第八話 劣等感
太陽が真上を過ぎたころになっても、魔法剣の訓練は一向に進む気配が見えなかった。
剣に魔法を付与すると言うのは、見た目以上に集中力を必要とするし、それを形にするのは並大抵のことではなかった。
「もっと集中しなさい。魔法剣はその効果を持続させないと意味がないわ」
メイスフィールドの目が鋭く光る。
剣身が熱を帯びて、赤く発光するところまではいいものの、その状態を維持させることができなかった。
赤銅色の剣〈エルスパーダ〉の剣身の表面に溶岩を纏うことで、はじめて火の魔法剣が完成する。
それこそが〈デュナミス〉と呼ばれる、特殊な魔力を持つ者だけに許された能力だった。
「先生。そんなこと言ったって、難しすぎるぜ。すぐに元の状態に戻っちまう」
滝のような汗を流したランドは過呼吸ぎみになっていた。
体力が自慢の少年も、この訓練は今まで以上に辛かった。
「泣き言なんか聞きたくないわ。弱音を吐ける余裕があるなら、もっと集中しなさい」
メイスフィールドが睨みつけ、冷たく言い放った。
彼女がここまで厳しくなるのも無理はなかった。
訓練生としての三年間が過ぎ、十五歳になれば、少年少女たちは問答無用に戦場に放り出されてしまう。
その時までに基礎訓練を完璧に終えていなければ、待っているのは死だけだ。
それを彼女は痛いほど理解していた。
今まで、中途半端に訓練を終え、戦場で散っていった者たちを何人も見てきた。
だらかこそ、彼女は厳しく教えた。
「......できた」
ルファが呟き、〈エルスパーダ〉を前に掲げた。
その剣身には先程、メイスフィールドが見せたのと同じ、粘性の溶岩を纏っていた。
「素晴らしいわ、アクアマリン」
メイスフィールドは手放しで、空色の髪の少女を誉めた。
だが、魔法剣を維持するのがかなり辛いのか、普段は涼しい顔をしているルファも、さすがに険しい表情をしている。
「やるじゃない」
五人の様子を興味なさそうに見ていたニコラも、ルファの上達の早さに驚いていた。
さらに、デルフィとレオナルド、魔法が苦手なランドも完璧は状態ではないにせよ、魔法剣を習得しつつあった。
「先生。あいつ全然話にならないんだけど?」
ニコラが蔑むような言葉を向けた先にいたのは、五人の中で唯一魔法を覚えていない少年ーーユシアだった。
初心者向けの魔法、〈火の粉〉も習得できていない彼は、今回の課題である魔法剣も、まったくと言っていいほどできていなかった。
少年の手にある剣は赤銅色のまま、なんの変化もなかった。
「なんでできないんだっ! ちゃんと言われた通りやってるのにっ......!」
魔法剣が完成に近づきつつある仲間をよそに、自分だけが遅れをとっていると言う、激しい焦りと苛立ちがユシアを襲っていた。
今まで魔法剣を習得できなかった者はいないーーメイスフィールドの言葉が少年の頭の中で渦巻いていた。
なぜ、一つも魔法を使えないのか。
思うようにいかず、この感情をどう処理すればいいのかも、十二歳の彼にはわからなかった。
「ウォーロード、落ち着きなさい。感情が荒ぶっていては、魔法の力を使うことなど到底できない。思い通りにならないからと言って、焦ってはいけないの。まずは冷静になりなさい」
そうは言われても、自分と同じ年の子供が魔法を使えているのに、自分だけができないこの状況を焦るなと言うほうが無理なことだった。
「......はい。わかりました」
「ウォーロード家のユシア君。貴族なのに魔法も覚えられないなんて笑っちゃうわ。あ、ごめん。たしか、家から追い出されたから、貴族じゃないんだっけ?」
ニコラは鼻で笑うように言った。
ユシアは怒りを必死に我慢して集中することに努めた。
ここで嫌みを言われたからといって、感情的になっているようでは、負け犬の遠吠えみたいだと思ったからだ。
「先生、このままじゃ埒が明かないわ。早く手合わせに移りましょうよ。実際に戦って命の危険を肌で感じれば、少しは魔法を使うことができるようになるかもしれないでしょ? それとも、わたしと戦うのが怖いかな? ユシア君は」
挑発的なニコラの発言にユシアもこれ以上黙っているわけにはいかなかった。
「怖いわけあるか! 先生、やらせて下さい。必ず、魔法剣を習得して見せます」
「......いいわ。ただし、ニコラ。相手はここにきて日が浅い。やりすぎはだめよ」
ユシアの勢いに負けたのか、メイスフィールドは手合わせを許可した。
「わかってるわ、先生......目にもの見せてやるから、ユシア」
赤毛の少女は不気味な笑みを浮かべた。
「ユシア、だいじょうぶなの? 先生はああ言ってたけど、ニコラは絶対に手加減なんかしないよ」
デルフィが心配そうに声をかけた。
「わかってる。けど、あそこまで言われたら、さすがに逃げるわけにはいかないからな。なんとしても、魔法剣を習得してやる」
「その意気だ、ユシア。気合いでなんとかしろ、気合いで」
そう言ってランドは、ユシアの胸を拳で小突いた。
「ああ。ありがとう、ランド」
「ぼ、ぼく、応援してるからね。ユシアなら、絶対できるよ」
自分が戦うわけでもないのに、レオナルドは極度に緊張していた。
「落ち着け、レオ。おれならだいじょうぶだ」
「......ユシア、自分を信じて」
ルファは少年の手を取り、自分の胸に当てた。
「わかった。みんな、ありがとう。見ててくれ」