第三十三話 力と力
ユシアにはオークの姿など目に入っていなかった。
彼の赤い瞳が捉えていたのは、シヴァンによって脇腹を貫かれた父のアルフィノの姿だけだった。
身体の底から湧き上がるような衝動をユシアは抑えることができなかった。
父を救いたいーーその一心でユシアは剣を振った。
自分でもなにをしているのかわからなかったーーただ、身体が勝手に反応していた。
これ以上、踏みこんではいけない領域に自分はきているのだと、感覚では理解していても、その感情を抑える術はユシアにはなかった。
「想像以上の力だぞ、ユシア。お前は鍛えればまだまだ強くなる。おれの下にくれば、その力の使い方を教えてやる。そうなれば、お前は最高の〈マリグナント〉になるーーだが、〈赤銅の剣〉ではお前の中に眠る真の力を発揮することはできないぞ」
「ーー黙れ!」
ユシアは聞く耳を持たず、赤黒く発光している〈エルスパーダ〉を振り上げ、シヴァンとの間合いを一気に詰めて斬りかかった。
シヴァンはこれに対応し、自身の〈エルスパーダ〉でユシアの攻撃を受けた。
溶岩を纏った剣同士が激突し、周囲は熱気に満ちた。
「どけ! おれは父さんを助ける」
「助けるだと? おれたちは回復魔法を使うことができないんだぞーーどうするつもりだ?」
「お前には関係ないことだ! おれは父さんを見捨てはしない!」
ユシアが力で押し、次に相手に向かって剣を振り下ろした。
シヴァンは大きく一歩後退し、回避すると、攻撃の隙を突いて溶岩の斬撃を飛ばした。
ユシアは〈エルスパーダ〉を振り上げ、斬撃を掻き消した。
両者、再び間合いを詰め、剣を交差させた。
二人はお互いに一歩も譲らず、魔法剣同士の打ち合いは続いた。
「まさか、ここまでできるとは正直思ってなかったぞ。ますます〈赤銅の剣〉に置いておくのはおしいな。この力を生かせるのは〈ブラッドオーダー〉だけだ。お前はこのままだと力によって精神まで支配され、やがて理性を失う。そうなれば、敵味方の区別もつかず、ただ殺戮を繰り返すだけの怪物へと成り下がるーーそうはなりたくないだろ? おれが〈デュナミス〉の本当の使い方を教えてやるーーそれはお前の双子の妹、リセスを救う道に繋がる」
シヴァンの最後の一言にユシアの剣が止まった。
彼の身体は硬直し、シヴァンの赤い瞳をじっと見た。
「なんだと? リセスを救う? どういうことだ」
ユシアの思考は一瞬、冷静になった。
〈マリグナント〉としての自分の力がリセスを救う道に繋がると聞いて、ユシアの心は動揺していた。
今までは、この忌まわしき力がリセスの病気を治すための枷になると思っていたユシアにとっては、晴天の霹靂とも言える言葉だった。
「万能薬〈エリクサー〉を作るには、非常に希少な素材が必要となるーー当然ながら、簡単に手に入るものではない。そして、その素材を手に入れるためには、〈マリグナント〉の力が必要になる。もちろん、その力を制御できていればの話だがな」
ユシアの頭は混乱していた。
目の前にいる重傷の父を助けなければいけないと言う気持ちと、リセスの病を治すために必要な万能薬〈エリクサー〉の情報を欲しいと言う気持ちーーこの二つが彼の中で衝突していた。
その時、ユシアとシヴァンの間を割るようにして、溶岩の斬撃が大地を突き進みながら飛んできた。
「ユシア、シヴァンの言葉に耳を貸してはダメよ!」
ユシアの耳にティアーズの声が聞こえてきた。
彼女はオークを〈エルスパーダ〉で斬り伏せながら、ユシアのほうへ直進している。
「うっ、うぐっ......」
アルフィノは片手を地面についた。
頭からは汗が流れ、顔色は悪くなっている。
「父さん......!」
父の姿を見たユシアは咄嗟に剣を振り上げ、シヴァンに向かって再び斬りかかろうとしたーーしかし、それは別の魔法剣によって防がれた。
ユシアの瞳に映ったのは、空色の髪の少女ーールファの姿だった。
彼女はオークの集団を薙ぎ倒し、ユシアの下まで駆けつけたのだ。
感情の暴走によって、力の制御ができなくありつつある少年を助けるために。
「......ユシア、落ち着いて。あいつの言葉に惑わされないで。シヴァンはあなたを道具として自分のいいように使いたいだけ。それに、ユシアがユシアでなくなったら、一番悲しむのはリセスでしょ?」
ルファはいつにも増して、穏やかに丁寧な口調でユシアに話しかけた。
その言葉は自然と我を忘れつつあった彼の頭の中に響き、心を落ち着かせた。
先程までは重かった身体が、彼女の言葉を聞いた途端、宙に浮くように軽くなったのをユシアは感じた。
それと同時に、彼の身体を覆っていた赤い瘴気は消え、〈エルスパーダ〉の赤黒い光は失せた。
「ーールファ。お前、いつの間に......」
ユシアが剣を下ろした瞬間ーー。
「お前に用はない」
ルファの背後からシヴァンが赤黒く発光する魔法剣を手に、斬りかかってくる。
反応しきれないとユシアが思うよりも素早く、ティアーズがシヴァンの前に立ちはだかり、〈エルスパーダ〉で相手の剣を受け止めた。
「これ以上好きにはさせないわよ、シヴァン」
「ティアーズ......! お前の出る幕じゃない」
ティアーズはシヴァンを力で押し退けると、後ろにいる二人を庇うように立った。
その時、砦の入り口のほうから大勢の人の叫び声が聞こえてきた。
「待って! 誰かこっちにくる!」
ユシアは入口のほうに視線を移したーー建物の間から、広場のほうへ旗を掲げた人間を先頭にして、次々と胴衣を着た兵士らしき人々が入ってきた。
その旗に描かれていたのは、炎を纏った蜥蜴ーーサラマンダーだった。
「あれはグレイモール王国の旗だ! 助けにきてくれたんだ」
絶望が希望に変わった瞬間だった。
グレイモール王国騎士団の他に、〈赤銅の剣〉の面々の姿も確認できた。
広場に入ってきた増援は、次々にオークを斬り倒し、その場をあっという間に制圧すると、シヴァンを包囲した。
しかし、この状況においても、依然としてシヴァンは余裕の表情を崩さなかった。
「奴にはまだなにか秘策でもあるのか?」
油断はできないとユシアは思った。
彼はシヴァンに対して、底の知れない恐怖を肌で感じ取っていた。
こうなることも予測していたのではないかと、ユシアは勘ぐってしまっていた。
「シヴァン、大人しく投降しろ」
突然、ユシアの周囲を大きな影が覆った。
風が吹き、声のした上空を見上げると、そこには飛竜に乗った〈赤銅の剣〉の団長、ブランドンの姿があった。
飛竜はドラゴンの頭を持ち、腕と翼が一体になっている。
太い脚にある爪は鋭く、蜥蜴のような長い尾があった。
飛竜は大きく翼を動かしながら着地すると、ブランドンはその背中から降り、シヴァンに歩み寄った。
「これは、これは。団長自らお出ましとは」
シヴァンは歓迎するような言い方だった。
「剣を収めろ、シヴァン。お前を王都へ連れて行くーーそこで裁きを受けろ。それとも、今ここで戦って死ぬか?」
ブランドンはシヴァンの前に立ち、〈エルスパーダ〉を背中から引き抜くと、彼の喉元に突きつけた。
シヴァンは一瞬、真顔になったが、すぐに笑みを浮かべると魔法剣を解除し、地面にゆっくりと置いた。
「いや、降参だ」
シヴァンはそう言って、両手を上げた。




