第6話 婚約破棄ケース3~泥棒3姉妹の追い払い方①~
早朝、温かい日差しが窓を叩く。
リーフィアが目を覚ますと、隣にはもうロゼルの姿はいなかった。
眠たい目を擦ると、視界がだんだんはっきりしてくる。欠伸を一つ、両腕を上に伸ばせば、それだけでリーフィアは覚醒した。
リーフィアが起きて一番にする事は、自分の身体を見る事だ。
何も身に着けていない身体を確認すると、ブランケットに包まる。
「う、うん……」
リーフィアは頬を赤く染めた。
何も身に着けていないのはいつもの事だ。ベッド横に脱ぎ捨てられた服が落ちているのも、通常通り。それよりもリーフィアが驚いたのは、体中に付けられた痕だった。
愛された証拠がたくさん付いていた。
「いつもより多い……」
リーフィアは昨日の夜の営みをリアルに思い出せた。ロゼルの息遣いに、愛の言葉。それ以外の事も。
リーフィアがロゼルに初めて乙女の純潔を捧げたのは、数か月前の事だ。
初めての夜は、神様に逆らうような気持だった。結婚しなければ出来ないと思っていたその行為が、リーフィアには後ろめたかった。
緊張して、泣きそうで、嬉しくて、怖かった。色々な感情が降ってきた。
だから、初めてのそれは全部ロゼルに身を任せた。優しく優しくしてもらったのだ。いつ結婚できるのだろうと思いながら。
リーフィアは、その時ほど受けた呪いを呪った事はない。
それからは、時間があればリーフィアとロゼルは愛を確かめ合っている。呪いを掻き消すように。
「思い出すと恥ずかしい」
そう呟いたリーフィアは、次の瞬間扉を見た。近付いて来るその足音に、リーフィアは最悪の展開を想像する。
ブランケットを取り去って、落ちている服を拾おうとした。
リーフィアの予想通り、激しい音を立てて開けられた扉の先には、険しい顔をしたロゼルがいた。
「リーフィア、お前とは婚約破棄す――――。ま、まず服を着ろ」
114回目の婚約破棄宣言で、ロゼルの視線が泳いだのは初めてだとリーフィアは思った。
その反応をリーフィアは愛おしく思っている。それでいて、喜劇だと。
今日も変わりなく、またここから始まるのだ。リーフィアは、ネグリジェで丸裸の自分を隠した。気まずそうにロゼルが視線を外して待っている。
「昨日ベッドの上で貴方に愛された私は、今日貴方に婚約破棄されるのよ。おかしいわね、ロゼル」
リーフィアは小さな声でそう言った。もちろん、ロゼルにはその声は届いていない。
暫くリーフィアがロゼルを見つめていると、その視線に耐えかねたロゼルが言った。
「10分待つ。その間に服を着て出ていけ」
閉ざされた部屋を見ながら、リーフィアは急いで着替えた。
それから、銀の棒を片手に持ち、勢いよく部屋を飛び出した。
◇◇ ◇◇
シューヴェルツ家の屋敷はとても広い。リーフィアは、未だに迷子になる。
ロゼルの父――ローウェン・シューヴェルツとその妻アナの好意で、リーフィアはこの屋敷に居候している身だ。将来妻になるリーフィアを彼らは快く受け入れてくれている。
アナは「貴女とロゼルが結婚する日を楽しみにしているわ」と会う度にリーフィアに話しかけてくる。
ロゼルの両親とリーフィアはの仲は、とても良好だった。
だからこそリーフィアは、「婚約破棄」を破棄させなければいけないのだと強く思っている。
夫妻には知られたくないと思っていたし、例え魔法で記憶を誤魔化せたとしても、極力それをしたくないとも常々思っていた。
リーフィアが庭園に着くと、背後から3つの影が近付いて来た。
それに気付いたリーフィアが振り返り、顔を確認する。今回の騒動の張本人たちだとすぐに気が付いた。
「貴女がリーフィア様? 私、3姉妹の長女、アイリスと言います。ロゼル様と先程婚約を誓い合った仲になりましたので、ご挨拶をと……」
「やるじゃない、アイリスお姉さま。さあ、この魔女令嬢をさっさと追い出しましょ。今から私たちがこの屋敷に住むんだから」
「フフッ、ミアの言ってる事正しい。ニーアムも協力する。アイリス姉さまの邪魔はさせない」
その個性豊かな3姉妹はそう挨拶をした。
アイリスと名乗った3姉妹の長女は、不思議な雰囲気を纏っている。ふわふわの緩いウェーブのかかった髪は、その物腰柔らかい彼女に良く似合っている。
2人の妹を気に掛けるような仕草も特徴的だった。
妹の一人、ミアと呼ばれた少女は、アイリスとは違い、はっきりとした口調で物事を言う。勝ち気で無遠慮なのは、彼女の生い立ちと関りがある。
もう一人の妹は、ニーアム。個性的な喋り方をする少しばかり陰気が漂う少女だ。
まだ幼い2人の妹を連れているアイリスを見て、リーフィアは3姉妹の事情を探る事にした。
「帰る家がなくてロゼルを狙ったの?」
「そうよ、少しぐらいくれたって良いじゃない! だってリーフィアの実家は、資産家で名高い公爵家。恵まれ過ぎよ!」
まだ幼い顔をしたミアは、鋭い言葉を投げかけた。苦労して生きてきた事が、その年若い顔に張り付いている。
そのミアの頭を長女のアイリスが優しく撫でた。
「ごめんなさいね、リーフィア様。ミアも悪気はないのよ。ただ苦労してきたから……」
「ニーアムも苦労した。ミアだけじゃない」
「そうだったわね。2人共良い子」
そんな3姉妹の愛を目の当たりにすると、リーフィアもただ追い払うだけでは心苦しくなった。
今までの泥棒令嬢たちとは違う扱い難さがある。
「アイリス、貴女は妹たちの為に愛のない結婚が出来るというの?」
「もちろんです」
「……どうして?」
「可愛い妹たちの為だもの。その為なら何だって出来る。リーフィア様もそうしょう?」