第十七話 非情な決断
ユシアはロレインの言葉をすぐには理解することができなかった。
「息子って、まさかーー」
「そう。この人狼の正体は村長の息子だ」
質の悪い冗談だと思いたかった。
ユシアは人間が呪われたり、人狼に噛まれたりすると、人狼になるということは知っていた。
そのことが今のユシアにとっては他人事ではなかった。
双子の妹のリセスも〈灰病〉と言われる病気にかかっている。
その病は人を衰弱させ、死に至らしめたあとで〈灰人〉と言う怪物へと変異させてしまう恐ろしい病気だ。
今、目の前にいる親子がユシアにとっては、自分とリセスに重なって見えた。
「なにをしている、ユシア。早く始末しろ」
剣を下ろしたユシアを見たロレインが言った。
「......できない。この人たちはおれと同じだ。おれとリセスと......」
「違う。お前の妹は怪物になっていない。だが、こいつは違う。人狼と化した以上、こいつは生きている限り殺戮を繰り返す。村の人間を皆殺しにしたあとは、外の人間も襲うだろう。そうなれば、死者は増え続ける。今、ここで始末しなければ被害は大きくなるばかりだ」
ロレインが正しい意見を言っていることは、ユシアにもよくわかっていた。
しかし、身体が反応してくれなかった。
頭では人狼を倒さなければならないと思っていても、心が動かなかった。
「頼む、見逃してくれ。たった一人の息子なんだ」
村長は懇願するように三人を見まわした。
「おれはーー」
ユシアが口を開いたその時だった。
「グガアァァァァァァァァッ」
突如、うずくまっていた人狼が自分を介抱してくれた村長ーー父親に牙を向き、襲いかかろうとした。
「危ない!」
ユシアは反射的に身体が動いた。
剣身に溶岩を纏った、自らの魔法剣〈エルスパーダ〉が人狼の心臓を貫いていた。
剣を引き抜くと、人狼はその場に崩れるようにして倒れた。
すると、全身を覆っていた体毛は薄くなっていき、身体は小さく、細くなり、人間の姿に戻っていった。
そこに倒れていたのは、ごく普通の青年だった。
「ああああああっ! ウィレム」
村長は絶叫し、目を血走らせながら、地面に倒れた息子の身体を抱き寄せた。
顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。
ユシアたちは、かける言葉もなく、その光景を眺めていることしかできなかった。
「よくやった、ユシア」
背中に剣を収めて、ロレインがユシアの肩に手を当てた。
「ロレイン、おれはーー」
「ユシア。次からは躊躇うな。下手をすれば、死んでいたのは仲間だったかもしれないんだ」
ロレインはユシアに顔を近づけて忠告した。
一瞬の判断ミスが、取り返しのつかない事態になるーー経験を積んできたロレインだからこその発言だろう。
「わかった」
「......ユシア、行こう」
ユシアの肩にそっと手を置き、ルファが優しく言った。
「なんてことをしてくれたんだ。お前はっ......お前たちは! わたしの......たった一人の息子が。ウィレム......ああああっ」
村長はもう息のない、息子を抱きしめ、ユシアたちを指差して罵倒した。
ユシアはなにも言い返すことができなかった。
もしも、怪物だったのがリセスだったと思うと、村長の気持ちがユシアには痛いほどよくわかった。
「村長、あなたはこれから裁判を受けていただくことになるでしょう」
ロレインは冷静だった。
「裁判って、どういうことだ?」
「村長は自分の息子が人狼だと言う事実を知りながら隠していた。それだけではなく、村人に被害が及んでいるにも関わらず、国への報告の義務を怠った。まぁ、わざと人狼に村人を襲わせていたんだろうからな」
「わざと? 村人を人狼に襲わせるって、なんでーー」
ユシアは言いかけて、自分の頭の中に考えるのもおぞましい答えが鮮明に浮かんだ。
「まさか、食料?」
「そうだ。国に人狼のことを報告すれば、自分の息子が殺されてしまう。それで、村長はこの事実を隠蔽しようとしたが、新たな問題が浮上したーーそれは、食料だ。人狼は人間を好んで食べる。村長は息子を生かすために、村人を襲わせたのさ。冒険者を雇ったのもそのためだ。金に目が眩んだ、弱そうな冒険者を森の中に誘き出して、息子の食料にしたんだ」
「......なんて酷い」
ルファは軽蔑するような目を村長に向けた。
「酷いだと? 酷いのは息子を殺したお前たちだろうが! わたしはただ息子を守りたかっただけだ。お前たちさえこなければ、息子は今も生きていたんだ」
村長は怒りを抑えきれずに喚いた。
「たしかに我々がこなければ息子さんは生きていただろうーーただし、皆に忌み嫌われる怪物として、だ。あなたの息子がどういった経緯で人狼になったのかは知らないし、聞く気もない。だが、一度人狼になれば、朝になって人間に戻っても、人狼の時の記憶は残ったままだ。殺人の衝動を抑えられず、人間を喰った感覚が身体に刻みこまれたままだ。息子さんは苦しんでいたはずだ。それはあなたにもわかるだろう?」
ロレインの言葉に沈黙が流れた。
ユシアは自分が村長の立場ならどうしていただろうと考えた。
やはり、リセスを守るために村人たちを犠牲にしただろうかーーいや、そんなことはしない。
なによりも、リセスが自分のために他人の命が奪われることを望むはずはなかった。
この先、例えリセスが怪物になってしまったとしても、自分が決着をつける。
そして、そうなる前に必ず万能薬〈エリクサー〉を手に入れてみせるーーユシアの決意はさらに強くなった。
「黙れ......お前たちに慈悲はないのか」
村長は絞り出すように言った。
「無慈悲こそが我々の慈悲だ。人だろうと怪物だろうと、国に害をなす者はすべてこの剣が貫く。それが我々、〈赤銅の剣〉だ。この力はそのためにある」
ロレインは村長を真っ直ぐに見据えた。




