第七話 魔法剣
魔法を使えない奴がいるーーそんな噂が一夜にして砦に広まった。
ユシアが歩いているだけで、貴族を嫌う者たちからは笑いが漏れた。
しかし、ユシアにとっては周囲からどんなことを言われようが、そんなことを気にしている暇はなかった。
剣術も、最初から上手かったわけではない。
魔法だって毎日練習を重ねれば、いずれは習得できるはずだ。
だが、現実は甘くなかった。
他の四人が上達していくのに対し、ユシアは全く魔法を使うことができなかった。
自分がいつまでも最初の魔法を覚えられないと、次の訓練に進むことができない。
ユシアにとっては、このことが一番辛かった。
自分が仲間の足を引っ張ってしまっている。
仲間に申しわけなくて、訓練場に行き辛かったが、ここであきらめるわけにはいかなかった。
途中で投げ出したりしたら、病弱の妹を守ることができなくなってしまう。
それに、この呪いがあるかぎり、逃亡すれば命を失う。リセスのためにもそんなことはできなかった。
ユシアは足取りが重かったが、訓練場に向かった。
「みんな、おれのせいで魔法の訓練が進まなくてごめん」
ユシアが思いつめた様子で言った。
「謝ることなんてないよ。誰だって得意、不得意はあるんだからさ。今は魔法を使えないかもしれないけど、練習していけば、いずれ使えるようになるって。それに、ユシアには剣術って言う才能があるでしょ。わたしたちのことは気にしないでよ」
デルフィがいつもの調子でユシアを励ました。
「そ、そうだよ。それにぼくが剣を上手く使えなかった時はユシアが助けてくれたじゃないか。だから、もっとぼくたちを頼ってよ」
「まぁ、これで剣ではお前に勝てなくても、魔法では勝てそうだな」
「ありがとう......みんな」
すると、ルファがユシアの目の前にきた。
「......ユシアならできる」
彼女にしては珍しく、はっきりした口調だったため、その場にいた全員が面食らってしまった。
ルファの赤い瞳は、少年の心の奥を射抜くような眼差しだった。
ユシアはその瞳に見つめられると、不思議と心が落ち着くような感覚があった。
「今日の訓練をはじめるわよ!」
メイスフィールドが声を張り上げながら、訓練場にやってきた。
その後ろには、赤毛の少女の姿があった。
二人は赤銅色の剣を七本抱えていた。
「今日は魔法剣を覚えてもらう。魔法剣とは、剣に魔法を付与し、武器として使う魔法だ。はっきり言って、これができないようだと、戦場では使いものにならない。〈赤銅の剣〉で過去に魔法剣を習得できなかった者はいない。必死にやれば必ずできる」
かなり厳しい口調だった。
五人全員に対して言ってるのだろうが、今のユシアにとっては胸が痛くなる言葉だった。
自分はまだ、初歩の魔法の〈火の粉〉も習得できていない。
いくら、自分自身が必死にやっても、結果が出なければなんの意味もない。
そんな風にユシアは考えていた。
「先生。そんなこと言うけど、魔法も使えないような奴に魔法剣なんか無理でしょ」
赤毛の少女がユシアを気にかけることもなく、容赦のない言葉を発した。
「ニコラ、茶化さないで。今日は君たちより、二年上の訓練生を連れてきた。さ、自己紹介して」
メイスフィールドに促されて、赤毛の少女が一歩前に出た。
「ニコラ・オヴェット。今日はメイスフィールド先生に頼まれてきたけど、わたしも暇じゃないの。手伝うからには、ちゃんと覚えてよね」
ユシアたちとは一切目線も合わせず、明後日の方向を見ながら面倒くさそうに挨拶した。
「今から覚えてもらう魔法剣にはこれを使うーー」
メイスフィールドは手に持っていた赤銅色の剣を全員によく見えるように掲げた。
「それは?」
「我々が使う剣の名は、〈エルスパーダ〉。古くはエルフと呼ばれる者たちが、古の時代より使われてきた、歴史あるものだ。この魔法剣は〈デュナミス〉を持つ者しか使うことができない強力な魔法だ」
「〈エルスパーダ〉......エルフが使っていた剣......」
ユシアたちは掲げられた剣をまじまじと見つめた。
エルフが使っていた剣を自分たちが使うーーこのことに興奮を覚えていた。
エルフと呼ばれる人種は、人間よりも魔法を使うことに長けている。
細身で背が高く、耳が尖っており、肌は雪のように白い。
自尊心が高く、他種族との交流を嫌い、独自の文化で進化を遂げてきた。
グレイモール王国のある、ゼオス大陸にはエルフの存在は確認されていない。
「実演して見せましょう。これも、要領は他の魔法と同じだ。頭の中の想像を具現化させる」
〈エルスパーダ〉の剣身が少しずつ、熱を帯び、赤く発光しはじめた。
「これが魔法剣か」
ランドが驚嘆している。
「本番はここからよ」
今度は徐々に剣身の表面だけが粘性のように変化し、赤と黒が混ざった溶岩のようになった。
「まるで剣が溶岩を纏っているみたい......」
いつもは陽気なデルフィも、今回ばかりは冷や汗を流している。
怯えているのか、喜んでいるのか、よくわからない感情が心の中で渦巻いているような表情だ。
「......」
「これが呪われた魔力、〈デュナミス〉。この剣で敵を貫けば......」
「一瞬で死ぬ。ウォーロード。この剣は溶岩を纏っているのと同じだ。我々、〈赤銅の剣〉はこの剣で外敵から国を守る。そのためには、目の前の敵を倒すことを躊躇してはならない。己の感情を押し殺し、無慈悲なまでに剣を振れ。この力はそのためにある」
ユシアたちは動揺を隠せなかった。
呪いによって授かった力、〈デュナミス〉は想像の範疇を超えていた。
溶岩を纏った剣で人を斬れば、相手の命を奪うことなど、容易いだろう。
妹のリセスを守るためなら、なんでもやる。
そんな意気込みでここにきたユシアだったが、今は自問自答を繰り返していた。
果たして、おれに心を殺して敵の命を奪うことができるだろうかーーと。