彼女とティータイム
香りの強いハーブティーは好みが分かれるが、ハリーはサリサの淹れる紅茶が好きだった。道具屋で働き、着実にユーリの嫁としての道を歩んでいることは、村の中では周知の事実である。サリサ自身にその気はなくとも、サリサとユーリは結婚するだろう、と誰もが思っている。
それはハリーも同じで、今もこうして目の前で紅茶を楽しむサリサは、同じ女の自分から見ても可愛らしくて守ってあげたい存在だ。
「本当に、サリサの淹れる紅茶は元気が出ますね。狩りの疲れなんて吹き飛んじゃいますよ」
「ふふ、お疲れ様。ハリーはいつも大活躍だって、ミゲルさんが言ってたよ」
「矢に水を纏わせるのにも慣れて来ましたから。えへへ、ミゲルさんに評価してもらえるのは嬉しいです」
青い瞳を細めて、ハリーは心の底から喜んでいるようだった。ミゲルは優秀な炎の属性持ちで、森を焼かずに炎を操ることのできる繊細な魔力操作が可能な自警団の団長である。若くして年上の自警団を纏めるミゲルは、ハリーの憧れでもあった。
「まだおかわりありますか?」
「もちろん。私の紅茶で良ければいくらでも」
「ありがとうございます。ふふ、本当に癒されるます」
普段は男に負けじと弓を引くハリーだが、本来はまだ親の保護下にある少女だ。歳の近いサリサと談笑するのは、楽しみのひとつである。
「そういえば、今日は道具屋はいいんですか?」
「うん。ほら、森の中で倒れてた人達がいたでしょう?ダリアさんがあの人達の面倒を見るから、お店開けられなくて」
「そうですか。まぁお店開けた所で、今日は誰も道具屋には来ないですよね、だから私もお休みなんだし」
数日前、自警団が森を探索中に偶然見つけたのは、4人の旅人だった。上質な衣類ですぐに貴族か属性持ちであることは予測できたが、身元の分からない人間であることに変わりはない。傷だらけで倒れていたことから魔獣に襲われたことは分かるが、怪我人とは言え信用に足る人間とは限らない。警戒のため、自警団が警備にあたりながら、大人達が旅人の世話に当たっている。
属性なしのサリサやユーリはもちろん、ハリーやテオのような子供は、安全のため旅人達に近づかないようミゲルから指示が出ていた。
「でも、こんな辺境に何しに来たんでしょう?」
「うーん、何もない村だし、魔獣もいるからね…。盗賊なら狙いを間違えたよね」
「そうですよね。それであんな風に死にかけてるんですから、笑えませんよね」
「地理に詳しくない人達からしたら、この森は迷路みたいなものだもんね」
村人でも、夜中では道に迷うような深い森である。属性なしのサリサは自分が森を散策するのは自殺行為だと自覚しているため、森に入ったのは一度きりだ。それでも、薬草を摘むために薬草畑に行けば、それなりに森には近づくし、その鬱蒼とした森の姿はよく目にしている。陽の光が射し込むことも少ないような森だ。足場も悪いとハリーが愚痴っていたのは記憶に新しい。
「まさに迷いの森、なんて…」
言いかけて、ハリーは口を閉じた。誰かが扉を叩いたのだ。顔を見合わせて、首を傾げる。サリサの家に入るのにノックをするような人間は、村人の中にはいない。声をかけるか、テオのように無遠慮に入って来るか、そのどちらかである。
窓枠から人影は確認できなかった。
「…私が出ますね」
「でも…」
「念の為ですよ。それに、危険人物だったら、ユーリが真っ先にサリサの所に来るはずですから」
村人でない以上、無力な自分よりハリーに任せる方が良い。自分が弱いことを自覚しているから、サリサは了承するように頷いた。せめてもの反撃のために、そっとポケットに手を伸ばす。自衛用のトゲ玉が、指先に触れた。
「やぁ!君がサリサかな?」
明るく、人好きするような大声が響く。呆気に取られたハリーを見て、青年はニカッと笑った。
「君のポーションのお陰で助かったから礼を言いたくて来たんだ。ありがとう!」
「キアン、彼女達ビックリしてますよ。…すみません、キアンは突っ走る所があって。頭以外は悪い奴ではないので、大丈夫ですよー」
「あははっ、ティアは上手いなぁ!」
「いや、彼女はハリーだ。サリサは奥にいる」
「!ミゲルさん。では、この方達は…」
案内人としてやって来たのだろう。少し疲れた様子のミゲルは、頭痛を鎮めるように額に手を伸ばした。そして、ひとつ大きく息を吐く。
「ハリーの察しの通り、彼らは例の怪我人達だ。王都で冒険者をしているらしい。サリサにポーションの礼をしたいと言うから連れて来たんだが、入っても良いだろうか?」
「でも、ただポーションを作っただけですし」
傷を癒すポーションは、珍しい者ではない。薬師ならば誰もが作るものだし、市場にも多く出回っている。ここヴェルノでは道具屋でしか取り扱っていないが、冒険者に礼を言われるような代物ではない。
「そんなことありません。私達はあの時確かに死を覚悟していました。それがポーションで短期間にこんなに回復するなんて…。あなたは優秀な薬師なんですね、本当に助かりました」
にこりと笑って、ティアがサリサに手を伸ばす。そして、きょとんと首を傾げた。
「あら?もしかして…、あなた属性なしですか?」
「あ」
しまった、とサリサは思った。王都といえば、属性なしへの差別が強いと有名だ。彼女達が王都から来たのならば、属性なしの作ったポーションなど、屈辱でしかない。どんな罵声が飛ぶのか、と身を縮めると、ティアは更に顔を近づけた。
「……へぇ、よく見たらグレーの瞳なんですね」
「え、っと…」
サリサはドキッとした。本来、属性とは瞳の色に表れている。炎なら赤、水なら青、風なら緑、土なら黄。そして、属性なしは黒。色素の薄いグレーの瞳は、サリサのコンプレックスでもあるのだ。それを指摘されて、内心穏やかではない。
「本当だな。見たことない色だ」
「……まぁ、いいです。とにかく助かりました。ありがとうございます」
「いえ、どう、いたしまして…」
ティアが引き下がり、サリサはホッとする。本当に礼だけ述べて踵を返すキアンとティアの背に、サリサは長い溜息吐く。指先のトゲ玉が、チクッと指に刺さった。