第3話 婚約破棄ケース2~泥棒イタチの追い払い方①~
首都ミリオネアのとある屋敷で、夜会が行われていた。
それに出席しているのは、シューヴェルツ家の双子の兄弟、ロゼルとアデルだ。その隣にはもちろんリーフィアもいた。
豪華絢爛の内装と華やかな雰囲気に、リーフィアの心は少しばかり興奮していた。もちろん、夜会は煌びやかな世界だけではない事をリーフィアは知っている。それでも心は弾んでしまうのだから仕方ない。
「リーフィア、後でダンスを一緒に踊ろう。それまではアデルと楽しんで。俺はクロム卿に挨拶しに行くから」
リーフィアの返事も聞かずに、ロゼルは颯爽と去っていった。
「挨拶しに行くなら、リーフィアも連れて行けばいいのに。婚約者だと知らしめる良い機会じゃないか」
「……クロム卿は、いやらしい目と言葉で女性に接するから、ロゼルはそれが嫌なのよ」
「へぇ……。ロゼルなりに色々考えているんだ。ま、俺には関係のない事だね」
夜会の利点は、人脈を作り、出世の足掛かりを作りたい者には絶好の機会ではある。情報もたくさん入手出来るという利点がある。上手く立ち回れば、それは財産に繋がる。ロゼルもそれをよく弁えていて、夜会へは頻繁に足を運んでいた。
そんなロゼルとは反対に、アデルは目に見えて分かる程に退屈そうな顔をしていた。自分には関係がない――と心を閉ざしている。
長男のロゼルはシューヴェルツ家を継ぐ者としての責任感を持っているが、次男のアデルにはそれがない。アデルより1分先に生まれたロゼルは、アデルの事を弟としてではなく、対等な存在として扱っていた。だけど、アデルはそれが面白くない。だから、自分とは関係のない事として全てを済まそうとする。
「アデルには気になる女性はいないの? ほら、あそこにいるソフィア嬢はどう?」
「うーん、イマイチだね。可愛くない」
「失礼ね、アデルは。高望みし過ぎなのよ。私から見たらすごく可愛い令嬢なのに」
「そうかな? それは見た目だけだよ……」
「えっ? どういう意味?」
リーフィアの目に映ったのは、冷え切ったアデルの目。アデルの目には、リーフィアと同じものは映っていなかった。リーフィアよりも人間の本質を映していたのである。心臓の近くに黒い靄があれば、それは人を傷付ける感情があるという証。アデルの目には、人間がそんな風に見えている。
ソフィアにもそれがあるとアデルは知っているから、アデルの目は増々冷えるばかりだった。反対に、それを知らないリーフィアは、アデルが何を考えているのかちっとも分からない。
「それはそうと……あれはいいの?」
アデルが指差す先には、ロゼルがクロム卿と話す姿があった。クロム卿の隣には、一人娘の令嬢が佇んでいる。ロゼルを見つめる令嬢の目は、恋に落ちるようなそれと同じだった。令嬢は黄褐色の髪色で、原色の派手なドレスを着ている。ロゼルの好みではない露出の甚だしいドレスを纏っていた。
リーフィアはあからさまに顔色を変える事はしなかったが、その代わりに少しだけ眉根を寄せた。
その令嬢は豊満な身体を巧みに使い、頻繁にロゼルにボディタッチをしている。それに対して明らかに困っている様子をロゼルは示していた。
クロム卿の手前、無下に扱う事が出来ないから、尚更厄介だった。
見ているだけしか出来ないリーフィアの心に変化があったのは、それから数分後の事。
視界が一瞬乱れると、景色が不自然に変わっている事に気付いた。
「まさか……」
「ロゼルの様子が変わったね。鼻の下を伸ばしてデレデレと……見苦しい。心よりも身体が反応しちゃったかな?」
「アデル……馬鹿言わないで。あれは魔法。誰かが記憶を改竄する魔法を使ったのよ」
「それってクロム卿の一人娘の事? 杖を持っているようには見えなかったけどね……」
「杖を隠していたか、見えないようにする魔法を使ったのかも……」
「……リーフィア、キミの杖はどこに?」
「預かり室よ。取りに行ってくるわ」
「いや、俺が取りに行くよ。リーフィアは――」
アデルは段取りについて話し始めた。
こういう時のアデルは、とても手際が良いとリーフィアは思っていた。
ロゼルにも劣らない、的確な指示を出せる人間だと。
アデルが普段からそういう姿勢を見せていたら――そんな想像に思いを馳せるだけで、リーフィアは嬉しくなった。
友人のアデルが皆から認められるのは、とても誇らしい気分になる。
しかし、アデルは絶対にそうしない。リーフィアの期待を裏切り続ける。
面倒なのか、二番手でいたいのか、遠慮しているのか、本当の事は誰一人として知る由もない。
「――、リーフィア、聞いてる?」
「……私とした事が聞き流してたみたい。わざとじゃないのよ」
「……余裕だね。俺が杖を取りに行くから、そのドレスの着替えを借りておいでって言ったんだよ」
「着替え?」
リーフィアは、着ているドレスに目を向けた。
派手過ぎず、地味過ぎず、色合いもリーフィアに丁度いいドレスだ。ロゼルがリーフィアの為に作らせたドレスだから、当然と言えば当然である。
このドレスに袖を通す前から、お気に入りのドレスだった。
しかし、そのドレスの胸元には元々なかった別の色が混ざっている。
「これは葡萄酒の色……。時間を止めている間に、私のドレスを汚したのね。宣戦布告、受けてたとうじゃない」
「――杖を持ってくる。その間にリーフィアは着替えを……」
アデルの目は生き生きとしている。先程までの退屈で死にそうな目はもうどこにもなかった。
リーフィアはそんな現金なアデルの背中を見送ると、ドレスの胸元をそっと触った。
リーフィアが左右色の違う双眸を怒りの色に染め上げると、夜会の雰囲気はその瞬間だけ緊張感に包まれた。
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