第四十六話 謁見の間にて
謁見の間の扉が重々しく開くと、呪魔の鎖によって縛られたシヴァンが兵士たちに連れられ、中へと入ってきた。
玉座にはアーサーが腰をかけ、その両側には王国騎士団と、ユシアたち〈赤銅の剣〉が並んでいた。
全員の視線がシヴァンに集まる中、彼はそれを気にもせず、堂々とした態度で玉座の前に行き、大胆不敵にアーサーを見据えたーーいつものように不気味な笑みを浮かべながら。
不測の事態に備え、ユシアたちは魔法剣〈エルスパーダ〉を、王国騎士団は剣を背負っていた。
ユシアは緊張のあまり、冷や汗を掻いていた。
何事もなく終わればいいが、シヴァンがなぜアーサーとの面会を求めたのか、その真意はユシアにはわからなかった。
〈赤銅の剣〉の向かい側にいる王国騎士団長のニューマンは、玉座の前に立っているシヴァンのことを好戦的に睨みつけていた。
ユシアは彼がいつシヴァンに斬りかかってもおかしくないと感じていた。
一方で〈赤銅の剣〉は、団長のブランドンをはじめ、冷静に目の前の状況を見守っていた。
玉座の一番近くにはブランドンが立っており、続いて隊長のティアーズとロレイン、最後にユシアたちと言う並びになっていた。
「......ユシア、もう少し肩の力を抜いて」
ユシアの隣にいるルファがそっと耳打ちをした。
「あ、ああ......ありがとう、ルファ」
ルファはどんな時でも冷静でユシアにとっては心強かった。
緊張を隠し、平静を装ってはいたつもりでも、ルファは見抜いていたようだ。
「まさか、本当に条件を飲んでもらえるとはな。アーサー、お前にそこまでの度胸があるとは思わなかったぞ」
シヴァンが小馬鹿にしたように言った。
その瞬間、目を血走らせながら、背中の剣に手をかけたニューマンがシヴァンに歩み寄ろうとした。
「ヒューゴ、やめろ」
アーサーに制され、ニューマンは鬼の形相はそのままに退いた。
「サー・ヒューゴ。威勢だけは一人前だな。あの時、おれを取り逃がしたお前が未だに騎士団長とはなーーグレイモール王国騎士団も余程人材不足なんだろうな」
シヴァンは彼を嘲笑ったーーニューマンの顔は今にも噴火しそうな火山の如く、真っ赤に染まっている。
どうやら、〈マリグナント〉となったシヴァンを追跡したのが、騎士団長のニューマンだったようだ。
「ね、あの二人、なにか因縁があるのかな?」
ユシアの後ろでデルフィが囁いた。
「あの口調からして、そうだろうな」
「シヴァン、下らないお喋りにつき合ってる暇はないーーお前がなぜ、わたしとの面会を望んだのかは知らんが、約束は果たした。はぐれエルフの居場所を教えてもらおう」
アーサーの言葉に、シヴァンは顔を俯かせると、肩を震わせて笑いはじめた。
「なにがおかしい」
落ち着いた声でアーサーは問いかけた。
「なにも知らないんだな......おれに聞くまでもないだろう。お前らはもう会っている」
「会っているだとーー誰にだ?」
「はぐれエルフに、だ。お前らはすでにはぐれエルフに会っていると言ったんだ......気がつかなかったのか?」
謁見の間がざわめき出した。
皆が、いったいどういうことなのかと言うように、お互いに顔を見合わせている。
ユシアにはシヴァンが嘘を言っているようには見えなかった。
わざわざ、こんな嘘を言うためにアーサーとの面会を条件に出したりはしないーーユシアは自分の記憶を整理し、過去に会った人々のことを思い返していた。
「陛下、こんな茶番につき合う必要はありません! このようなふざけた奴、裁判など行わず、即刻処刑致しましょう!」
遂に我慢の限界を迎えたニューマンが一歩前へと踏み出た。
しかし、アーサーは彼を一瞥すると、ユシアが聞いたこともない冷徹な声で言った。
「ヒューゴ、黙れ」
謁見の間の空気が一気に張り詰めたーーこれにはさすがのニューマンも慌てた様子で退いた。
「シヴァン、もう一度聞く。はぐれエルフはどこにいる?」
答えなければ、首をはねるーーユシアはアーサーの表情からそう言っているように聞こえた。
次にシヴァンが解答を濁せば、アーサーは間違いなく、彼を処刑するだろう。
「オークだ」
「ーーなんだと?」
「はぐれエルフとはオークのことだ。エルフの故郷、エルゼンハイムから外の世界へと旅立ったエルフは長い年月をかけ、徐々に変貌し、あの怪物になったわけだ。自由を求めた代償とも言うべきかなーーおれたち、〈デュナミス〉を持つ者が自由を許されないのと同じだ......呪いのようなものさ」
誰もが予想しなかった発言に、場は静まり返った。
ユシアもシヴァンの言うことを鵜呑みにしているわけではなかったーーなにせ、本に書いてあるエルフと、ドレモス砦で見たオークとでは、あまりにも容姿が違いすぎると思ったからだ。
「おいおい、どういうことだよ......それじゃ、おれたちが戦っていたのは、実はエルフだったってのかよーー信じられないぜ、そんなこと」
ランドが言った。
「オークがはぐれエルフだと? そんな話は聞いたことがない。証拠でもあるのか?」
アーサーは動揺もせず、言った。
「お前はこの大陸の外に出たことがないだろう? 外の世界には、お前でも想像できないものが広がっているんだ。それに、こんな状況で嘘など言うと思うか? おれになんのメリットがある? 下手をすれば、首をはねられるかもしれない、この状況で。今の話を信じようが信じまいが、それはお前らの勝手だーーさぁ、おれは約束を果たした......次はお前の番だ、アーサー」
シヴァンが不適に笑った。
「お前の望みはここでわたしと面会することだろう? すでに要求は飲んだぞ」
「まだだ、アーサー。本番はこれからだ」
突如、シヴァンの身体を赤い瘴気が覆いはじめたーーそれを見た時、ユシアの全身に鳥肌が立った。
呪魔の鎖によって、力を封じられているにも関わらず、シヴァンの身体からは〈デュナミス〉が溢れているようだった。
「な、なにか変だよ......あれは〈デュナミス〉じゃーーま、まさか......」
レオナルドは怯えている。
「この時を待ってたぞ、アーサー。この時をな!」
次の瞬間、呪魔の鎖が熱を帯びて、赤く発光し、溶けはじめると、シヴァンは鎖を思いきり引きちぎった。
「バカなっ! 呪魔の鎖は魔力や〈デュナミス〉を吸収し、無力化させるはず......! シヴァン、貴様いったいなにをした!」
アーサーは顔色を変え、玉座から立ち上がったーー今度ばかりは動揺を隠しきれていなかった。
「迂闊だったな、アーサー。おれを監獄から出すとは......」
その場にいる全員が呆気に取られていた。
シヴァンは殺気に満ちた眼差しを、目の前のアーサーに向けた。
「この世界に王家は必要ない!」
シヴァンの両手から溶岩が溢れ、覆ったーー嫌な予感は当たっていたとユシアは思った。
そして、同時に激しい後悔が彼を襲っていた。
あの時、もっと上手く説得することができていればーーと。
ブランドンをはじめ、〈赤銅の剣〉と王国騎士団は一斉に剣を抜いたーー〈エルスパーダ〉を持つ者たちは魔法剣を発動させ、剣身に溶岩を纏った。
「くたばれ!」
シヴァンは叫ぶと、玉座のアーサーに向けて溶岩の塊を放ったーー。




