里帰りに…上品な方
久々の松山踊り。
久々の里帰り………?
小・中・高の頃の友人や近所の人達が沢山いて、話が尽きない。
それでも、踊るために帰ってきたのだから…と始まると同時に輪に飛び込む。
松山踊りとやとさ踊りはいくらでも踊れる。
やとさ踊りのときに振り返ると、恐らく始まった直後に入ってきたであろう、見慣れない顔の女性がいた。
外の人なのだろうか、それにしては上手だ。
落ち着いた淡い紫の華が黒地の浴衣に咲き乱れている。
髪を簪でまとめ上げている彼女は、絶えず微笑んでいてとても楽しげだ。
それならば、負けないくらい楽しもう…そう思うほどに。
松山踊りのときに、輪の中心を向く。同時に彼女の足運びを見ると、少し危なげに、それでもきちんと綺麗に行えていた。
視線が動かない彼女は、踊りながら向かい側の盆踊りを守る会の人たちの足運び、指の動きなどをを見ていた。
もしかしたら、僕のも見て……などと考えるのは自惚れているだろうか?
一応きちんとした型を守ってはいるのだが。
僕より背が低いせいか、彼女の柔らかい雰囲気のせいか、庇護欲をそそられる。
彼女と話してみたい………
しかし、話をするきっかけもなければ話題もない。ましてや、話しかける勇気など無い。
これほどまでに可愛く、上品な女性だ。
もうすでに誰かと付き合っていても何らおかしくはない。
………ああ、だめだ。
こんな事を考えて落ち込むのは、だめなんだ。
気を取り直して踊る。…せめて、彼女が見てくれたときに、上手だと思ってもらえるように……
踊っていると知り合いが声をかけてきたり、子どもたちが踊りを真似てくれたりと大忙し。
……彼女も真似てくれれば…僕は、彼女に声をかけてもらいたいし、踊りを真似て欲しい。
僕から声をかけれないなら、かけてもらえることもないだろうに……
短い時間だった。…僕的には、だよ?
彼女は踊りきったことへの満足感か、汗を拭き頬に手を当てニコニコしている。
何だこの可愛い生き物は……?
この笑顔は………この笑顔、女神か?
結局、可愛すぎる生き物、女神を前に、逃げるように知人の元へ走っていってしまった。
もっと見ておけばよかった、と心のなかで泣き叫びながら。
知人の元へ走ったはいいものの、相変わらず馬鹿話をするだけだった。
こんなの、いつまで経ってもきりがない。
話のネタは山ほどあるのだから。
水分補給をしていると、彼女が自販機で飲み物を買うところが見えた。
雨に濡れた自販機を前に少しためらっているようだ。
こういう時に「僕が押しますよ、あなたのきれいな手が汚れるのは見たくない!」などと言えればいいのに。
言ったところで変人だと思われたら最悪だけど……
ああ、彼女を見ていたら変に意識してしまう。
もう、帰ろう。帰って忘れれば、いいんだ。
駐車場へ足を進める。振り返ったら負けだ。
……が、しかし。振り返るまもなく彼女は急ぎ足で僕を追い越していった。
まあ僕を気に留める理由なんて無いのだから、当然だろう。
目の前にいるのに…なぜ、こんなにも遠くに感じてしまうのか。
ああ、僕は彼女のことが……好きだ。
彼女の背を見つめ悶々としていると、急な坂道を上がる彼女の体がふらついた。
…危ないっ!
その言葉は胸の中で叫ばれて…彼女を抱きとめる。
上品な甘い香りと、細く柔らかな彼女の体を全身に受け止めて、思う。
これは、不可抗力というものだ。
女性の体に許可なく触れて申し訳ないが、怪我をするところなど見たくもない。
謝罪とともに無事を確認すると、彼女は「迷惑をかけた」と言いかける。
優しい彼女は僕がこの出来事に少し喜んでいることを知らないのだろう。
いじらしいような可愛いような…その柔らかいであろう唇を触ってみたい衝動を理性で抑えて、寸前で止める。
っ……何を考えているのか。
彼女ともっと話したい。その思いが言葉を紡いでくれる。
少し馴れ馴れしいような気もするが、彼女は全く気にしていないようだった。
話していると、彼女をどんどん好きになってしまう。
僕の踊りを上手だと言ってくれたこと、目を見て話してくれること、控えめに笑う彼女はとても可愛らしいということ…
彼女とのぶつかりそうな距離が嬉しい。
そんな事を考えていると、驚くようなことを聞いた。
大学を目指す…ということは、大学生ではないのか。
そう思っていると、追加の情報には………
高校生……?
ハキハキと話す上に一人で岡山から来たのなら、と勝手に大学生と思い込んでいた。
大学生でなくとも、浪人したか…
とりあえず、同い年くらいかと思っていたが、高校生…か。
これは危ない…未成年に僕はなんてことを。
いや、何もしてはいない。僕みたいなヘタレにできることは無いんだけれども。
僕の想像など知らずに彼女はゆっくり話していてくれる。
何でも父親に送迎を頼んでいたらしい。
しかし、肝心の父はまだ来ていないようで…
それなら、
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