第7話 婚約破棄ケース3~泥棒3姉妹の追い払い方②~
のんびり更新中です。
物腰柔らかなアイリスの本性が見え隠れする。
アイリスの言葉を『守りたい者の為なら何だって出来る』と解釈したリーフィアは、確かにその通りだと思った。
しかし、アイリスとリーフィアは、お互いに譲れない強い思いがある。その思いは共存する事が出来なかった。
話し合いではいつまでたっても平行線だと互いが知っている。
だから、リーフィアもアイリスも、最後の手段に出るしかなかった。
庭園に吹く風が強くなる。
リーフィアが杖を構えると、先に反応したのはミアとニーアムだった。
幼いながらも2人の少女は、魔女令嬢として牙を剥いた。
しかし、長女のアイリスは杖を構える事はせず、静観している。
「アイリスお姉さまを虐める痛い痛いバイ菌は、飛んでいけ~。痛いの痛いの飛んでいけ~」
「アイリス姉さまを邪魔する痛い痛いバイ菌は、飛んでいけ~。痛いの痛いの飛んでいけ~」
アイリスに気を取られていたリーフィアは、ミアとニーアムに隙を突かれてしまった。
魔法の呪文通り、リーフィアの身体は浮いて飛んでいく。
(――しまった)
リーフィアはアイリスを睨む。シューヴェルツ家の高い塀を越え、アイリスの姿が見えなくなるまで睨み続けた。
「ごめんなさい」
そんなアイリスの声を聞きながら――。
◇◇ ◇◇
「痛っ」
吹き飛ばされたリーフィアは、上手く着地する事が出来ずに、派手に転んだ。
「……リーフィア、何してるの?」
「あ、アデル!」
飛ばされた先で、リーフィアはアデルに会った。リーフィアは周りを見渡して、その場所を確認する。
「またロゼルに114回目の婚約破棄を言い渡されたのよ。それから婚約者と名乗るアイリスの妹たちに、魔法で飛ばされて……」
「……ここに?」
「そう……ここに」
その場所は、辺境の地でも郊外でも、中心地でもない。良く見慣れた場所だった。
最初はシューヴェルツ家の屋敷の入り口、堅牢な門に飛ばされた。一度は地面に足が付いたリーフィアの身体はまた浮き上がり、屋敷の塀を辿って最後は屋敷の中へ飛ばされた。
ミアとニーアムの魔法が拙かったのが原因である。
「――屋敷の外に飛ばされたのにも関わらず、こうしてまた屋敷に戻って来てしまったのよ」
「……へぇ、そんな事もあるんだね」
リーフィアはアデルを見る事なく、壁に向かって先程から話している。
アデルに視線を合わせない理由はただ一つ。
ここがシューヴェルツ家の一部屋分の広さを持つ「お風呂場」だからに他ならない。
飛ばされてきた直後は仕方なくアデルの裸を見てしまったリーフィアだったが、次第にいたたまれなくなりソワソワしている。
「ごめん、もう行くわね」
「待って」
勢いよく水音がした後、アデルは何一つ隠さない裸のままの姿で、リーフィアに近付いた。
外に出ようとするリーフィアの腕を掴む。捕まれたリーフィアは、後ろを振り向く事も出来ずに立ち止まった。
「俺も一緒に行く」
「ア、アデルは茶番を見たいだけでしょう?」
「それもあるけど、相手が複数いるなら俺も加勢出来るかもしれない」
姿は見えなくても、リーフィアは目をギラギラさせているアデルの姿を容易に想像できた。
「と、とりあえず分かったから、手を離して頂戴。あと、服も着て。期待しないで……庭園で待っているわね」
アデルの手をすり抜けて、リーフィアは急いで出て行った。
普段とは違うリーフィアの可愛い反応を見て、アデルは満足気に笑った。
◇◇ ◇◇
廊下をリーフィアが走っていく。
ロゼルと同じ顔をしたアデルの裸姿が、未だリーフィアの目に焼き付いている。
それが原因で挙動不審になるリーフィアは、シューヴェルツ家の床を賑やかに鳴らしていた。
(――アデルの裸を見てしまった事、ロゼルには絶対に言えないわね)
秘め事を抱きながら、リーフィアはもう一度庭園へ戻った。
庭園には3姉妹たちとは別に、もう1人背格好の良い人が並んでいる。
それはロゼルの姿だった。背の高い2人が並んでいると、とても絵になる。
ロゼルの前ではアイリスはとても可愛らしく微笑んでいた。
「あんな笑顔も……出来たの」
そんな感想をリーフィアは漏らした。
リーフィアが近付くと2人の妹たちはそれに気付いて、あからさまに嫌そうな顔をした。
リーフィアに文句を言おうとミアは口を尖らせた。それより先にロゼルの声が届く。
「まだ出て行ってなかったのか? 今すぐ出ていけ!」
「あっ、私が言おうと思ったのに……。と、とにかく、早く出て行きなさいよ!」
「ミアに同感。ニーアムもそう思う」
ロゼルの後ろからも援護射撃の言葉が飛んでくる。
しかし、リーフィアはただ目の前にいるアイリスだけを見据えた。
リーフィアの取った行動は一つ。アイリスと2人だけで話せる場所を作っただけ。
「野望を持つ花は閉じ込められる」
その言葉と共に、うるさい外野はいなくなった。アイリスは感心しながらリーフィアに近付いてくる。
「2人で話せる機会を与えてくださり、感謝していますわ」
「……貴女はもう魔法を使えない、そうよね?」
「ええ、気付いていましたのね。元々魔女の血が薄いので、記憶を改竄する魔法を使ったら、魔力はなくなってしまいました」
「そこまでして……得たかった婚約者の座、なの?」
「……もう私たちにはもう、行く所がないですから。でも、最後に夢が見られて良かった」
「……」
「そんな顔をしないでください。同情は惨めになります」
2人の妹を守りたいという想いは、アイリスの心を気高く保っていた。
雨に打たれようが、風にさらされようが、ひた向きに咲く花のようにアイリスの心は美しかったに違いない。
しかし、アイリスは道を誤ってしまった。もっとやり方を模索するべきだったとリーフィアは残念に思っている。
だから、アイリスの事をリーフィアは同情しなかった。
その代わり、今のアイリスの状況を理解できるのは自分だけだと思っている。
絶望的な目も、縋りたい気持ちも、帰る場所がないという孤独感も、全部リーフィアも経験してきた事だった。
雨に濡れた身体も、泥にまみれた肌も、一部だけ白くなってしまった髪の毛も、全部本当にあった過去の事。
経験しているからこそ、同情はしないのだとオッドアイの双眸で訴えた。そこに言葉はなかった。
最初は猜疑心を強く持っていたアイリスの瞳が、段々と見開いていく。
「――まさか貴女も……私と同じ思いをした事が? 公爵家の令嬢だと聞いていたのに、どうして……」
「名前に囚われてはいけないわ。公爵家、名門、名高い貴族、貴族の青い血、そんな言葉に踊らされては駄目。貴女ならそれを知っている筈よ」
「…………そう。私の負けね」
アイリスは敗北を認めると、手に持っていた杖の先に付いた宝石をリーフィアに渡した。
「もう魔力は残ってはいないけれど、魔女の私達にはこれさえも使い物になるわ、そうでしょう?」
「ありがとう。それと私からのアドバイス。見捨てる神もいれば、拾う人間もいるわ」
「…………」
「それに貴女には頼もしい妹が2人もいるわ。一人じゃない」