第2話 婚約破棄ケース1~泥棒ネズミの追い払い方②~
気分転換を兼ねて、練習用に書いたお話です。ゆっくり更新します。感想お待ちしております。
杖を折られ、魔力を奪われた泥棒ネズミのユリナは、「魔力を取り戻して、絶対に復讐してやるからぁ~」と捨て台詞を吐きながら、リーフィアに背を向けて全速力で帰っていった。
魔法で記憶が改竄させられているロゼルは、逃げ出したユリナの後を追う。それをリーフィアは止めようとしたが、手を払いのけられてしまった。
魔法を解く暇もなく、ロゼルの姿は見えなくなった。
「今回も面白い茶番だったね」
ただ一人の観客は、そう感想を述べて笑った。
ロゼルとそっくりな顔をした男は、アデル・シューヴェルツだ。ロゼルの双子の弟で、性格も全然違った。目の前の修羅場に目を輝かせながら、特等席を陣取るのがアデル。ロゼルならそんな真似はしないし、気遣いも見せる。顔は似ていても、そういう性根は全く違っていた。
「アデルと一緒にいると、婚約破棄を言い渡される頻度が高くなる気がするのよ。気のせいかしら?」
「リーフィアはロゼルの婚約者だし、必然的に会う機会が多いからね。それに俺は、キミの秘密を知っている唯一の友人だよ? そんな言い方は心外だね」
「……腐れ縁の間違いだと思うけど」
そう言うと、リーフィアは席に座る。リーフィアがアデルに目配せすると、喜んでアデルも席に座った。台無しにされたティータイムは、こうして簡単に再開する事ができた。
リーフィアがアデルに先程相談していた事は、贈り物の事。ロゼルの誕生日が間近に迫っていても、贈り物の内容が決まっていないリーフィアは、アデルに助けを求めた。ロゼルの贈り物を何にしようかと悩み過ぎて、知恵熱を出すくらいにリーフィアは困っていたのである。
「俺の誕生日でもあるけど?」とアデルが催促すると、リーフィアは自信満々に言った。
「アデルの贈り物はすぐに決まったのよ」
「へぇ。悩む事なく決まったのなら、リーフィアは俺の事をロゼルよりもよく知ってるね」
アデルは笑顔を作り、諸々の気持ちを隠す事なくそう言った。ロゼルに対する嫉妬心や対抗心を匂わせて、それをリーフィアにぶつけるアデルだったが、反応は芳しくなかった。
リーフィアは、アデルの言葉よりも紅茶のおかわりに興味を向けている。
それがアデルの気持ちに火を付けている事も、リーフィアは全く気付いていなかった。そういう所も可愛い。アゼルがリーフィアに抱く感想はそんなところ。
「おい、リーフィア。ユリナに何をした!」
そこへティータイムをぶち壊す言葉が、また飛んでくる。
魔力を失ったユリナは自分の事で手一杯、ロゼルの相手が出来なかった。それを理解出来ないロゼルは、真相を探りにまた庭園にのこのこ戻ってきては、怒号を浴びせた。
しかし、リーフィアはまたおかわりの紅茶を優先させた。リーフィアの所作は美しく、紅茶への愛が感じられる。「マーベラの入れた紅茶が一番美味しい」と女中を褒めちぎると、リーフィアはやっとロゼルを見上げた。
ユリナの杖が折れても、まだロゼルの魔法は解けていない。
普通の魔法は、杖が折れたら効力は切れるが、特殊魔法は魔法を解かない限り効力は続くという厄介な魔法である。記憶を改竄する魔法もまた、特殊魔法の一つだった。リーフィアと作り上げた思い出が、ロゼルの頭の中でユリナに置きかわるという厄介な魔法だ。ユリナの魔力がなくなっても効力は続く為、魔法を解かないといけなかった。
(少しだけ、名残惜しい……)
普段は優しいばかりのロゼルが、こんなにもリーフィアに敵意を剥き出しにして怒っている。
そんな光景は今回を含め112回と見てきたリーフィアだったが、全く飽きる事がないと心を掴んでいた。
泥棒令嬢にはほとほとうんざりしていたが。
それに、リーフィアは良く知っている。
ユリナの為にロゼルが怒れば怒る程、リーフィアへの愛が深いという証明にもなるという事を――。ユリナの名前をリーフィアに置きかえれば、それが本来の日常に丁度良く収まるのだ。
「無言か……。やはり、魔法でユリナに何かしたのだな。お前が高貴な令嬢と言えど、その流れる血は魔女そのものだ。汚らわしい――」
その言葉に反応を見せたのは、リーフィアではなくアデルの方だった。
鋭い双眸は冷ややかで、犯しがたい殺気を含んでいる。握り締めた拳はよく観察すると微かに震えていた。アデルの心の中は、まさに闇。覗き見る者全てを引き込んでしまう、底のない入れ物だった。
そんなアデルが「ロゼル、それは――」と、反撃の言葉を口にしようとした。
その前にリーフィアの手に遮られてしまったが――。
「ロゼル。高貴な令嬢の血は、その祖先を辿るといずれも魔女に辿り着くのよ。それはどの令嬢も等しく。違いがあるのは引き継いだ魔女の血の濃さだけ」
「そんな事は知っている。俺が言いたい事は、お前の血だけが汚れているという事だ。とにかく、お前とはもう――」
「記憶よ、音色を響かせよ」
リーフィアの杖は銀色の棒。先端に小振りの宝石が付いている。宝石に亀裂が入っている事に誰も気付いてはいないのは、それ程リーフィアの魔法は美しくて強いから。誰も先端の宝石など目もくれない。
「あ……俺は一体……」
「ロゼル、大丈夫?」
「ああ……。リーフィア、教えてくれ。俺はまたキミに迷惑をかけただろうか?」
「……そうね。また令嬢ホイホイ体質の所為で、婚約破棄を迫られたけど」
「令嬢……ホイホイ!? でもその、すまなかった。婚約破棄するつもりはこれっぽっちもない。俺が好きなのはリーフィアだけだ」
「分かってるわ」
ロゼルの目は素直で、リーフィアへの愛を隠さなかった。外野が恥ずかしくなる程、真っ直ぐに愛の言葉を伝える。例えそれが112回目の事だとしても。
誰にも入り込む隙などないように見える2人だが、これからも幾度となくこういう事は起きると断言出来る。それは、ロゼルの心には生まれつき隙間が空いているからだ。だから、誰でも簡単にロゼルの心に入り込めてしまう。魔女の血を引く令嬢は、それを見逃さない。令嬢ホイホイ体質になるのは、そんな理由からだ。
2人のそんなやり取りをアデルは一歩外側で見ていた。その時のアデルの心情を形容するのは何とも難しい。正しい記憶に書き換えられたロゼルを見て、アデルはそっと呟いた。
「お帰り、ロゼル」
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