけた。

「ダルトン! 貴様が因縁(いんねん)をもつべきは俺かリヒトだろ! なぜアイシャを狙った!」

 ダルトンは(よこしま)な笑みを浮かべた。

「この敷地に入った時点でお前らは全員等しく敵だ。それに一番弱そうなのから潰すのが上策だろ。因縁(いんねん)とかそんなもんのために今も昔も俺は戦っちゃいねえんだよ」

 クライスは目を(すが)め吐き捨てるように言った。

「外道が!」

 しかしそれをアイシャが(いさ)めた。

「構わねえよクライス」

 そう言いながら彼女は仁王立ちし、胸の前で拳を合わせた。

「女だからって弱いと思われるのは心外だ。それに相手が外道ならなおさらあたしにとって好都合だ」

 クライスはアイシャにその意図を探る目を向けた。アイシャは続けた。

「奇遇だなデカブツ。あたしもいつも地下格闘技じゃ手加減してたんだよ。相手には何の恨みもねえし、本気出しちまったら相手が死んじまう」

 そう言った直後にアイシャの目に殺意の暗い光が灯った。

「でもお前なら遠慮なく殺しても良さそうだ」

 ダルトンはアイシャの言葉を「女の戯言(ざれごと)」と切り捨てるように黙って笑っていた。アイシャの怒りが悪い結果を呈することを案じていたクライスをリヒトが(いさ)めた。

「いいじゃねえかクライス。ここはアイシャに任せよう。俺たちは先を急ぐぞ」

 ダルトンもまた先を行こうとする二人を止めようとはせずアイシャをニヤニヤと見下す目をやめずにいた。クライスはリヒトの提案に応じた。

「わかった。ここはアイシャに預けよう」

 そう言うとリヒトとクライスはともにダルトンの左右の脇を素早く通り抜けて王城の建物の中へ入って行った。その間もアイシャとダルトンの二人は変わらぬ視線を交わし続けていた。




「さて——

 リヒトとクライスを先に行かせたアイシャだが、彼らに後れをとるつもりは毛頭なかった。

「コロシアムでのお前の敗北が油断の結果だったかどうかなんて関係ない。さっさと終わらせるぞ。あたしにゃ一発かましてやりてえ相手がいるんでな」

 ダルトンの顔は相変わらず笑みを浮かべたままだった。アイシャにとって(いぶか)しいのはその笑みが勝負への気概(きがい)からくるものでもアイシャへの(あざけ)りからくるものでもないように見えるところだった。何か他意を含んでいるように見える。

 すると、ダルトンは腰を落とした。攻撃の構えと看破したアイシャの顔に緊張が走った。ダルトンは先ほどさながらの突進を見せた。彼はその勢いのまま振りかぶった巨大なシミターを振り下ろした。アイシャは猫のようにしなやかに軽く跳び退いてそれを(かわ)した。体勢を立て直したアイシャは言った。

「お前それしかできねえのか。それじゃあたしに傷——

 ダルトンは片膝をついたままニヤリと(わら)った。彼の本当の狙いはその後にあった。アイシャは瞬時に気配を察知し目を見開いた。左手、横合いからの鋭い殺気。素早く迫り来る何か。

 アイシャは瞬時にしゃがんだ。驚き慌てるその顔があった場所を鋭い白刃の残像が走り、彼女のポニーテールの末端の一部を斬った。彼女は身を(よじ)り低く跳び退いて襲撃の主を鋭く(にら)んだ。彼女はその顔を見て驚嘆した。

「お前…。アントニオ…」

 そう呼ばれた男は後ろ手に悠然と歩きダルトンの前でアイシャの方を振り向いた。二人は半分重なるように前後に立っていた。アントニオと呼ばれた男は後ろ手をほどいて横に下ろした。その右腕には細く鋭い手甲剣が()められていた。彼の鋭く吊り上がる双眸(そうぼう)を見てアイシャは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「アーケルシア第三の犯罪組織のトップ。まさかてめえがゼロアの下に着くとはな」

 アントニオは紳士的な笑みを浮かべて応じた。

「世界第二の犯罪組織の頭目アイシャ。しかし実のところ第二位に列せられるべきは流星団ではなく我々大信門だ。流星団はただの病人の集まり。その頭目など怖れるに足らん」

 自身の組織をけなされてアイシャはやや気色ばんだ。

「おいおい勘違いすんなよただの金貸しどもが。こっちはお前が銭勘定(ぜにかんじょう)してる間に地下格闘技制覇してんだよ」

 アントニオの表情の余裕は崩れなかった。

「ならば実力で貴様を第二位から引きずり下ろすまで」

 アイシャは口の端を吊り上げた。

「上等じゃねえか。貧民街であたしに一度も勝てなかった泣き虫がいきがってんじゃねえぞ」

 アントニオは無言を返事とし、会話はそれで終わった。アイシャは胸中で(つぶや)きながら目つきを鋭くして構えた。

(アントニオ一人ならおそらく問題ない。やっかいなのは後ろに控えるダルトン。二人同時にやれたら理想的だが難しいだろうな。一人ずつ確実にヒットアンドアウェーでやるしかねえな。勝負は一瞬。この一撃で決める)




 城内に入って正面の中庭を走っていたリヒトとクライスはぴたりとその足を止めた。彼らが足を止めた理由は奥の出入口の闇の中からゆっくりと歩み出て姿を現した。一つに束ねた長く美しい髪、簡素で身軽な衣服から伸びる白く細い四肢(しし)、その背には弓と矢。彼女は充分に出入口から離れるとこちらを向いて仁王立ちした。中庭の松明(たいまつ)の灯りに照らされてその影は揺らめいた。リヒトに向けられたその双眸(そうぼう)は「決着をつけるぞ」と言っていた。

「こいつが…」

 クライスに押しかぶせてリヒトが目を(すが)めながらその名を言った。

「ああ、リサだ」

 リサは何も語らなかった。対決は避けられないものとリヒトは覚悟を決めた。

「クライス、先に行け。こいつは俺に用があるらしい」

 クライスはリヒトの横顔を一度だけ見た。

「わかった。死ぬなよ」

 リヒトは笑顔を浮かべてそれを返事とした。クライスは奥へ向けて走り出した。リサはクライスを止めようとはしなかった。彼女は弓に矢を(つが)え、それをリヒトの顔面へと向けた。リヒトは口の端を吊り上げた。

「話し合いは無用か」

 リサは冷厳とした声音で応じた。

「そういうことだ」

 リヒトは「仕方ない」とばかりに胸に手を当てた。

「じゃあやるしかねえな」

 胸は白く光り、その輝きは強さを増し、それに照らされたリヒトの目も鋭く輝いた。

「新月の(またた)き」

 リサはその光に警戒の視線を送った。

(これがアーケルシア騎士王リヒトの力…)

 リヒトは宙に現れた光の分身を(つか)み取って構えた。リサは挑発の言葉を投げた。

「上手な手品ができたって勝負には勝てない」

 リヒトも強気に応じた。

「ただの手品だと思ったら大間違いだぞ」

 リサは目つきを鋭くした。

「だったら見せてみろ、その力を」

 リヒトは「望むところだ」と言わんばかりに笑って技を繰り出した。

「妖魔刀術・膨弧(ぼうこ)

 リヒトの刀はまるで水銀のようににわかに形を変え、その刀身を広げた。リサは光の中から現れた刀というこの世のものとは思えない驚異が、さらに刀としての形を(ゆが)めるという変化を遂げたことに戦慄(せんりつ)を覚えた。ここまで様子を(うかが)っていたリサだが、先に仕掛けないとまずいと考えた彼女はにわかに矢を放った。

 しかしリヒトは矢を放たれてなお慌てることなく構え、リサとその挙動と矢の軌道とを冷静に見据えていた。やがてリヒトの剣は円形の盾に姿を変えた。リサの放った矢はそれに弾かれ地に落ちた。リサは目を見張り、呆然とした。「見たか」とばかりにリヒトは笑うと悠然と構えを解いた。

 正面からの攻撃が防がれると知ったリサは矢を(つが)え、それを上に向けた。それは彼女の得意技だった。リヒトは一度それをビュルクの森で見ていた。空中に放った矢が弧を描いて相手の体を上から穿(うが)つ妙技。リサは言い放った。

「空からの一矢、地上から直進する一矢。それを同時に放たれて、その小さな盾で防ぎ切れるか?」

 だがリヒトの目は真っ直ぐリサに据えられたまま動かなかった。リサはやや(いぶか)りつつも一撃目を空に放ち、次の矢を素早く(つが)えると真っ直ぐリヒトに向けた。リヒトはぽつりと(つぶや)いた。

「妖魔刀術・蟠鱗(ばんりん)

 その直後にリヒトの持っていた盾は再び水銀のごとくにわかに形を(ゆが)めた。リサは再び目を見開いた。それはリヒトの体をあっという間に覆い尽くすと、鎧の形を成した。リサは歯噛みしつつ照準を定めた。

(なんと珍妙な技を次から次へと…!)

 元が一本の刀であるならば、質量保存の法則に照らせば鎧の形を成したそれは全身を覆うために薄く伸びているはず。そもそも金属がどのように一瞬にして変形したのかわからないが、いや、そもそもどのように刀が胸の光の中から現れたのかわからないが、私の膂力(りょりょく)をもってすれば、薄く伸びた金属を射抜くことは可能。

 リサはその直感を信じた。彼女は真っ直ぐに矢を放った。鎧の隙間から(のぞ)くリヒトの双眸(そうぼう)はまったく動じなかった。同時に上から矢がリヒトの頭頂に落ちた。

 目にも止まらぬ速さで進んでいたそれらは鎧にぶつかるとあっさりと弾かれただの棒切れのごとく地に落ちて動くことをやめた。リサは愕然(がくぜん)とした。鎧は金属が薄く伸びて出来たものではなく、質量保存の法則を無視して厚さを保っていた。リヒトは(うそぶ)いた。

「リサ。お前の矢では俺は射抜けない。負けを認めろ」

 リサは唖然とする胸中を押し隠して笑った。

「たしかに貴様の防御は壮健だ。だが貴様の鎧は顔までをも覆ってはいない。そこを射抜けぬ私だと思うなよ」

 リヒトはそれを聞いて眉を上げて笑い、嘆息交じりに言った。

「さすがに簡単に負けを認めてはくれないよな」

 リサの口上はまだ続いていた。

「それに貴様とて剣を鎧に変えたままでは攻撃はできまい」

 リヒトはニヤリと笑った。

「そりゃそうだ」

 そう言うとリヒトは鎧を光に変えて解き、もとの日本刀の姿に戻した。リサの洞察力の鋭さは敵として恐ろしいものだったが、リサを仲間に引き入れたい彼はむしろそれを将来の仲間の実力の表れとして歓迎していた。それでこそ俺の見込んだ狩人だ。リヒトの語気は自然と強くなった。

「だったらこっちも攻撃に転じてやるぜ」

 リサはリヒトが攻撃を仕掛けて来る前に先手を打つべきか迷ったが、まずはリヒトの攻撃を注視することにした。リヒトは(つぶや)いた。

「妖魔刀術・這影(しゃえい)

 刀は鋭く、素早くリサに向かって真っ直ぐに伸びた。リサは目を見開き、身を(よじ)った。リサの体の中心を穿(うが)つべく伸びた刃は、リサのヘソが元あった地点を通過してなおも伸び続けた。リサは跳び退いて刃から大きく距離をとった。彼女は素早くリヒトへの反撃を試みようと考えたが、伸長し続ける刃がその後どうなるか知れないため、その動向を注視することに専念した。リヒトは口元を(ゆが)めた。すると伸びた刀は一瞬にして光に変わり、リヒトの手元で元の一振りの日本刀の形状に戻った。それを見たリサは反撃のため素早く矢を(つが)え、リヒトにそれを向けた。しかしそのときにはすでにリヒトもまた第二撃の構えをとっていた。

「くっ!」

 自身の反撃の一矢がリヒトに当たるのが先か、それともリヒトの刃が自身に届くのが先か。リスクはとれないと彼女は判断した。反撃の機会を見出せなかったリサは短く(うめ)き、歯噛みした。

「妖魔刀術・這影(しゃえい)

 その一声とともに刀身は再び伸びた。リサは先ほどと同じように横合いに素早く跳んで回避せざるを得なかった。

 攻防一体・変幻自在のリヒトの刃の力は本物であった。それを認めざるを得なかったリサはそれに翻弄(ほんろう)されている状況に顔を(しか)めた。




 階段を上り切ったクライスはそこで足を止めた。そこはすでに四階、すなわち王城の最上階だった。正面には赤く(いろど)られた華美(かび)で大きな扉があった。この先はおそらく王の間。真打であるゼロアがいるであろう。あるいはシェイドも。二階と三階に敵が控えていなかったことはクライスにとって意外だった。ゼロアという男はよほどその腕前に自信をもっているか、あるいはただの酔狂か、はたまたその両方か。豪奢(ごうしゃ)な赤い扉は来る者を歓待(かんたい)する趣向を(かも)していた。そこに不気味さを感じたクライスの顔はやや神妙になった。

 逡巡(しゅんじゅん)している時間はない。そう判断したクライスは歩を進めてその重い扉を開いた。果たしてその先には広い部屋があり、奥には玉座に腰掛けローブを(まと)いそのフードを目深にかぶり笑みを浮かべる赤い瞳の男と、その斜め後ろに控える黒い服に身を包んだ小柄な男の姿があった。部屋の中へ数歩立ち入るとクライスは予想通り姿を見せた二人の名を言い当てた。

「ゼロアとシェイドか」

 ゼロアもまた(たず)ねた。

「いかにも。そういう貴様は剣闘士クライスか」

 そう言うとゼロアは玉座から立ち上がりクライスを値踏みするように見下ろした。

「貴様は俺と戦う価値がありそうだ」

 クライスは何も答えなかった。上から目線の口上に皮肉の一つでも飛ばしてやりたくなったが、それだけの自信がたしかに敵からは(あふ)れていた。虎狼会という世界最大の犯罪組織を束ねる男。一体どれほどの実力の持ち主か。ゼロアは口元を(ゆが)めた。

(たの)しませてくれよ」

 赤い双眸(そうぼう)がギラリと輝いた。クライスは神妙な顔でロングソードを構えた。

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