第一話 呪われた少年
針葉樹の木々の間から、太陽の光が森の中に差しこんでいた。
草の中に身を潜めているユシアの赤い瞳の先には今日の獲物がいる。
鹿は自分が狙われていることなど知るよしもなく、草を食んでいた。
心臓の鼓動が全身に響き渡り、汗が少年の頬を伝う。
ユシアは震える身体を起こして、弓矢を思いっきり引き絞って狙いを定めた。
貫頭衣の長袖から、右腕にある翼の刻印が見える。
「今だ」
呟いたと同時に矢を手から離すと、矢は一直線に標的に向かって飛んで行った。
鹿は矢の風を切る音に一瞬反応して見せたが、すでに遅く、矢は鹿に命中した。
「やった!」
ユシアは思わず飛び上がって喜んだ。
鹿はなんとかして逃げようと試みるも、その努力も空しく、すぐに絶命した。
ユシアは倒れた鹿を見て、瞳を輝かせた。
少し、赤みのついた黒髪を揺らしながら、鹿に駆け寄り、すぐに矢を抜いて、鹿を肩に担いだ。
もう、十二歳にもなって鹿の一頭も獲れないのでは恥ずかしいと、ユシアは思っていた。
「これで父さんを送り出せるぞ。少しは喜んでくれるかな......」
ユシアの父アルフィノは街の領主であり、これから戦場に赴くため、しばらくの間家を留守にする。
そのため、ユシアはなにか父に贈り物をと考えて、鹿を狩りに一人で近くの森に来た。
鹿を担いだまま街に戻り、家の門を潜ると、そこにはすでに馬に乗って戦場へ行く準備を終えたアルフィノの姿があった。
「もう行くのですか?」
すぐ隣にはアルフィノの妻、リンダが不服そうな表情で立っていた。
「ああ。帝国が攻めてきているからな。この国のため、一刻も早く向かう必要がある」
アルフィノは胴衣の上にコートを着ており、背中には剣を背負っている。
すぐ後ろには、戦場について行く兵士たちの姿もあり、アルフィノと同じ格好をしている。
「父さん」
ユシアが声をかけると、アルフィノは侮蔑するような表情を息子に向けた。
「その腕を隠せ。愚か者」
アルフィノはユシアの右腕にある翼の刻印を見ながら言った。
ユシアは常々、その腕にある刻印を見せるなと、言われていた。
さっき狩りをしていた時、貫頭衣の袖を捲ったまま、戻すのを忘れていた。
「申し訳ありません」
ユシアは鹿を置いて、袖を戻して刻印を隠した。
「お前のその赤い瞳と腕の刻印は、特殊な魔力を持って生まれた者だけが持つ呪いだ。それを持つ者は普通に生活することを許されず、十二になると王の命により使者が来て、国境の最前線で戦う〈赤銅の剣〉に入らなければならない。そして、一生をそこで終えるのだ。このことがなにを意味するかわかるか?お前は長男でありながら、この家を継ぐことはできないと言うことだ。これがどれだけウォーロード家に泥を塗る行為か!」
アルフィノは吐き捨てるように言った。
いつからか、ごく希にユシアと同じ特徴を持って生まれる赤子が現れはじめた。
その赤子は一般に広く知られている魔法が使えない代わりに、ある特殊な魔法を使える魔力を持っていることがわかった。
通常の魔法は複数の属性があり、修行さえ積めば、誰でも覚えることができる。
しかし、ユシアと同様に特殊な魔力を持って生まれた赤子は、火の属性の魔法しか覚えることができない。
その代償として、より強力な魔法が使えるようになる。
「〈赤銅の剣〉は己の命を顧みず、最前線でこの王国のために戦い続けてくれている人たちです。おれはその人たちと一緒に国を守るために戦うことができて光栄です」
「黙れっ! それは昔からの定めだ。奴らの意思など関係ない。〈赤銅の剣〉は、一度入れば身分は関係ない。貴族だろうが、平民だろうが、無法者だろうがな。一度、その呪いを受けて生まれれば、戦いから逃げることは決して許されん。逃げた者の末路は知っているだろうな?」
「はい。逃げ出せば、全身から炎が噴き出て死ぬ」
「そうだ。だからこそ呪いなのだ。わかったら、わたしの前から今すぐ消えろ。跡取りにもなれん奴に用はない。近いうちに使者がお前を迎えに来るはずだ。そうなれば二度と会うこともないだろう」
ユシアにとって、それは胸の奥に深く突き刺さるような言葉だった。
物心ついた時には、すでに親の愛情を知らずに育ったとは言え、最後の最後まで息子としては見てもらえなかった。
溢れ出そうになる涙を歯を喰いしばって堪えた。
「おれだって、好きでこんな姿に生まれたわけじゃない」
誰にも聞こえないくらいに小さい声でユシアは呟いた。
「なんだ。まだなにかあるのか?」
アルフィノは汚物でも見るような目で自分の息子を見た。
「いえ。ご武運をお祈りしています」
「ふん。お前に祈られたら、わたしまで呪いにかかりそうだ。失せろ」
アルフィノは冷たく言い放つと、馬で駆けて出て行った。
兵士たちも続いて行くが、誰もユシアとは目も合わそうとしなかった。
「早く家の中に入りなさい。あなたはどれだけ、わたしたちに恥をかかせれば気がすむの」
母の冷たい視線がユシアに刺さる。
ユシアが人目に触れていると言う事実だけでも、アルフィノやリンダにとっては耐え難い屈辱だった。
「父さんが戦いに行くと言うので、贈り物をと鹿を獲ってきたのですが......」
「そんなものいりません。父さんが言ったでしょう? あなたからの贈り物なんて受け取ったら、わたしたちにも呪いがかかるわ。捨ててしまいなさい」
リンダはそう言って、召使いに鹿を処分するように命じた。
ユシアは持っていかれる鹿を肩を落としながら悲しそうに見ていた。
「ユシア」
リンダが去り際に振り向いて言った。
「あなたはこの家にいられるだけでも幸せだと思いなさい。使者が迎えに来れば、あなたはもうこの家の人間ではありません。いいですね?」
「......はい」
一人、その場に残されたユシアの頬からは、我慢していた涙が溢れていたーー。