彼女と雲行き
「ナイゼルさん格好良かったなぁ!」
「わかります!ティアさんも本当に憧れます」
「それにドリューさんの風魔法とキアンさんの火魔法の連携、凄かったぜ!」
テオとハリーが声を揃えて讃えるのは、先日村に運ばれて来た冒険者達だった。「星の陽炎」を名乗る彼らは、S級冒険者だったらしい。ミゲルの提案で、彼らの怪我が完治するでの合間、テオとハリーは鍛錬をつけてもらっている。ふたりが鍛錬を終えて楽しそうに彼らの話をする姿は、本当に微笑ましいものだった。
こういう時、自衛をできないサリサとユーリはいつも安全な場所で待機している。下手に近寄って身を危険に晒してしまった時に、守る術を持たないからだ。ユーリは男であるが故に不甲斐なさを感じているようだが、サリサはユーリが一緒に居てくれるだけで嬉しかった。ひとりでただ待たされていたのでは、寂しかったに違いない。
「何があっても、ユーリんとこのポーションがあれば怪我もあっという間に治るもんなぁ!これならバンバン成長できるぜ!」
「正確にはサリサのポーションですけどね。ティアさん達も褒めていましたよ。王都でも滅多に目にかからないくらい、効果の強いポーションだって」
「ユーリの用意してくれる薬草がいいからだよ」
「それは嫌味か?俺はただ薬草畑で薬草採取してるだけだって」
「それでも、主に世話をしてるのはユーリでしょ?ユーリのハーブだから、効果があるんだよ」
「ふふ、じゃあふたりの共同作業のお陰ですね」
「ハ、ハリー…!」
わたわたと慌ててハリーの口を塞ぎ、ユーリはサリサに振り返った。「仲良いね」なんて笑うサリサに少しだけ落胆しながらも、意図が通じなかったことに安堵した。ハリー伝てで気持ちが伝わるなんて、情けな過ぎる。
「でも、そんなキアンさん達があんな傷だらけになるなんて、どんな魔獣だったんだろうね」
「あー、それな、結構ヤバイことらしいぜ」
「ヤバイ?どういうことだ?」
ユーリの表情が暗くなる。冒険者はC級で一人前と呼ばれるようになり、B級ならある程度依頼を選べるようになる。A級なら栄誉と言えるだろう。S級ともなれば国命を受けることもある、言わば冒険者ギルドのトップだ。そんな彼らが森の近くで倒れていたとなれば、只事ではない。
「今、王国と帝国が冷戦状態だろ?キアンさん達は森の中で魔獣討伐中に帝国の奴らと鉢合わせて戦ったらしいんだ。帝国は魔術師が多いって言うから、結構苦戦したみたいだぜ」
「帝国が?関所を越えてるのか?」
「森の中にいたってことは、そうなんだろうなぁ。流石にこんな森の奥までは来ないだろうけど、帝国が入り込んでる以上、戦争になるかも知らないって」
「戦争…」
サリサとユーリは顔を見合わせた。この森の中に帝国兵が居るのだとしたら、この森は戦火に包まれることだろう。そうなれば村は焼かれ、多くの人間が死ぬことになる。このテオやハリー、ミゲルは確かに属性持ちだが、村人の多くは属性なしだ。対抗する術など持ち合わせていない。
「それってヤバくないか?」
「だから言ったじゃん。ヤバイんだって!」
避難するにしても、この深い森を村人全員で抜けるのは厳しい。馬車を用意している時間はあるのか、体力は持つのか…泡のように浮かんでいく不安は、簡単に拭い去ることは出来なかった。
「国境が近いとはいえ、帝国の人は違う世界の人みたいに思ってたけど…」
「あぁ。そうも言ってられないよな…」
サリサに続き、ユーリは頷く。ユーリは属性なしながらに自衛できるが、村人達を守る自警団に入れるほどの武術は心得ていない。帝国と王国の冷戦状態は、先代から続くもので、今では帝国と関わらないという暗黙のルールの下、治安を守って来たのだ。実は帝国が脅かしつつあるなどと言われても、まるで実感がなかった。
「今ミゲルさんがキアンさん達から話を聞いてますから、村長がどうするか決めるんだと思います。ただ、あまり時間はないかも知れませんね…」
この村を離れることになるのか、戦火に巻き込まれることになるのか。続かなかったハリーの言葉の先が、サリサの頭の中を駆け巡る。戦争なんて、なんだかんだ起こらないものだと思っていた。両国にとって、利のあることではない筈なのだ、と。
「少し、荷物まとめた方がいいのかな?」
「あー…、うん。………そうだな…」
ちらり、ユーリはキャビネットを見た。常にそこに置かれている二連のバングルが、鈍く光っている気がした。
「……私達も帰って、少し荷物整理しておきましょう。サリサも、心の準備をしないといけないでしょうし」
テオは小さく頷いて、ハリーと共に外に出た。冷めた紅茶が、時間の経過を物語っている。
「…俺も手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。ありがとうユーリ」
「そっか。…じゃあ、俺も帰るよ。何かあれば、すぐに言うんだぞ。サリサはすぐ溜め込むから」
「大丈夫だよ。心配し過ぎ」
ユーリは申し訳なさそうな顔をしていたが、サリサはその顔をさせたことを申し訳なく思っていた。ずっと一緒にいる幼馴染みなのだ、きっと気持ちもわかっているのだろう。
この村を離れると言うことは、この村に埋められた両親とも離れるということ。冒険者として名を馳せた両親は、戦火に鎮むことになるということ。しかし、だからと言って亡骸を連れて行くことは出来ない。
もし村長がこの村を離れると言えば、自分だけここに残るなんて自殺行為を許すはずがない。それに、きっとそれは両親が望まない。
「……ごめんね」
バングルを両手に握り締めて、サリサは呟いた。