第二十七話 裏切り者
想像以上に早く、偵察に行っていたロレインが戻ってきた。
彼女は明らかに戸惑いの表情を浮かべていた。
ロレインが確認したところによると、ドレモス砦の入口のほうで帝国兵とオークが戦っているのが見えたと言うことだった。
両軍ともに死傷者を多く出している様子で、決着がつくのはもうまもなくだと彼女は踏んでいるようだった。
話し合いの結果、全員でドレモス砦へ足を運ぶことになった。
ロレインに先導され、移動を開始すると、砦へと近づく度に帝国兵の死体が多くなっていった。
しかし、不思議なことに、オークの死体は見当たらなかった。
なぜ、帝国軍がオークと交戦したのか、ユシアは疑問に思っていた。
一度はオークと戦わずにグレンデルの森を抜け、シェルプール川に出たわけだから、道を間違えたと言うのは考えにくいだろう。
偶然、森の中でオークと出会い、戦闘がはじまったにしても砦まで攻めると言うのは、あまりにも浅はかとしか言いようがない。
オークたちの住み処である、ドレモス砦に着くと、ユシアたちは入口付近の草影に身を潜め、中の様子を伺った。
砦は木の杭柵で囲まれており、外からでも見張りのために建てられたであろう櫓が見える。
ティアーズの話によると、ここは昔は村だったらしいーーしかし、オークによって占領され、要塞と化したとのことだった。
聞き耳を立ててみても、戦闘の音などは聞こえてこなかったーーそれどころか、あまりにも静かすぎると全員が不安を覚えた。
ただ、ここでじっとしていてもしょうがないと言うことになり、砦の中へ侵入することになった。
「うわっ」
中へ入るとユシアはなにかに躓きそうになり、自分の足元に目をやると、くすんだ緑色の肌の怪物が白目を剥いて倒れていた。
その怪物は耳が尖っており、鼻は潰れ、下顎からは鋭い歯が生えていた。
人間よりも筋肉質で身体も大きく、その上から毛皮の服を着ていた。
「こ、これ、ひょっとしてオークか......?」
はじめて見るオークの姿にユシアは思わず唾を飲みこんだ。
「そうだ。それよりも、静かにしろーーどこに敵がいるかわからないんだぞ」
ロレインがユシアを咎めた。
この状況では仕方のないことだった。
全員が押し黙り、周囲の様子を探りながら砦の奥へと進んで行った。
砦には帝国兵やオークの死体が多くあり、やはり帝国軍はドレモス砦の中まで攻めたと言うことになる。
所々が凍っており、〈青籃騎士団〉の攻撃の跡が残っている。
砦の中に建てられた家々は人間のそれと同じであり、藁葺き屋根でできていた。
「ねぇ、あれ見てよ」
デルフィが指差した方向をユシアたちが注目すると、白い胴衣を着た人間が数名倒れていた。
その手には、青籃色の剣を手にしていた。
「これは、〈エルスパーダ〉か。〈青籃騎士団〉だーーオークにやられたのか?」
ユシアは俄には信じられなかったーーいくらオークと言っても、〈デュナミス〉を持つ者を上回る実力があるとは到底思えなかった。
すると、ティアーズが女性の死体に近づき、なにやら調べはじめた。
「ーー見て、この傷口」
ティアーズに言われ、ユシアたちが死体の傷を覗きこむと、身体には剣で斬られた跡があったーーその傷をよく見るとーー。
「傷口が溶けてるーーこれは、〈エルスパーダ〉!」
ユシアの声が大きくなった。
全員に動揺が走るーー溶岩を纏った剣を扱える者は限られている。
それは、グレイモール王国で生まれ、〈デュナミス〉を持つ者以外には有り得ない。
「......まだ新しい」
ルファが傷口を確認して言った。
「つ、つまり、ここには帝国軍とオークの他に、ぼくらと同じ〈赤銅の剣〉がいたってこと?」
レオナルドが不安そうにあたりを見まわした。
「おれたちよりも先にこの砦にきたって言うのか? 有り得ないぜ。だって、野営地を出た時、他の仲間が先に出た様子はなかっただろ?」
ランドの言うとおりだった。
そもそも、今回の作戦はグレンデルの森にいるオークを刺激させないために、少数で行動すると言うブランドンの判断だった。
他に部隊を送りこんでいたのなら、その意味はなくなってしまうし、なによりもユシアたちだけでなく、隊長であるティアーズに隠す理由はない。
「ティアーズ隊長、心当たりでも?」
息のない兵士を無言で見つめるティアーズにユシアは声をかけた。
「ーー奥へ進みましょう」
張り詰めた空気の中、ユシアたちは再び砦の奥を目指し歩みを進めた。
建物はほとんどが壊れ、戦いの激しさを物語っていた。
「待て。誰かいるぞ」
広場のような場所の手前で、アルフィノが皆を手で制した。
ユシアが広場に目を凝らすと、一人の人物が目に入った。
赤と黒の胴衣を着ており、手には剣身に溶岩を纏った〈エルスパーダ〉があった。
ユシアたちに背を向けているため、顔は確認できない。
その人物の足元には二人ーー〈青籃騎士団〉の兵士と、オークが倒れていた。
ユシアはその人物から得体の知れない恐怖を感じていた。
胃がむかむかし、吐き気がしたーー冷や汗が全身から吹き出し、心臓の音が激しくなっていく。
気配を感じたのか、その人物がゆっくりと振り向いた。
「やっときたか。待ってたぞ」
男は不気味な笑みを浮かべた。
黒髪を後ろに撫で上げ、額には赤いスカーフを巻いている。
鋭い目つきでユシアたちを見てきたーーその瞳の色は〈デュナミス〉を持つ者のそれと一緒だった。
「赤い瞳、そして〈エルスパーダ〉......おれたちと同じだ」
ユシアが誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「待ってたですって? あなたがわたしたちを? いったいなにを考えているの、シヴァン」
ティアーズが男の名前をさらりと言った。
彼女はあの男を知っているらしかったーーユシアは二人の顔を交互に見た。
「疫病神め......」
アルフィノは吐き捨てるように言ったーーその口調には侮蔑がこめられていた。
「シヴァン、なぜお前がここにいる? 目的はなんだ!」
ロレインが憎しみをこめた口調で〈エルスパーダ〉を背中から抜き、男に向けた。
「目的だと? おれのことはわかっているはずだろ、ロレイン。おれは〈デュナミス〉を持つ者に希望を与えたいだけだ」
ロレインのことを嘲笑うように男が言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。あいつはいったい誰なんだ? ティアーズ隊長たちはあいつのことを知っているのか!」
ランドが叫んだーーそして、ティアーズがゆっくりと口を開いた。
「彼の名前はシヴァン・アークナイト。かつて、わたしたちと同じ〈赤銅の剣〉であり、裏切り者ーー〈マリグナント〉よ」




