第五話 仲間
砦に到着した翌日から、ユシアたちの剣と魔法の訓練は早速はじまった。
早朝から、五人全員が屋外にある訓練場に集められ、両手用の木剣をそれぞれ持たされた。
そして、ユシアたちの他に教官が一人と、稽古相手として一年上の少年の姿もある。
「わたしがお前たちの剣術の教官、ニール・レミントンだ。〈赤銅の剣〉に入ったからには、貴族も平民も関係ない。強い者が生き残る。ブランドン団長からも話があったと思うが、三年間訓練したあとは実力があろうとなかろうと問答無用で任務を遂行しなければならない。そこから先、生き残れるかどうかは、この三年間でどれだけ必死にやるかだ」
息巻いた様子の教官のレミントンは、二十代前半と若く、丸坊主の男だった。
ユシアたち五人を一人一人見定めている。
「では、剣の訓練をはじめる。全員、一歩前へ!」
レミントンが声を張り上げ、五人が指示に従った。
「まずはわたしが基礎を教える。全員、よく見てるように」
そう言うと、木剣を構えた。
「両手剣を使う時は、決して動作を止めるな。流れるように動き続けて、相手の息の根を止めるんだ」
言いながら、レミントンは動作を交えて教えた。
剣を斜めに振り下ろし、その勢いのまま一回転させてもう一度振り下ろした。
「よし、やってみろ」
木剣とは言え、両手剣に変わりはないので、重くて扱いにくかった。
そもそも、両手剣自体が子供には触れる機会がない。
ユシアも片手剣の稽古しか経験がなかった。
「お、重いし、振りにくいよ......」
「うおおっ......! 身体が剣の勢いに持って行かれるっ」
「なにこれ、使い辛っ......」
「......」
「くそっ! 中々難しいな」
一見、単調な動きに見えたが、実際にユシアたちがやってみると中々上手くできなかった。
それでも、時間をかけて少しずつではあるが、扱えるようになってきた。
そんな光景を見ていた、一年上の少年は悪戦苦闘する五人の姿を嘲るように見ていた。
「おいおい。こんな調子じゃ、いくらやってもまともな戦力になんかならないな。まともに剣を振ることすらできないんだからな。ウォーロード家のご貴族様は少しはやると思ったのに」
身分が関係ない〈赤銅の剣〉では、出身が高貴であればあるほど嫉妬の対象になり、差別を受ける。
ユシアにとっては、家も砦もさほどの違いはなかった。
唯一、違いがあるとすれば、食事の用意や掃除などを自分たちでやらないといけないことだった。
家では使用人がやってくれていたが、ここではそんなことをしてくれる人はいない。
「ウィルコックス! 黙っていろ」
レミントンに少年が注意を受けた。
不満げな顔をした少年だったが、教官に言われて渋々引き下がった。
「よし、やめ! 次はお前たちより一年上の先輩、ウィルコックスと手合わせだ。レオナルド・エアハート、前へ!」
「えっ......。ぼっ、ぼくですか?」
レオナルドは名指しされて、明らかに動揺していた。
「レオ、がんばれよ」
ユシアは一歩踏み出せずにいる少年に優しく声をかけた。
「ぶっ倒してやれ!」
「練習どおりにね」
「......」
他の三人も各々の声援を送った。
「よ、よし。わかった」
戸惑った様子を見せつつも、レオナルドはウィルコックスと向き合った。
「はっ、こんな意気地のなさそうな奴が〈赤銅の剣〉とはな。いくら、〈デュナミス〉を持つ者を選ぶことができないとは言え、こんな奴じゃあな。二度と立ち向かえないようにしてやるぜ」
「よし、はじめっ!」
教官の合図とともに、ウィルコックスが力任せに木剣を振り下ろした。
最初はなんとか受け止めていたものの、徐々に細身のレオナルドは力負けしていった。
「どうした、どうした! そんな防御しているだけじゃ、相手は倒せないぜ」
剣に不慣れなレオナルドは容赦のない攻撃に耐えられなくなり、とうとう木剣を落としてしまった。
ウィルコックスはそれを待っていたかのように、今度は相手の身体を叩きはじめた。
たまらず、レオナルドは尻餅をついてしまった。
「たっ、助けて」
そんな言葉などお構いなしに、少年が木剣を振り下ろそうとした、その時だった。
「やめろっ!」
見ているのが耐えられなくなったユシアが、レオナルドを庇うようにして、相手の攻撃を自らの木剣で受け止めた。
その瞬間、全身が痺れるほどの衝撃があった。
「ウォーロード! 手助けの許可は与えてないぞ! お前たちもだ」
レミントンが叫んだ。
ユシアだけではなく、四人の少年少女も剣を手に飛び出さんばかりだった。
「ここまでやる必要はないでしょう? 次はおれが相手になってやるよ、ウィルコックス。問題ないですね、教官?」
ユシアの勢いに負けたのか、レミントンは黙って頷いた。
燃えたぎるような赤い瞳が、仲間を叩きのめした相手の少年に向けられていた。
「いい度胸だな。ウォーロードの坊っちゃん。おれはお前みたいな、いい家の生まれの奴が大嫌いなんだ。丁度いい。そんな生意気な口を聞けないくらい叩きのめしてやる。どうせ、おれにやられるようじゃ、戦場に出ても使い物にならないだろう」
ウィルコックスが剣先を斜め下にして交差するように構えた。
今まで、それなりに剣の稽古をしてきたユシアは、その構えに隙がないのに驚いた。
この少年は口だけではなく、確かな実力も持っているようだった。
だからこそ、ユシアたち新入生の訓練相手に選ばれたのだろう。
さっきの手合わせも、レオナルドが弱いと言うよりはウィルコックスが強かったと言ってよかった。
だが、ユシアには勝算があった。
「お前だって戦場に出たことなんかないだろ。おれが勝ったら二度と好き勝手はさせない」
ユシアはそう言って、相手の少年と同じ構えを取った。
「なんだと! いいぜ、約束してやるよ」
「はじめっ!」
合図とともに二人が一気に間合いを詰める。
ユシアは相手の攻撃を真正面から受けるのではなく、上手く受け流して力を逃がした。
実際、さっき木剣を受け止めた時、全身が痺れるほどの力が相手にはあった。
レオナルドとの手合わせを見ても、力押しで無理矢理勝ったと言う印象が強かった。
それならば、受け止めずに流してしまえばいいーーそれがユシアの考えだった。
確かにウィルコックスは訓練の経験はあっても、技術は荒かった。
ユシアは両手剣こそ、はじめて使ったと言ってもよかったが、剣の稽古は今まで嫌と言うほどやってきた。
最初は戸惑いもあったが、慣れるのは早かった。
「くそっ! なんだよ、こいつ。正々堂々と戦え!」
思うような攻撃ができず、ウィルコックスが苛立ちを隠さずに言った。
「これも戦い方の一つなんだよ。力だけがすべてじゃないんだ」
疲れてきたせいか、相手は肩で息をしはじめた。
今度はユシアが反撃に出た。
教官に言われたとおり、動作を止めず、流れるように剣を振った。
相手の木剣を受け流したあと、そのまま剣を回転させて、勢いに乗って振り下ろした。
「ぐあっ! い、痛えっ!」
ユシアの木剣が相手の脇腹に直撃した。
なおも、手を休めることなく、木剣を振り続けた。
「待ってくれ。参った。おれの敗けだ」
木剣を手から落とし、尻餅をついたウィルコックスがたまらずに降参した。
「二度とあんなことはしないと誓え。そして、レオに謝るんだ」
ユシアは剣先を相手の顔に向けた。
「悪かった。もう二度としないよ。次からはちゃんと教えるよ」
燃えるようなユシアの赤い瞳に気圧されるように、相手は戦意を喪失した。
「それまで」
教官の合図を待たずに、レオナルドがユシアに近づいてきた。
「ありがとう、ユシア。ぼく、もっと強くなれるようにがんばるよ。ユシアに頼らなくてもいいように」
「頼っていいんだ。レオ、仲間だろ」
「う、うん」
二人も、それを見ていた仲間たちも笑顔に包まれていた。