第二十一話 作戦会議
森の奥からシェルプール川に角笛の音が鳴り響いた。
戦闘は一時中断となり、帝国兵は森の中へと撤退した。
グレイモール王国の兵士たちも無理に追うことはせず、最後の一人が森の中に逃げて行くのを確認すると、こちらも野営地に戻る準備をはじめた。
ユシアはあれから父親と話していなかった。
リセスのことを聞きたかったが、アルフィノの三年経っても変わらない冷たい視線にその場にいることが耐えられなかったからだ。
野営地に戻る道中では、ティアーズが敵の〈青籃騎士団〉の一人を倒したユシアとレオナルドに労いの言葉をかけた。
「二人ともすごいじゃない。訓練を終えてから数ヵ月しか経ってないのに、〈青籃騎士団〉を倒すなんて」
「レオのおかげで勝てたんです。おれは手も足も出なくて......」
「そ、そんなことないよ、ユシア。ぼ、ぼくは見ていることしかできなかったんだから。ユシアの戦う姿に勇気をもらって、一歩踏み出すことができたんだ」
「謙遜なんてしなくていいのに。〈青籃騎士団〉は〈デュナミス〉を持っているわ。〈デュナミス〉を持つ者は一つの属性の魔法しか使えないけど、その代わりに訓練次第ではとても強力な魔法を使えるようになるの。だから、あなたたちが〈青籃騎士団〉の一人を倒したのは、偶然なんかじゃなく実力よ。自信を持って」
ティアーズは二人の背中にそっと手を添えた。
ユシアとレオナルドは彼女の言葉を素直に受け取ることにした。
なんと言っても、これほどの実力者から認めてもらえると言うのは嬉しかった。
ほどなくして、ルファとデルフィ、ランドも合流した。
ティアーズは三人の活躍をユシアとレオナルドに話して聞かせた。
デルフィは素早さで相手を翻弄し、ランドは誰にも力で負けなかったと言うことだった。
ルファはどうだったのかとユシアが聞くと、ティアーズは彼女は敵を圧倒していたと答えた。
訓練生時代からルファと手合わせすることがあったが、それは手強く、ユシアはいつもぎりぎりで勝っていると言う感じだった。
心の中では、ルファは手加減してくれているのではーーと思ったが、それをユシアが口に出すことはなかった。
だから、ティアーズから彼女の活躍を聞いても、ユシアは特に驚くことはなかった。
◆
野営地に戻ると、ユシアたちはすぐに一番大きな天幕へと行くように指示された。
身体に染みこんだ血と汗のにおいをどうにかしたかったが、ティアーズに促されては逆らうことができなかった。
天幕の中に入ると、真ん中には作戦会議で使用する机が置いてあり、その上には地図があった。
これで戦略を練るのだろうとユシアは思った。
机を挟むようにして二人の男ーーユシアの父であるアルフィノと、〈赤銅の剣〉の団長ブランドンが睨み合うようにして立っていた。
二人の後ろには、それぞれの部下の兵士たちも数名同席していた。
ただならぬ雰囲気をユシアたちは肌で感じていた。
どう考えても、和やかに話しているわけではないのは、その場にいる誰もがわかった。
「全員よく無事で帰ってきたな。初陣の感想はどうだ?」
ブランドンは入ってきたユシアたちのほうを見た。
しかし、全員疲れ切っていたためか、答える元気のある者はいなかった。
「みんなすごかったわよ。帝国兵相手に一歩も引かなくて。特にユシアとレオナルドは、あの〈青籃騎士団〉の一人を倒したわ」
ユシアには彼女がわざと天幕の中にいる全員に聞こえるよう、大きな声を出したように感じた。
「〈青籃騎士団〉だと! まさか、よく倒せたな」
ブランドンは驚いた表情を見せると、アルフィノの反応を見るためにちらりと横目をやった。
そう言えばーーとユシアは思い出していた。
はじめて〈雀の砦〉を訪れた時、ブランドンはユシアがアルフィノの息子だと知ると、なにか含んだような言い方をしていた。
過去になにかあったのか、もしくはただ単にアルフィノのことが嫌いなのかーーどちらにせよ、この二人の相性は悪いだろうとユシアは思った。
「そんなことどうでもいい。ブランドン、我々に手を出すなとはどういうことだ」
息子の戦果など興味ないと言わんばかりにアルフィノは話題を戻した。
「言葉のとおりだ、アルフィノ。ドルマルク帝国から〈青籃騎士団〉が出てきた以上、ここからは我々の仕事だ。お前たちはここに待機してもらう」
「待機だと! ふざけるのも大概にしろ。我々はグレイモール王国騎士団だ。貴様らのような身分のない、出来損ないとは違うんだぞ。我々には王国を守る義務があるんだ」
「お前がおれたちのことをどう思おうがどうでもいいことだ。敵が国内に侵入してきた場合、おれたちの行動が優先されるのはお前も知ってのとおりだ。それに相手は〈デュナミス〉を持つ〈青籃騎士団〉だ。お前たちが出て行ったところで、返り討ちに遭うだけだ。悪いことは言わん。ここにとどまれ」
「笑わせるな、ブランドン。貴様らは〈デュナミス〉とか言う呪われた力で、国のためと言いながら好き勝手に暴れているだけだ。そうでなければ、わたしの兄はーー」
アルフィノは突然、口を閉じた。
自分の父親に兄がいたと、ユシアはこの時はじめて聞いた。
〈デュナミス〉のことをこれほど憎むのは、父の兄が関係しているのかーーユシアはアルフィノの顔をじっと見つめた。
「お前がそれを言うのか、アルフィノ。たしかにお前の兄に起こったことは悲劇だった。だが、貴様がおれの弟にしたことも決して許される行為とは言えんぞ。おれはあの日からーー」
「二人とも、いい加減にして下さい。わたしたちは帝国を倒すために、これからどうするかを話し合うためにここにきたんです。過去の因縁は一先ず置いて、帝国への対策を考えましょう」
ティアーズが割って入った。
その口調からして我慢の限界だったようだ。
しかし、ユシアは帝国のことよりも、二人の関係のほうが気になっていた。
ブランドンの弟に、父であるアルフィノはいったいなにをしたのかーー先程のブランドンの表情からして、かなりの恨みを抱いているのは、ユシアにもすぐに察しがついた。
「ーー敵はグレンデルの森を抜けてきた。あの森には怪物の他にオークも棲んでいる。帝国が大人数で進軍していれば、オークたちを刺激し、戦闘になっていただろう。しかし、偵察部隊からはその様な報告はない。つまり、奴らは少人数であの森を抜けてきた。仮に別部隊が潜んでいたとしても、数はそう多くないだろう」
ブランドンは冷静さを取り戻したようだ。
「では、団長の意見は?」
ティアーズが姿勢を正した。
「グレンデルの森を抜けてきたのは意外だが、ここは我々の国だ。奴らに土地勘はない。少数精鋭で討って出る。グレンデルの森の中にあるオークの砦に誘導し、奴らを追い詰め、逃げ道を塞ぐ。そうなれば、オークは邪魔者を排除しようと、帝国軍に戦いを仕掛けるだろう」
ユシアはオークをこの目で実際に見たことはなかった。
本に書いてあったのは、耳は尖っており、鼻は潰れ、下顎からは鋭い牙が上に突き出ているーーと言うことだった。
「......いいだろう。だが、我々も行くぞ。貴様らでは森を火事にしないとも限らん」
アルフィノは〈赤銅の剣〉が火の魔法しか使えないことを揶揄した。
「好きにしろ。ただし、今も言ったように少数精鋭だ。いいな? アルフィノ」
ブランドンの言葉に返事をすることもなく、アルフィノは部下を連れ天幕を去って行った。
ユシアは少しでも自分を見てくれるかと期待したが、アルフィノが息子に目をくれることは一瞬もなかった。




