第六十一話 新たな旅立ち
他国と同盟を結ぶーー予期せぬブランドンの命令にユシアは戸惑っていた。
帝国から王女を守るため、国外へと身を隠し、反撃の準備が整ったところで帰国し、反撃に転じるーーそう思っていたが、ことはユシアが思っている以上に複雑だった。
「セルディック共和国ーーいったいどこにあるんですか、その国は」
グレイモール王国の外にさえ出たことのないユシアには、大陸の外にある国など知る由もない。
「シルディス大陸だ。ここ、ゼオス大陸より南西に位置するーーそこへ行けば帝国の手も及ばない。最も重要なのは、共和国との同盟を結ぶことにある」
ブランドンが答えた。
「ちょっと待って下さい。おれは外国との交渉なんてできませんよ」
ユシアの言葉にブランドンが口を開け、大笑いしたーー隣にいるティアーズとロレインも笑いを堪えている。
「な、なにがおかしいんですか」
「安心しろ。お前たちの任務はあくまで王女の護衛だ。外交は王女自らが行うーーそれに、案内人もいるしな」
「......案内人?」
ルファが言った。
「そうだ。旅のスペシャリストーー所謂、冒険者だ。実はセルディック共和国へ行くのを決めたのも、その冒険者の助言あってのことだ。アーサーは生前、その冒険者のことをえらく買っていたーーそいつが言うには、今のグレイモール王国の状況を踏まえると、セルディック共和国が最も近く、同盟を結んでくれるかもしないとのことだ。長年他国との国交がなかったグレイモールが同盟を結ぶことなど容易ではないが......そこはエリーセ王女の外交術に賭けるしかないな」
「ちょっと待ってよ......今回の任務はその冒険者の提案によるものなの? わたしか言うのもなんだけど、冒険者の言うことを鵜呑みにして大丈夫なの?」
「デルフィの言うとおりです。いくら国王が信頼してたからと言って、国の命運をたった一人の冒険者の判断に委ねるんですか? いくらなんでも危険すぎる」
ユシアも抗議した。
冒険者は種族も国境も関係なく自由気ままに旅する者のことだーー人から依頼を受け、報酬を貰い、生活をする。
依頼内容は怪物退治などが多くを占め、危険な依頼ほど報酬も高くなる。
昨今では冒険者の数は増え続けており、ギルドまで創設されるようになっていた。
国外の情勢なら、たしかに各地を渡り歩いている冒険者のほうが詳しいだろうが、それでも国の一大事に関わる決定を冒険者に任せると言うのは納得ができなかった。
「これは王女が決定したことだ。今も言ったように、そいつは助言をしたにすぎない。命令を聞く気がないのなら、他の者に任せるーー帝国がいつ、ミナリスに攻めてくるかわからない状況だ。この任務を受けるか、受けないか、今すぐに決断しろ」
ブランドンは突き放すように言った。
「......わかりました。引き受けます」
「ルファとデルフィはどうなの?」
ティアーズが二人に言った。
「......わたしも問題ありません」
「そこまで言われちゃ、しょうがないねーーやるよ」
二人が答えると、ブランドンはユシアたち五人を見まわして言った。
「ーーよし、決まりだ。ユシア、ルファ、デルフィはエリーセ王女と冒険者とともにセルディック共和国へーーランドとレオナルドはこの国に残り、帝国と戦う。意義ないな?」
「ーーはい」
五人全員が口を揃えてはっきりと答えた。
「よし、では三人はこれを着るんだ」
そう言ってブランドンは箪笥の中から三着の黒いローブを出して三人に渡した。
「これは?」
「帝国を攪乱させるためだ。お前たち全員が同じローブを羽織れば、帝国に見つかったとしても、エリーセ王女だと判別しにくくなるだろう」
ブランドンに言われたとおり、三人はローブに袖を通した。
「三人とも、急ぐぞ。今すぐに街から出るんだーーついてこい」
全員、部屋を出てブランドンについて行くと、城を出て中庭にある、厩舎へと辿り着いた。
厩舎の前には二人の人物が黒のローブに身を包み、馬に乗って待っていた。
一人はエリーセだったーー彼女の表情は浮かなかった。
それは無理もないことだとユシアは思ったーーこの一月で父であり国王のアーサーが亡くなり、王都は半壊し、帝国が攻めてきた。
彼女は突如として、グレイモール王国を背負っていかなければいけなくなった。
年端もいかない少女にはあまりにも荷が重すぎる重責だった。
そして、もう一人の人物は白髪の老人で、胴衣の上からでも筋肉質なのがよくわかった。
老人は背に剣を背負っており、眼光鋭くユシアたちをじっと見つめた。
あの人物こそ、アーサーが一目置き、エリーセに今回の件を助言したとブランドンが言っていた人物に違いないとユシアは一目見て確信した。
「ユシア、よかった......目が覚めたのね。動いて平気なの?」
エリーセはユシアの姿に気づくと、微笑んだ。
「ああ。お前の護衛の任務を引き受けたーーセルディック共和国へ連れて行く」
「ホント? ユシアが一緒にきてくれるの? だったら、心強いわね」
エリーセは安堵の表情を浮かべた。
自分の見知らぬ土地に行き、同盟を結ぶための交渉を行うーーいくら父親の信頼していた人物がいるとは言え、交渉が決裂すればグレイモール王国は一気に窮地に立たされる。
その重責を少しでも自分たちが一緒に背負っていければとユシアは思っていた。
「ルファ、久しぶりだな。元気でやってるか?」
老人がルファに親しげに話しかけた。
「......うん。ベルドも元気そうでよかった」
「知り合いか?」
ユシアが興味津々に話しかけた。
「......前に言ったけど、あの人がわたしを育ててくれた冒険者ーーベルド・ローゼンハインよ」
「あれがーー」
ユシアは以前、グレンデルの森で聞いた話を思い出していたーーあの人物こそ、ルファに剣術を教えた冒険者だ、と。
「知り合いだったのか。なら、話は早いーーすぐにここを発ってくれ」
ブランドンが老人に声をかけたーーベルドは険しい表情をし、口を開いた。
「三人? 五人じゃなかったのか?」
「二人はここに残すーー神獣を倒したのは彼らだ。実力はたしかだ。それよりもお前たち、彼女のことを王女とは呼ぶなよ。極力、国の者にも王女本人だと気づかれるな。どこから情報が洩れるかわからないからな」
「心配するな。そのためにわしがいるんだーーお前たち、なにをぼさっとしている。 さっさと馬に乗れ、出発するぞ!」
ベルドに言われ、ユシアたちは慌てて厩舎の中にいる馬に跨った。
厩舎から出てくると、ランドがユシアに近づき、蝋板のしてある羊皮紙を渡した。
「すまない、ユシア。渡すのを忘れていた」
「ーーこれは?」
「お前にだーー中身は知らん。頼んだぞ、三人とも」
ランドが一人一人を見つめた。
「ああ、任せてくれ。そっちこそ、しっかりな」
「う、うん。なんとしてでもこの国を守ってみせるよ」
レオが力強く言った。
その後ろではブランドン、ティアーズ、ロレインの三人が旅立つ五人の姿をその赤い瞳に焼きつけていた。
ここからまた新たな旅がはじまるーー見たことのない大陸へ行き、見たことのない国と同盟を結び、帝国に対抗するのだ。
「よし、行くぞ!」
ベルドの号令とともに、馬を駆ったーーユシアたちは見つめる仲間たちの視線を背中に感じながら、王都をあとにした。




