第六話 思わぬ出来事
砦の生活にも慣れつつあるユシアだったが、相変わらず貴族出身と言うだけで、まわりからは冷たい視線や言動が向けられていた。
ただ、そんなことを気にしていられないくらい、最初は戸惑いのほうが大きかった。
食事の用意や後片づけ、家畜の世話や掃除など、訓練以外にも覚えることは山のようにあった。
朝から晩まで身体が立てなくなるまで訓練し、一晩経てばまた訓練。
訓練相手は日によって代わったが、あの一件以来、ユシアたちに嫌がらせをする者はいなかった。
五人の剣の腕前は、日を追うごとに目を見張る速さで上達していった。
ルファはもともと才能があったのか、飲みこみが早く、実力はユシアに次ぐほどで、デルフィは素早い剣捌きで周囲を驚かせた。
ランドは教官も舌を巻くほどの怪力があり、臆病なレオナルドは柔らかい動きで華麗な剣の舞を披露した。
そして、ユシアは五人の中で一番剣術が上手く、上達も一番速かった。
「ユシア、相手になってくれ」
ランドは訓練生相手の毎日に嫌気が差したのか、ユシアを訓練相手に選ぶようになった。
正直、ユシアも訓練生相手では物足りなくなるほどに剣の腕は上がっていた。
ランドは力こそ凄かったものの、ウィルコックスと同様に技術は荒かったため、攻撃を受け流してから追撃すると言う戦法でユシアが勝つことが多かった。
ただ、ウィルコックスと違ったのは、ランドはとても打たれ強かったことだ。
ユシアがいくら木剣を当てても、立ち上がり、向かってきた。
教官が止めなければ、一日中でも戦い続けられるほどの体力を持ち合わせていた。
「どんなことをしたら、それだけの体力が身につくんだ?」
一日の訓練を終え、訓練生用の兵舎に戻った際にユシアは尋ねてみた。
「生まれつきさ。それを言ったら、お前の剣術のほうがどうかしてるぜ。今のところ、敵なしだろ」
「はぐらかすなよ。おれは小さいころからずっと練習してきたんだ」
「二人とも凄いよね。ぼくなんか、ついていくのがやっとだよ」
謙遜するようにレオナルドが言った。
「そんなことぞ、レオ。おれたちの中で一番成長しているのはお前じゃないか」
「あ、ありがとう。ユシア」
ランドもこの言葉に同調した。
最初はまともに剣を振れなかったレオナルドは、今ではそれが嘘のように上達していた。
「それよりも、ルファとデルフィには驚いたな。あれほどの実力があったなんて」
ユシアは自分の剣術にはそれなりの自信があった。
しかし、二人の少女の剣の腕前は想像以上で、デルフィの素早い動きに対応できないことも多く、ルファに関して言えば、まだ本気を見せておらず、余力を残しているようにさえ見えた。
「明日にでも二人に聞いてみたらどうだ? 強さの秘訣を」
兵舎は男女別々になっているため、訓練が終わったあとは話す機会がなかった。
「そうだな、聞いてみるか」
そんな話をして、この日は眠りについた。
◆
翌日、朝食を終えてから訓練場に行くと、レミントンとは別の教官が立っていた。
「遅い!」
そこにいたのは、猫の獣人フェリスだった。彼女は黒く、長い髪をしていた。
「レミントン教官は?」
ユシアたちは急いで整列した。
「今日、あなたたちがやるのは、魔法の訓練よ。わたしは教官のエミリア・メイスフィールド」
「魔法!」
ユシアは歓喜した。今まで剣の訓練ばかりで、魔法はいつやるのかと思っていたところだった。
魔法とは言っても、〈赤銅の剣〉が使うのは、特殊な魔力〈デュナミス〉を利用した魔法だ。
「訓練の前にこれを飲んでもらうーー霊薬と呼ばれるものよ。魔力は本来、身体の成長とともに開花するものなの。あなたたちは今の状態だと魔法が使えないの。でも、この霊薬を飲むと、身体の中の魔力ーーつまり、〈デュナミス〉を強制的に覚醒させてくれるの」
五人はメイスフィールドに小瓶を渡されて、中の液体を一気に飲み干した。
「苦っ!」
あまりの不味さに全員が苦悶の表情をしている。
「この霊薬は〈デュナミス〉を持つ者にしか効果がないの。副作用はないから、安心してね」
ユシアは身体の奥からなにか、沸き上がるような、熱いものを感じていた。
「さぁ、準備も整ったし、訓練をはじめましょう。我々が使える魔法は一つだけ。それは火の魔法よ。〈デュナミス〉を持つ者は一つの属性しか使えない代わりに、それに特化した強力な魔法を使うことができるの。まずはわたしが目の前の藁人形を燃やして見せましょう」
メイスフィールドはそう言うと、木の杭に括りつけられた藁人形に手をかざした。
「魔法を使うコツは、頭の中で想像して、集中するーー〈火の粉〉!」
いきなり掌から火が吹き出し、藁人形に火がついた。
「す、すげぇっ!」
目の前の魔法を、ユシアたちは食いつくように見ていた。
火はどんどん広がっていき、藁人形を包みこんだ。
「今のは初心者向けの魔法、〈火の粉〉と言う魔法よ。今言ったように、頭の中で掌から火が吹き出る想像をするの。それが魔法を使う基本よ。さぁ、やってみて」
五人は藁人形の前で手をかざした。
「ついにこの力を使う時がきたんだ」
ユシアの心は踊っていた。
〈デュナミス〉を持って生まれ、父と母から呪われていると嫌われ、息子として認めてもらえず、最後は家から追放されたも同然だった。
だが、この力があれば家族を、妹のリセスを帝国から守ることができる。
ウォーロード家の後継者になれなかったユシアにとっては、これが家族のためにできる唯一のことだった。
ユシアは言われたとおり、頭の中で想像し、集中した。
「〈火の粉〉」
その瞬間、三体の藁人形に火がついた。
燃えているのは、ルファとデルフィ、レオナルドの前にある藁人形だった。
ランドの藁人形は一部が焦げている程度だが、ユシアの藁人形にはなんの変化もなかった。
「ウォーロード。わたしが言ったとおりにやったか?」
メイスフィールドが信じられないと言った表情をしている。
「そんな......」
ユシアは自分でも信じられなかった。
ようやく、自分の生きる意味を見出だせたと思ったのに、肝心の魔法が使えないなんて。
「落ち着きなさい。もう一度、深呼吸して最初から」
他の四人も心配そうにユシアのことを見ていた。
「は、はい......」
ユシアは深く息を吸って吐いた。
心を落ち着かせてから、もう一度同じようにやり直した。
しかし、何度やっても結果は同じだった。
結局、この日はユシアだけが魔法を使うことができなかった。