彼女と幼馴染み
傘のように葉の隙間から零れ落ちる陽光が、鬱蒼と茂った緑の絨毯を明るく照らしている。小鳥が唄い、草花が踊る間を、清らかな水がすり抜けて流れてゆく。天には筆をあしらったような雲が広がり、薄く伸びて消えてゆく。
忘却の村・ヴェルノ。
そこは大陸の遥か北、冒険者すら寄せ付けぬ緑のトンネルを抜けた先にある小さな村だ。村人達は対外的な交流はほとんどなく、村の中で畑を耕し、川魚や動物の命に感謝して暮らしている。この小さな村では子供がひとり産まれれば、村をあげての大騒ぎとなるような、優しい村である。
ヴェルノには幾つかの家々と、教会、宿屋、道具屋しか存在しない。決して楽な生活ばかりではないが、豊かな自然のお陰で生活に困窮することはなく、ほとんどの村人がこの村で生まれ育っている。
「サリサは本当に、調合が好きなんだな」
「私にできるのはこれくらいだから」
道具屋の片隅でサリサの調合する姿を眺めながら、幼馴染みのユーリはカウンターに腰掛けた。慣れた手つきですり潰されてゆくハーブから、柔らかい香りが漂っている。
そんなふたりの様子をやきもきした思いで見守るのは、ユーリの母のダリアだ。狩猟で夫を亡くしてから女手一つで育てた男は、好きな子に想いも告げられずただじっと見つめることしかできないのだ。それを静観するだけの余裕があるのは、サリサとユーリが「属性なし」だからである。
元々この世界には、属性持ちと属性なしが存在する。魔力を持ち、火水風土いずれかの属性を持つ者を属性持ち、魔力がなく属性を持たない者を属性なしと呼ぶ。人間のほとんどが属性なしではあるものの、世界は属性なしに厳しい。属性持ちは有能者として国に招集され魔法を学ぶ一方で、属性なしは国には全く相手にされない。属性持ちがエリートなら、属性なしは叩き上げ。余程の実力がない限り、優遇されることはない。この差別はこの世界に長く続くものであり、だからこそ属性なし同士が結ばれることは少なくないのである。
「ほら、ユーリも手伝っておくれ。サリサばっか働かせるんじゃないよ」
「あー、もうっ、…わかってるよ」
がしがしと乱暴に頭を掻いて、ユーリは商品棚に陳列を始めた。僅かなポーションと毒消し草、麻痺止め薬、魔物除けの鈴。品揃えは少ないが、自然豊かなヴェルノ村では、怪我人も多く需要は高い。
森に入れば動物は多いし、草花の中には毒を持つものもいるのだ。だからこそ、道具屋を営むダリアは、ユーリがサリサと結婚することを心待ちにしている。薬作りが好きなサリサが嫁になれば、後継ぎとしてこんなに頼もしいことはない。ダリアの密かな楽しみでもある。
「それが終わったらふたりで散歩でもして来な。どうせ夕方にならないと客足もないからね」
「それって、また怪我人が出るってこと?」
「そりゃそうだよ。幾ら属性持ちでも、魔獣相手に無傷なんてことはないからね」
「…大怪我は、して欲しくないですね」
「……ま、アタシら属性なしは、自警団と狩人に依存するしかないからね。無事じゃないなら、いい薬を出すだけさ」
魔力を持つ動物・魔獣は、ヴェルノの周辺に良く現れる魔物だ。その量は多くはないそうだが、決していないわけではないし、魔獣の相手は属性なしにはできない。ただ守ってもらうことしかできないのだ。
「今日はハリーとテオも狩猟に参加してるから、きっと大丈夫だよ。アイツら、水と土の属性持ちだし」
「それもそうだね」
「ほら、テオがまたお菓子を強請りに来る前に、さっさと仕事終わらせよう」
歳の高いハリーとテオは、ふたりの幼馴染みだ。属性持ちとして村の期待を背負うふたりは、自慢であり羨望対象でもある。
テオがお菓子を頬張る姿を思い出して、サリサは笑った。食いしん坊な彼のことだ、きっと狩猟が終わったら真っ先にここに飛び込んでくる。そして、腹減ったと快活に笑うのだ。
それが、彼女の日常なのだから。