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第1話 婚約破棄ケース1~泥棒ネズミの追い払い方①~

気分転換を兼ねて、練習用に書いたお話です。ゆっくり更新します。感想お待ちしております。

 

「リーフィア、お前とは婚約を破棄する! 金輪際シューヴェルツ家には関わらないでくれ! 顔も見たくない!」


 シューヴェルツ公爵家の長男、ロゼル・シューヴェルツにそう言われた時、リーフィアはシューヴェルツ家の広い庭園でティータイムを満喫していた。

 紅茶の匂いで心を満たしながらシューヴェルツ家の仲の良い友人に、とある悩み事を相談していたところである。


 しかし、たった今ロゼルの怒号で優雅なひと時は終わりを告げた。


 リーフィアの視線は一瞬だけ横に移しロゼルを見たが、すぐに視線を目の前のティーカップに移した。

 紅茶の温度や茶葉、ティーカップにもリーフィアなりのこだわりがある。冷めた紅茶は絶対に口にしないし、いつも同じ茶葉しか飲まない。濃厚な青色と金彩の花柄が入っているティーカップをいつも使っている。

 紅茶にはうるさいリーフィアは、ロゼルの返事よりも先に紅茶を飲み干す事にした。


 最後の一滴が喉元を通り過ぎるまで待つ。たっぷり余韻に浸ってから、感情を昂らせているロゼルを見上げた。


「……ネズミに言われたのね。私との婚約を破棄して欲しいと」


「ね、ネズミ!? ユリナの事か、失礼なッ! ユリナはお前と違い清楚で可愛くて、品のある女性だ。ネズミはお前の方だろうっ!」


 酷い暴言を吐かれても、リーフィアは至って冷静だ。

 涙が地面に落ちないように堪えた顔になる事も、泣き喚いて汚れた顔になる事もなかった。復讐を誓い屈辱に満ちた顔になる事も当然ない。


 婚約破棄を告げられる前と同じ表情をしていて、背筋を正して座っている。

 しかし、その落ち着いているさまはどんな行動よりも威圧感があった。


 リーフィアの取った行動は一つ。手に持っていたカップをソーサーに戻しただけ。

 それが外側から見たリーフィアの全てだ。



 しかし、リーフィアの心の中は意外と饒舌だった。


 今の状況が昔読んだ本の内容に似ていると思いながら、事の顛末が本と同じにならない事を残念に感じていた。一回でいいから本の主人公のように王道を進みたいと思いを馳せている。

 そこから飛び火して妄想や考え事はさらに膨らんでいた。

 

 リーフィアの心の中は、表現豊かだったのだ。


 話題が尽きない程に言いたい事があるリーフィアだったが、それを表に出す事はしなかった。

 口を結び、庭園の花のように黙っている。


 リーフィアの真横に立っているロゼルもまたリーフィアと同じ姿勢だった。

 体裁を気にするロゼルは後腐れなく婚約を破棄したいと考え、律義にも返事を待っている。


(あの物語のように振舞う事が出来たら、もう少し可愛くなれたかもしれないわね)


 リーフィアの手はテーブルクロスの上のティーカップ、ではなくその隣に置いてあった物を掴んだ。

 冷めた紅茶やそれの渋みを飲ませたい相手ならいたが、それをしないのはロゼルのためだ。

 婚約破棄を言い渡されようと、リーフィアはいつでもロゼルを一途に想っている。


 颯爽と立ち上がると、リーフィアは右手で掴んだ物をロゼルの横に向けた。

 その「物」とは、手のひらよりも少しばかり大きな銀の杖。


「風よ、全てのものに色を与えよ――」


 凛としたリーフィアの声が庭園の風と共に駆け巡る。

 憎しみの目を向けていたロゼルはその姿に不覚にも目を奪われた。


「魔女の魔法……」


 ロゼルは眉をひそめて呟いた。


 高貴な令嬢の血筋を辿るとその正体は例外なく魔女である。

 生まれ持つ血の濃さは人それぞれだが、余程薄くない限り大抵の令嬢は魔法が使えた。

 多くの令嬢は魔女の血を引き継いでいる事を知っているが、大半の男性貴族はそれを知らなかった。


 男性優位の社会では女性が出しゃばる事を嫌がる傾向にある。現に爵位も財産も男性が継いでいた。

 そのため令嬢たちは男性とは違う土俵で、密やかに魔法を使い争っている。


 普段のロゼルは魔女の事を知っていて、当たり前のように受け入れていた。

 しかし、記憶を改竄する魔法がかけられている時は記憶に歪みが生じ、知っている事を忘れてしまう時がある。また、記憶を改竄されたロゼルは魔法を使うリーフィアを毛嫌いした。


 リーフィアは、そんなロゼルに対して柔らかく微笑んだ。


「ロゼル、隣にいるのが泥棒ネズミ?」


「隣?」


 リーフィアに促されロゼルは隣を見遣った。

 ロゼルの左後ろに隠れるようにして立っているユリナがいた。ユリナは純黒の長い髪を持つ可憐な令嬢で身長はリーフィアよりも低く、守ってあげたくなるような華奢な身体からだ付き。露出の少ない清楚なドレスは、ロゼルの好みを知り尽くしている。上目遣いでロゼルを見ているユリナの瞳は、朱色だった。


「隠れていてごめんなさい。ロゼル様が本当に婚約を破棄してくださるのか気になり、付いてきてしまいました♡」


「ユリナ……。あれ程危ないからと言い聞かせたのに」


「ごめんなさい、ロゼル様」


 ユリナの瞳は、許される事が当たり前だと信じ切っている。

 ユリナの性格はとても単純だ。ロゼルの言い付けを守る気がない事も、謝ってはいるが反省する気がない事も、その朱色の瞳を見れば全部書いてある。

 そういう所が自身の魅力であることを知りながら、利用しているのだ。優しい目尻は警戒心を解く武器になる。そこに感情の水を溜め込めば、涙となって周りの者を意のままに操る道具となる事も、ユリナには計算済みだった。


(その目元だけは羨ましい……)


 つり目のリーフィアとは違い、笑わなくても優しく目尻が下がっている。

 普通にしていても「怒っているの?」と聞かれてしまうリーフィアには、それだけで負けたような気になった。

 生まれ持った容姿を比べても、どうしようもない事はリーフィアにも分かっている。しかし、リーフィアはこの自分のつり目が好きではなかった。


 リーフィアにとって羨ましい顔付きのユリナは、リーフィアと目が合うと丁寧に挨拶をした。


「リーフィア様、申し訳ありません。ただ手続きの事もあるので、婚約破棄の承諾を頂きたいのです。そうしたら帰りますから……」


 ユリナが視線を下げて俯く。その動作の中で一瞬だけ口角を持ち上げて、にやりと笑ったのをリーフィアは見逃さなかった。

 ユリナに対して警戒心を強める。


 ひりつくような緊張感の中で風を読み、リーフィアとユリナはタイミングを待っていた。

 2人の間を一枚の枯れ葉が動けば、それはもう合図だった。


「記憶の言葉よ、落ち葉と共に散れ」


「アルバガロス――」


 記憶を成す言葉が、無数の落ち葉と共に散っていく――はずだった。

 記憶の言葉を乗せた落ち葉が散れば、リーフィアの記憶は散り散りに消えていく運命にある。


 しかし、リーフィアの魔法「アルバガロス」は、ユリナのそれよりも強かった。ユリナの杖を簡単に弾き飛ばし、折ってしまう程に。口は半開き、目は見開いているユリナの顔は、メッキが剥がれたように崩れて落ちた。

 真金しんきんせず――真金とはリーフィアの事であり、ユリナは本物にはなれなかった。飾り立てているユリナは聡明かつ美しい「魔女令嬢」になれる器を持ち合わせてはいなかったのだ。


 ただ、ユリナは「アルバガロス」の魔法が既存の魔法に千手ほど加えてある事を見破った。


「なっ、何なのよ、その魔法は! ドロドロして気持ち悪いし、流れるような魔力の旋律が一つもないじゃない!」


「……これは私だけの魔法よ。ロゼルの記憶を改竄し、婚約を破棄しようと目論む貴女たちを追い払うためだけに作ったのよ」


「杖を折って魔力を奪うつもり? この同族殺し!!」


「仕方ないでしょう? 貴女で112人目だもの。ロゼルに婚約破棄を言わせた泥棒令嬢は……」


「ああ、腹立つ~!! 公爵家に嫁いで……安定生活が……私の夢だったのにぃぃっ!!!」


「残念ね。でも、私の婚約者を取ろうとする貴女がいけないのよ」


 そう言うとリーフィアは折れた杖に近付いた。使い物にならない杖にも役割はある。杖の先に付いている宝石は、魔力が込められている宝石だ。リーフィアはユリナの宝石を手に取ると、「ごちそうさま」と呟いた。その瞬間、ユリナの宝石はリーフィアの宝石に吸収されて消えてしまった。


 怒り狂うユリナの髪色は、魔法が解けて純黒からネズミ色へと変わっている。

 清楚で可憐なユリナはもういない。そこにいるのはメッキが剥がれた平凡な少女の姿で、唯一羨ましいと思った目元はきつくつり上がっていた。

 

 もうその顔を羨ましいとは思わない。


 リーフィアは静かに微笑した。姿勢を正し口を結んだ姿はつり目のせいで少し怖いが、内面は饒舌。今日も攻防戦に勝ち、ロゼルの婚約者の座を守れたのだと大喜び。


(あと何人撃退すればいいのかしら……)


 これは婚約破棄を突き付けられたリーフィアが、婚約破棄を仕向けた泥棒令嬢たちを叩き伏せ、追い払うお話なのだ。

読み終えて「頑張って」や「続きは?」と思った方は、ブックマークや広告下の☆☆☆☆☆☞★~★★★★★にして評価宜しくお願いします。正直な感想に飢えてます。

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