第4話 婚約破棄ケース2~泥棒イタチの追い払い方②~
殺気立っているリーフィアの前を女中が通る。
リーフィアはその女中に話しかけると、ドレスを貸して欲しいと頼んだ。
真っ先に女中は、この夜会の主催者であるエイブラムス家の夫人に指示を仰ぎに行った。
女中から話を聞いた夫人はリーフィアを見ると、笑顔でこちらに向かって来た。
「貴女の事は聞いているわ。ロゼルが嬉しそうに話してくれたから。ドレスでも何でも借りて頂戴。娘が昔使用していたものが残っているから」
それだけ言うと、忙しそうにまたどこかへ行ってしまった。
リーフィアは、顔の広いロゼルのおかげでドレスを借りる事に成功し、ひとまず安心した。
それから女中に手伝ってもらい、替えのドレス着替えた。
ついでにお気に入りのドレスの染み抜きを女中に頼んだ。
◇◇ ◇◇
「少しだけ派手だけど、たまには冒険もいいわね」
普段ならこんな華美なドレスは選ばないと心をソワソワさせながら、リーフィアは夜会が開かれている大広間に戻った。
中に入ると、厭悪の情に顔を染めたロゼルがいた。
開口一番に、
「リーフィア、お前との婚約を破棄する! この夜会を最後にもう二度と会う事はないだろう」
凛とした声が響き渡る。
さすがに113回目なのだからと肝に銘じていたリーフィアも、詰めの甘い考えをしてしまう事がある。
その瞬間が今だった。
ドレスに着替えアデルから杖を貰えば、この婚約破棄を言い渡される前に魔法を解く事が出来る、と考えていたのだ。
しかし、一足遅かった。皆の前で宣言されてしまったのだ。まだロゼルとリーフィアが婚約している事さえ知らない人も沢山いたのに。
手を打たなければ噂は瞬く間に広がり、明日の話題は専らリーフィアとロゼルの婚約破棄の事だろう。
この不意打ちは、リーフィアの心に傷を残した。同時に、古傷が痛む。
さらに、乱暴な言葉は続けられた。
「代わりに、俺の隣にいるムーリエと婚約する!」
「ヒュー、今日の主役はお前だ! この色男!」
「キャー、ロゼル様ったら罪な人。 次の次でいいからぜひ私を婚約者にしてぇー」
周りの雰囲気は、暗くなるどころか熱を上げている。噂好きな人達が群がって来た。
リーフィアの気持ちもお構いなしに騒ぎ立てたが、ドレスを貸してくれたエイブラムス家の夫人だけは、信じられない面持ちでじっと見つめていた。
こんな事があっても、リーフィアはロゼルの事を露ほども嫌いにはなれなかった。
悪いのは、泥棒令嬢だと知っているからだ。
断罪されるべきなのは、ロゼルがリーフィアに婚約を破棄するよう仕向けたムーリエなのだと――。
周りの人間を楽しませないように、リーフィアは真っ直ぐロゼルとムーリエを見据えた。
涙を見せる事も、俯く事も、屈辱的な顔をする事も絶対にしないと心の中で反芻する。
取った行動は一つ。観客が目を惹く程の笑みを湛えただけ。
すると、リーフィアの溜め込んできた魔力が反応するように疼いた。
「リーフィア、ごめん。少し遅かったようだね……」
申し訳なさそうに、アデルが声を掛けた。「大丈夫」と返事をしたリーフィアを見て、アデルは心苦しくなった。
いつも問題ばかり引っ提げて、リーフィアを困らせるロゼルが腹立たしい――それがアデルの心中だ。
リーフィアを友人ではない立場で支えたいのに、その役割を持たない自分を恨む気持ちもある。
今のアデルに出来る事は、リーフィアの隣に立つ事だけ。
「ありがとう、アデル」
銀の杖を受け取ると、リーフィアはムーリエを見た。ムーリエは挑発するように鼻で笑った。
「何だ、その銀の棒は……。まさか――」
観客の声が聞こえたが、リーフィアは気にせずに銀の棒を掲げた。
「時計の針は、猫の口の中へ」
すると、リーフィアとムーリエ以外の時間は止まった。
やかましい声も、乱暴な言葉ももう聞こえない。聞こえる音は、リーフィアに近付いて来る靴音だけ。
「ねぇ、ロゼル様の事、譲ってくれない? もう貴女は十分婚約者の立場に居座ったじゃない」
「お断りよ、泥棒イタチ」
「い、イタチって私の事!? 言ってくれるわね――遊び好きの蔓は、捕まえるまで逃がさない!」
女としての色気が漂う泥棒イタチが、魔法を唱えた。
すると無数の蔓がリーフィアに襲いかかる。リーフィアを捕まえるまで蔓は伸び、どこまでも追いかけて来る。
面倒だと思ったリーフィアは、さっさと決着を付けようと銀の杖を構えた。
しかし、ムーリエは先読みして、リーフィアの攻撃に合わせてきた。
「猫の言葉はひっくり返る」
「アルバガロス――」
リーフィアだけの魔法は、やはり最強だった。
ムーリエの杖は弾かれて、地面に落ちた。折れた残骸が床に散らばる。
「これが噂のアルバガロス……?」
「そうよ、これは私だけの魔法。貴女みたいな令嬢を叩き伏せ、追い払うためだけに作った……」
「あらぁ~? 今日の私って冴えてるかもしれないわ。貴女より伊達に生きていないわよ」
「…………?」
「昔、泥棒猫って呼ばれた令嬢がいたらしいの。その令嬢は、ロゼル様の婚約者を引き摺り下ろして、婚約者の座に居座ったみたいじゃな~い?」
「……何が言いたいのかしら」
「それが貴女じゃな――」
その言葉を最後に、ムーリエの動きは止まった。
リーフィアは魔法の言葉も口にはしていないし、銀の杖も動かしてはいない。
ただそのオッドアイの双眸をムーリエに向けて、見つめただけ。
「馬鹿ね……。私の過去なんて思い出さなければ良かったのに――」
憐れむような眼差しでムーリエに近付くと、リーフィアは銀の棒をくいっと下に向け、何度も唱えた。
「アルバガロス、アルバガロス、アルバガロス、アルバガロス、アルバガロス!!!!!私に関する全ての記憶を消して、この魔女の力を全部奪え!!!」
叫びにも似た悲しい声が大広間に響いたが、その声を聞いた者は残念ながら誰もいない。
綺麗に磨かれた床に染み二つ。それを靴で踏み付けてしまえば、何もなかった事になるのだとリーフィアは思い込んだ。
その大広間の時が動き出したのは、それから随分経った後だった。
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