第五十九話 癒えない傷跡
飛び起きたユシアは全身に響き渡るような激痛に襲われたーー見まわすと、豪華な部屋にあるベットの上にいた。
壁や天井には所々にひびが入っている。
先程まで大きな地震によって地割れが起き、大地の裂け目から溶岩と炎が噴き出し、悪夢のような光景がユシアの前に広がっていた。
今はそれが嘘のように静かで、窓からは陽の光が入り、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
いったい自分はどのくらい眠っていたのかーーそんなことを考えながらユシアはベッドから出ると、窓を開け、外の様子を恐る恐る観察した。
ミナリスの都市の大部分が半壊状態にあり、一部全壊していたーーやはりあの悪夢は現実だったのだと改めて思い知らされた。
しかし、驚いたことに、至るところに発生していたはずの地割れはなくなっており、大地が自然と修復したかのように元通りになっていた。
頭が混乱してきたユシアは、とりあえず事実確認するため短衣の上から椅子にかかっている黒の胴衣を着て部屋から出ようとしたその時、ドアが開いた。
顔を見せたのは、ルファだった。
「......ユシア、よかった。目が覚めて」
ルファは安堵した表情を見せた。
「ルファ、無事だったんだな。ここはどこだーーおれはどのくらい寝てたんだ?」
「話はあと。ついてきて、みんなが待ってる」
「え、おい。待てよ、ルファ」
ユシアは言われるままに彼女のあとについて行った。
廊下の壁は崩れてなくなっており、外から丸見えの状態になっていたーーユシアはそこではじめて、ここが王都ミナリスの王宮、リザードパレスなのだと気づいた。
城は半壊していたものの、一部は無事で人々はそこに避難しているようだった。
ルファに案内され部屋の一室に入ると、そこには〈赤銅の剣〉の仲間である、デルフィやランド、レオナルドが揃っていた。
「ユシア、目が覚めたのか!」
ランドが飛び上がるような大声で叫んだ。
「大袈裟だな。びっくりさせるなよ、ランド」
「大袈裟じゃないよ、ユシア。あんたは一月近くも眠ったまんまだったんだからね」
何気なく言ったユシアだったが、デルフィの一言に絶句してしまった。
最後に見た光景と言えば、地の底から生命の源〈アストラル〉が凄まじい勢いで噴き出してきて、緑の光に包まれたところで記憶は途切れていた。
しかし、あれから一か月も眠ったままだったとは思いもしなかった。
「ひ、一月......! おれはそんなに寝てたのか」
「そ、そうだよ、ユシア。エリーセ王女やアイゼンバーク院長もユシアのことを心配してお見舞いにきてくれてたんだ。もちろん、ブランドン団長たちもね」
レオナルドが言った。
「ーーレスターはどうしたんだ? 姿が見えないけどーー」
「あいつは元気だ。安心しろ」
ランドの言葉を聞いてユシアは安心した。
「そうだ! さっき起きて外の様子を見たら、地割れがなくなってたぞ......あれはいったいどういうことだ?」
「ああ、あれか。アイゼンバーグ院長の話だと、大地に流れる〈アストラル〉が修復してくれたんだとよ。おれも詳しいことは知らないけどな」
そう言えばーーとユシアは思った。
気を失う直前、大地の底から〈アストラル〉が噴出し、それが周囲に溢れて緑色の光に包まれたことをユシアは思い出していた。
話をしていると、ドアが開き、ブランドンとティアーズ、ロレインの三人が神妙な顔をして入ってきた。
三人は部屋にいるユシアの姿を見ると、顔がほころんだ。
「ユシア、起きたか。いいタイミングだ」
「どういうことです?」
ユシアにはブランドンの言う意味がわからなかった。
「ーー任務、と言うことよ」
とティアーズ。
「任務?」
「ユシア、病み上がりで悪いとは思うが、今この国は極めて深刻な状況にある。神獣によって王都は崩壊し、機能していないーーさらに、神獣を倒したことによって契約の儀は無効となり、〈赤銅の剣〉からの脱走者があとを絶たない」
神獣が王家に〈デュナミス〉を持つ者を制御する力ーー契約の儀を与えたことにより、その契約の下で〈赤銅の剣〉は機能していた。
その神獣がいなくなった今、力を制御するための契約の儀の効力はなくなり、〈デュナミス〉を持つ者たちは自由の身となった。
生まれたころより決められた人生を歩んできた者たちが、自由となり、自分自身で歩む道を決められる権利を得たのだ。
これがシヴァンの描いていた理想の世界だったのだーーしかし、それでも罪のない街の人々を犠牲にしたシヴァンのことをユシアは許すことができなかった。
「......わたしたちが神獣を倒したせい......」
「それは違うぞ、ルファ。お前たちは見事に神獣を倒し、この王都を救ったんだ。神獣をあのまま野放しにしていたら、グレイモール王国はどうなっていたことか......お前たちは英雄だ。胸を張っていい」
俯き、哀しそうな表情をするルファを見てロレインが言った。
彼女も怪我を負い、神獣と戦えなかった自分に不甲斐なさを感じているんだろうとユシアは思った。
「ロレインの言うとおりよ。あなたたちがサラマンダーと戦っている時、わたしたちはなにもできなかった。今、わたしたちの命があるのは、あなたたちのおかげよーー立派だったわ」
ティアーズの言葉にユシアたち五人の目に涙が浮かんでいた。
「ーーそうだ。ブランドン団長、任務って?」
ユシアが聞くと、ブランドンは神妙な顔つきに戻った。
「ドルマルク帝国が攻めてきているーー伝令の情報ではここに向かってきているとのことだ」
「帝国が! でも、ここにくるには他の都市を突破しなければこれないんじゃ......」
「ユシア、実はね......あなたが眠っている一月の間にこの国の環境は大きく変わってしまったの。サラマンダーが倒れたことにより、大量の〈アストラル〉が大地の底から流出し、地上に流れてしまっているの。それが原因で水不足になり、作物は育たず、大地は灰に侵食されはじめているのーーだから、今のわたしたちは満足に戦うことすらできていないのよ」
ティアーズの言葉にユシアは愕然とした。
他の四人は状況を把握していたようで、ユシアのように驚いている様子はなかった。
「それだけじゃない。ブランドン団長も話したように、契約の儀が無効となって脱走者が続出しているこの状況では帝国に対抗のしようがない。なにしろ相手は我々と同じ〈デュナミス〉を持つ、〈青藍騎士団〉だーー王国騎士団では守り切れない」
ロレインが悔しそうに言った。
「ユシア、お前たちをここに呼んだのは他でもない......グレイモール王国存続のため、任せたい任務があるからだーーこの任務は誰よりも信頼でき、実力のある者にしか任せられない任務だ」
ブランドンが一層険しい表情になった。
「任務はなんですか......団長」
ユシアの問いにブランドンが口を開いた。
「今すぐにエリーセ王女を連れてこの国を脱出するんだ」




