第三十一話 ドレモス砦の攻防
咆哮とともに、オークの集団はドレモス砦へと突撃した。
潰れた鼻、尖った耳、盛り上がった筋肉、そして毛皮の服を身に纏い、手には成人男性が両手でようやく持ち上がるほどの剣や斧を片手で軽々と持っている。
オークたちは砦の中に入ると、まずは周囲の様子を観察した。
同胞たちが地面に横たわり、息絶えている。
その傍らには人間の戦士も倒れていた。
人間たちが自分たちの領域を侵し、同胞の命を奪ったーーオークたちの怒りは頂点に達した。
それぞれの武器を掲げ、腹の底から森の中全域に轟くほどの声を発した。
◆
「どうするんだ? オークはすぐそこまできているぞ! シヴァンも消えた」
ランドはどうすればいいのかわからず、慌てふためいている。
しかし、それも無理もないことだとユシアは思った。
溶岩の斬撃を放った直後にシヴァンはその姿を消し、ドレモス砦の中にはオークが侵入してきているーー先程の声からしてかなりの数だろうとユシアは推測していた。
自分たちのいる場所まで間もなく辿り着くであろうことは容易に想像がついた。
こんな時だからこそ、冷静に行動しなければいけないと言うことはユシアもよく理解していた。
「オークのほうを優先しよう。シヴァンはもしかしたらここから逃げたのかもしれないしな。たぶん、奴は一人でここから逃走することも考えてオークの増援を呼んでたんじゃないか? いくら奴が〈マリグナント〉だからって、おれたち八人全員を同時に相手にするのは簡単じゃないはずだ。それに奴はおれがオーク相手にどこまでやれるのか知りたがっていたからなーーこんなところで死んでたまるか」
ユシアは入口のほうを見据えた。
自然と〈エルスパーダ〉を持つ手に力が入った。
「ユシアの言うとおりよ。でも、ここで突っ立ってるだけではどうしようもないわ。まずは建物の影に隠れましょう。一人が囮になって、オークをこの場所まで誘導するのよーーそして、背後から魔法で相手の戦力を削るわ」
ティアーズが指示を出した。
「囮は誰が?」
ロレインが尋ねると、ユシアが前に進み出た。
「おれがやります、ティアーズ隊長」
ユシアはじっと彼女の赤い瞳を見つめた。
シヴァンはユシアの実力を測るために今の状況を演出したーー自分のせいでみんなを巻きこんでしまったと言う罪悪感が心の中に重くのしかかっていた。
ユシアに非があるわけではないにせよ、彼の中に眠る〈マリグナント〉の力がシヴァンを引き寄せてしまったのは事実だった。
だからこそ、ユシアは危険な任務は自分が進み出て引き受けるべきだと考えていた。
「ーーいいわ。囮はあなたに任せるわ、ユシア」
ユシアの意図を汲んだようにティアーズが承諾した。
「......ユシア、無理はしないで」
砦の入口へ行こうとするユシアをルファはそっと引き止めて言った。
ユシアはそれに対して無言で頷いた。
「ちゃんとオークを引き連れてこいよ」
ランドが茶化すように言ったーーこれも彼なりの気の使い方なのだろう。
「お前こそ魔法をはずすなよ」
ユシアが返すと、ランドはにやりと笑った。
「ユシア、危なくなったらすぐに引き返してきなよ」
デルフィがユシアの両肩に手を置いて言った。
「心配するな。ヘマはしない」
「ぼ、ぼくも一緒に行こうか」
レオナルドが胸に拳を当てて言った。
「平気だ。それよりもお前は自分の任務に集中するんだ」
ユシアがレオナルドの肩に手を置いて安心させるように言った。
「ユシア、頼んだぞ」
ロレインの言葉にユシアは頷き、砦の入口へと向かった。
父のアルフィノを横目でちらりと見たが、いつもどおり息子のことなど無関心と言わんばかりに、砦の入口のほうを警戒するように見ていた。
「全員、建物の影に隠れるわよ」
ティアーズの号令により全員が散開し、身を潜めた。
ユシアは剣を背中に収めると、オークに気づかれないように慎重な足取りで建物の影に身を隠しながら砦の入口へと進んで行った。
移動を開始してからすぐにオークと思われる荒い息遣いがユシアの耳に聞こえてきた。
そっと建物の影から覗き見ると、くすんだ緑色の肌をした怪物の姿が視界に入ってきたーーオークだった。
オークたちは周囲の死体や、建物の中などを調べていた。
ユシアが気になったのは、オークたちがオークと帝国兵の死体を別々にわけ、集めていることだった。
「弔う死体と処分する死体をわけているのか......?」
先程のオークの咆哮を聞いた時は、一目散にユシアたちのいる場所へ突撃し、怒りに任せて暴れまわるのかと思っていたが、冷静に死体をわけているのを目にすると、想像していたよりもずっと知性のある生物なのかもしれないとユシアは思った。
オークたちに気づかれなようにそっと背中の〈エルスパーダ〉へと手を伸ばし、ゆっくりと引き抜いた。
ブーツの音が立たないようにユシアは建物の影から姿を出し、オークたちへと近づいて行った。
そして、〈エルスパーダ〉を天に向かって掲げ、魔法剣を発動させた。
剣身を赤黒い溶岩が覆うと、それがまるで戦いの狼煙であるかのように見えた。
「おい、オークども! おれはここだ!」
オークの咆哮にも負けないほど、ユシアは腹の底から声を出した。
オークたちの視線が一斉にユシアへと向き、注目が集まった。
戦いがはじまるーーそう思った瞬間、ユシアにとって思いもよらない事態が起きた。
建物の中や、砦の外からオークが姿を現したのだ。
ユシアもこれには息を呑んだ。
「や、やばいっ!」
ユシアは今きた道を全速力で駆け抜けた。
頭から吹き出た汗が目に入り痛かったが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
ブーツが滑り、転びそうになったが、ここで止まれば命はないと言う危機感から、無理矢理体勢を整え、必死に走った。
背後からはオークの怒号が耳に入ってきていた。
建物の間を抜け、先程までいた広場に戻ってきた。
ユシアは立ち止まり、振り向くと、眼前にはオークの集団が目を血走らせながら雪崩こんできた。
「こい!」
ユシアが〈エルスパーダ〉を構えた瞬間、オークたちの後方にある家々の屋根の上に、今まで身を潜めていた仲間たちが姿を現した。
全員が手をかざすと、掌に炎が渦を巻き、火の球となった。
オークたちが背後の気配に気づいたが、すでに遅かった。
「放て!」
ティアーズの号令がかかると、オークの集団に火の魔法〈火炎球〉が放たれ、広場は爆炎に包まれて炎上した。




