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こころのみちしるべ  作者: 110108
アーケルシア編
36/102

034.『咎』1

 客席がさらに騒然とした。

「リヒト? 聞いたことあるぞ」

「騎士王リヒトだ!」

 ユスティファはリヒトの意図がまったく理解できずに戸惑った。対照的に隣に座るアイシャは口の端を吊り上げた。進行役の男は相手が騎士王と知ってもなおリヒトを(とが)めた。

「まだ試合中です! 飛び入り参加は試合が終わってからにしてください!」

「じゃあこういうのはどうだ。俺が二人を相手に戦う。別に二対一で戦っちゃいけねえルールはねえだろ?」

 司会は(きょ)()かれて戸惑った。

「そ、それはそうですが…」

「決まりだな。よし、お前はケガしねえうちに引っ込んでろ」

 そう言うリヒトの目は狂気じみた怒りを宿しており進行役の男を威圧した。進行役はそれ以上口を開くこともできずにおずおずと退散した。リヒトは腰のロングソードを抜きながら二人に向けて悠然と歩を進めた。その双眸(そうぼう)は冷淡な怒りに満ちていた。ダルトンはリヒトに向き直った。するとダルトンの視界の中でリヒトが消えた。ダルトンは目を見開いた。彼の頭上で声がした。

「ここだ」

 それはリヒトの声だった。ダルトンが顔を上げるとそこには高く舞い上がり剣を振りかぶってダルトンに斬りかかろうとするリヒトの姿があった。ダルトンは驚愕(きょうがく)に顔を(ゆが)ませ、素早くシミターを振り上げて防御の構えをとった。リヒトの剣はダルトンの剣とぶつかりあった。すると次の瞬間にリヒトの手にするロングソードは粉々に砕けてしまった。リヒトは唖然とした。対照的にダルトンはニヤっと(わら)った。

 着地したリヒトの顔を目がけてダルトンは巨大なシミターを横に()ぎ払った。彼の剣戟(けんげき)は巨体に似合わぬ素早さと正確さを備えていた。驚愕(きょうがく)の顔をさらにひきつらせたリヒトは後ろに身をそらせてそれを回避した。彼はその勢いのまま受身をとって地を一度転がった。ダルトンはシミターを振り上げ、リヒトの体を真っ二つにすべくそれを地に叩きつけた。地が揺れるほどの一撃をリヒトはもう一度転がることで寸でのところで(かわ)した。さらにダルトンは大きく右足を踏み込んでリヒトの背に突きを放った。リヒトは素早く立ち上がりながら後方に跳び退いてこれを(かわ)した。思わずアイシャは叫んだ。

「リヒト!」

 隣でユスティファも頭を抱えていた。終始ダルトンは笑顔だった。

「おいおい。威勢よく出て来た割には剣もあっさり折れちまったし防戦一方じゃねえか」

 しかし挑発されたリヒトに焦る様子はなかった。彼は服についた土埃を鷹揚(おうよう)に払った。

「よし。だいたいわかった」

 ダルトンはそれを聞いて(いぶか)しそうに目を(すが)めながら笑った。

「おいおい。剣もねえのに強がんなよ」

 顔を上げたリヒトは不敵に笑った。

「剣ならあるさ」

 彼は胸に手を当てた。

「新月の(またた)き」

 すると彼の胸は白く輝いた。その光の正面の空間に剣をかたどったような白い光が現出した。それを見たダルトンは呆然とした。アイシャもユスティファも他の客も唖然としていた。リヒトは光を失い質量を得たその刀を空中から(つか)み取り、それを体の前で二度振った。

 ダルトンはやや顔をひきつらせながらも笑みを浮かべた。

「へっ。そんな細い剣を手品で出したらビビるとでも思ったのか」

 リヒトはダルトンの言葉には応じず、鋭く低い声で言った。

「行くぞ」

 ダルトンは驚異に顔を(ゆが)ませた。するとリヒトは再びダルトンの視界から消えた。次の瞬間、ダルトンの頭上から声がした。

「覚悟しろ外道」

 そのリヒトの姿を見たダルトンは安堵(あんど)の笑みを浮かべた。

「同じ手かよ!」

 それはまさしく先刻と同じ攻撃だった。跳躍しての上段からの斬り下ろし。ダルトンは先ほどと同じように大きなシミターで受けの構えをとった。その攻防は先刻と同じ結果を呈するかに思われた。しかしむしろ先刻とは対照的にダルトンのシミターは紙切れのようにすっぱりと切れて半分から先が地に落ちた。リヒトは悠然と地に降りた。ダルトンは唖然とした。

 もはや決した勝敗に興味を失くしたリヒトは悠然と歩を進め、ダルトンを置き去りにした。リヒトの視線の先にはハビエルの姿があった。ダルトンは愕然(がくぜん)とした顔を巡らせてリヒトに向けた。その顔には自身をもはや敵ともみなさないリヒトへの怒りと、自身に背を向けてハビエルへと向かったリヒトの油断に漬け込もうという悪巧(わるだく)みが半分ずつ浮かんだ。彼は数歩走り、その助走の勢いそのまま半分になったシミターを振り上げ、後ろからリヒトに斬りかかった。リヒトは悠然と歩きながら刀を逆手に持ち替え、(つぶや)いた。

「妖魔刀術・這影(しゃえい)

 するとリヒトの刀は天を突くように伸び、ダルトンが振り下ろそうとしたシミターを持つ手を刺し貫いた。

「ぐあああああっ!」

 ダルトンは痛みに(うめ)きシミターを落とし、膝から(くずお)れた。リヒトの剣は一度白く光り、光が消えるとともに元の長さに戻った。彼は刀身にまとわりつく「汚い血」を払い落とした。そうしている間もリヒトは常に悠然と歩を進めていた。腕を抱えて倒れ込んでしまったダルトンの応急処置にあたるべく、西側の入場口から医療班が場内に入って来た。その後彼は医療班によって入場口の裏に抱えられるように運ばれて行った。観客席は騒然とした。ハビエルは自身の(そば)まで来たリヒトを見上げた。リヒトもまた彼を見て膝をついた。

「お前を(おとし)めた兵士は俺が裁く」

 ハビエルはリヒトの双眸(そうぼう)をしかと見た。そこに真実の色を見た彼は目を細め、笑みを浮かべ、涙をこぼした。

「恩に着る…」

 リヒトはあらためてハビエルに問うた。

「お前はどうする?」

 ハビエルは自嘲(じちょう)気味に笑った。

「俺はもういい」

 リヒトも清々しく笑った。

「そうか、お前強いな」

「あんたこそ。俺も騎士を目指しときゃよかったな」

「もうお前は騎士団員だ。騎士王である俺が任命する。お前の勇気、覚悟、見事だった」

 ハビエルは両目から涙をこぼした。

「ありがとう」

「生まれ変わっても俺の部下になれ」

 ハビエルは顔中に深く(しわ)を刻んで力強く言った。

「ああ騎士王殿。この魂に誓う」

 それを潮に彼は目を閉じた。リヒトは「新月の(またた)き」でハビエルの首を落とした。観客席は一瞬どよめいたが、呆気ない幕切れに対し歓喜とも落胆とも非難ともとれる声が上がった。リヒトは『新月の(またた)き』を消し去り笑顔で立ち上がった。彼は観客席のその様子をひとしきり眺め回すと声を張り上げた。

「やあみんな済まない。みんなのお楽しみの邪魔をしちゃったかな。でも俺どうしても戦いたくってさ。アハハハハ」

 それを聞いた客席からはブーイングが一斉に飛んできた。賭博(とばく)場であり処刑場でもある闘技場の熱気に浮かされた観客は相手が騎士王でもお構いなしだった。ユスティファは左右をきょろきょろ見て肩をすくめた。アイシャはむしろリヒトを誇らしげに見下ろしていた。リヒトはさらに声を張り上げた。

「わかったわかった。わかったって。じゃあさ、こうしよう」

 そう言ってリヒトは人差し指を高く突き立てた。観衆の視線がそこに凝集(ぎょうしゅう)された。

「ナンバー2をあっさり倒しちゃった超強い騎士王のこの俺と、ナンバー1との直接対決。どうだ、見たいだろ?」

 ブーイングはどよめきに変わった。やがてそこから拍手と歓声が生まれた。リヒトの意図がやっと(つか)めたユスティファは大きなため息をついた。アイシャはニヤリと笑った。リヒトもまた不敵に笑っていた。主催者サイドにとっても願ったり叶ったりの提案だったらしく、西側の檻ががらがらと音を立てて開いたかと思うと、先ほどまでリヒトに威圧されて(おび)えていた司会者が打って変わって生き生きと登場し、得意そうに声を張り上げた。

「なんとリヒト選手、ナンバー1をご指名です。この挑戦を受けないわけにはいかないでしょう! それでは登場です! アーケルシア闘技場最上位ランカー! 三十九戦無敗! 史上最強! 殺人罪懲役八百五十年! クライス選手の入場です!」

 やや間があってから、足枷(あしかせ)をじゃらじゃらと引きずる音が入場口の奥から聞こえてきた。悪魔の口を模した巨大な西側の入場口の闇の中から一つの巨体が姿を現した。それは先刻「控室」の手前側の房で見た大男だった。長身で筋骨隆々であるという点では先ほどのダルトンと変わらない。だがたしかに異なる点が三つあった。第一に筋肉の質である。ダルトンはウェイトトレーニングによって鍛えたとわかる人工的な筋肉をしていたが、このクライスは剣術の鍛錬と実戦で鍛えられたと分かる無駄のない筋肉の付き方をしている。前者が闘牛なら後者は野生の狼である。第二に剣である。ダルトンの剣は派手で巨大だったが、クライスのそれは装飾の一切ないシャープな形をしている。人の骨を断ち切るための重さと相手を出し抜くための軽さのバランスの妙を成立させる形状である。最後に表情である。ダルトンは人を殺すことを(たの)しむ顔をしていたが、リヒトの視界の中に佇立(ちょりつ)するクライスには表情がまったくない。強いていえば人を殺すことを作業としか思っていない顔である。

 クライスはリヒトの二十メートルほど手前で静かに立ち止まった。これが両者の間合いの臨界点であると会場にいる戦いに(うと)い者も含めた誰もが理解した。進行役は逃げるように入場口へ消え、檻が下ろされた。二人の放つ緊張感のため檻が下りる音でさえ迫力をもたなかった。その直後に異変は起きた。

 クライスがリヒトの背後に現れ剣を大上段に構えたのである。リヒトはそれに気付いてか気付かないでか笑っていた。一呼吸のちに大男による無情なる一撃は寸分の傾きもない見事な縦線を描いて地に振り下ろされた。剣が空を切る音がし、どん!と地が鳴り響き、土煙が舞った。

「何人殺せば八百五十年もくらうんだ?」

 リヒトが背後からクライスに(たず)ねた。クライスは驚きもせず振り返って答えた。

「一人だ」

「冗談だろ?」

 一瞬にしてリヒトの背後をとり剣戟(けんげき)を見舞ったクライス。それを一瞬にして(かわ)しクライスの背後をとったリヒト。互いのその俊敏さに驚きもせず会話を交わす二人。特にクライスの速力は足枷(あしかせ)をされた者のそれとは到底思えない。これまでのコロシアムの戦いとはまったく異なる次元の剣の達人同士の本物の殺し合い。客席の誰もがそれを見て唖然とし静かにどよめいた。それをよそにクライスは自嘲(じちょう)気味にわずかに笑みをこぼした。

「本当だ。一人しか殺してない」

「騎士王でも殺したか?」

「王じゃない。上官だ」

 リヒトの顔つきは神妙になった。

「なるほど、お前元騎士か」

「傭兵だ。敵は随分殺したがな。上官は賭博(とばく)好きだった。このコロシアムにも何回も連れて来てもらった。上官は賭博(とばく)だけじゃなく、麻薬取引の隠蔽(いんぺい)や商人からの収賄(しゅうわい)、官給品や公費の横領など何でもやる悪人だった。ある日俺の可愛がってる部下がその証拠を(つか)んだ。翌日『いいもん見せてやる』と上官に言われてコロシアムに来ると、部下が入場口から押し出されるように現れた。俺は上官の顔を見た。彼は愉快そうに笑っていたよ。俺はその場で上官を殺した。そして周りの兵士たちに取り囲まれて捕まった。部下は結局目の前で剣闘士に惨殺(ざんさつ)された。正直俺を取り囲んだ兵士たちも殺そうと思えば殺せた。だが俺はそうしなかった。俺は傭兵という仕事にもアーケルシア騎士団にもアーケルシアという国にもうんざりしていた。この上俺を剣闘士として見世物にしたいなら好きにしろ。そう思った。それ以来俺はここで人を殺し続けてる」

 リヒトは微笑を浮かべた。

「そうか。気に入った。お前俺の部下になれ」

 クライスは鼻で笑った。

「なんだ、情けでもかけたつもりか?」

「いやマジだ」

 クライスは平然と吐き捨てた。

「悪いが断る」

「どうして?」

「俺はここで死ぬと決めている。この壁の向こうで生きたいとは思わない。この国には絶望した」

「俺が変えてやる」

 クライスはリヒトの目の奥を見た。リヒトは続けた。

「本気だぜ? そのためにここに来たし、そのためにお前の力が要る」

「どう変える」

「まず虎狼会を潰す。闇商人から金を接収し、その金で傭兵を大幅に増強する。彼らには騎士団に加入する権利を与える。実力や成果に応じて昇進させることも約束する。汚職を断つ。このコロシアムも潰す。貧民に自由と権利を与える。騎士はそれを守るために戦う。騎士はこの国の希望になる」

 クライスはリヒトの言葉について考えた。一見すれば絵空事に思える。だがリヒトの顔と声音は確信に満ちている。こいつは狂人か? それとも本物か…? クライスは迷った末に笑い飛ばした。

「馬鹿々々しい。信じると思うのか」

「思うぜ」

 クライスは少しむきになった。リヒトは相変わらず不敵に笑っていた。

「ふざけるなよ」

「ふざけてねーよ」

「この国は…」

 しかしクライスはそこで言葉を区切った。

「…いや、何でもない。お前に話したところで(せん)なきこと」

 リヒトはそれを聞いてもなお笑っていた。平時の調子を取り戻したクライスもまた笑ってリヒトに挑発の言葉を浴びせた。

「お前がこの国を変えるに足る騎士だとお前の力で俺に証明してみせることだな」

 リヒトの目が「上等だ」と笑った。彼は胸に左手を当てた。

「新月の(またた)き」

 彼の胸は白く光り、それを投影するかのようにその正面の中空には白い光が浮かび上がった。それに照らされたクライスの顔は笑っても驚いてもいなかった。やがて光の中から一振りの日本刀が姿を現した。リヒトはそれを右手で(つか)み取って構えた。それに応じてクライスもまた構えた。

 先に仕掛けたのはリヒトだった。彼は音もなくクライスの右に一瞬にして位置を占めた。クライスは驚きもせずそちらに視線を移した。しかし次の瞬間にはリヒトは左に移動していた。クライスはそれにも目だけで反応した。リヒトは次の瞬間には三度姿を消した。彼は姿を消したまま現れなかった。一瞬の静寂がコロシアムを包んだ。

 次にリヒトが姿を現したとき、彼はクライスの頭上にいた。リヒトはすでに斬り下ろしの一撃をクライスに見舞うべく剣を振りかぶっていた。完全にクライスの意表を突いた一撃だった。しかしクライスは顔色一つ変えずに頭上のリヒトの姿を視認し、慌てずにロングソードでその剣戟(けんげき)を受け止めた。不意を突いたはずの攻撃があっさりと防がれたリヒトだが、それだけでは済まなかった。次の瞬間、リヒトの刃は折れ、砕け散っていた。

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