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第三章 Dealake broa Huriam (自由への旅路)-1

「で、お嬢さん名前は?」


「九番の、事、でしょうか」


 当然のように少女には名前はなかった。たださっきまで九番だったから九番と名乗ったのだ。その声は先ほどの「おいしかった」という言葉ほど抑揚も無い。


「名前がないのか……生まれた時に親からつけてもらったの、覚えてないのか?」


 少女は喋らなかった。覚えていないも何も、彼女は自分にそのような存在が居たと思ったことがない。少女は昔「お前はゴミ箱で生まれたんだ」と言い聞かされたことを少しだけ思い出す。


 呼ばれ方はいろいろあった。小鹿とか、奴隷とか、九番もそうだし、便所とか豚もある。そのどれかが正解なんだったら、どれを言えばこの人が喜んでくれるだろうか。


 少女は久しぶりに何かを考えたような気がした。リドムはそれを察したかのように少女の思案を言葉で遮った。


「いや、いい。そうだな……名前……」


 リドムはうーん、と顎を人差し指の背に乗せて考え、脳内にリーシャという名前が浮かぶ。


「リーシャ……?うん、じゃあリーシャなんてどうだ」


 名前を提案したからと言ってリドムにこの少女の面倒見る気はさらさらない。もちろん危険な森に一人で送り出すなんて考えていないし次の街までは送る。


 それからそこで仕事を探してやるくらいはしてもいいと思っている。幸いここには宝石や金塊も溢れているのでしばらく生活には困らないほど拝借できるだろう。


 そうやって広がる世界の中でこれから人間として自由になるのだから、名前を持って好きに生きられるようにという手伝いをする程度に考えている。


 だがまだ少女は理解しかねていた。「ナマエ、リーシャナンテドウダ」その言葉の意味がよくわからない。だからじっとリドムの目を見つめて、どうすれば罰を受けないかを考えていた。


「えっと、自分の名前にするんだ。リーシャ。俺がリーシャって呼んだらそれはお嬢さんの事ってわけ。これからどこかに行って、自分の事を紹介するときに『私はリーシャです』って言えるようになるんだ、わかるか?」


「リーシャ」


 少女はなんとなく呟いたその言葉はこれまで発したことのない素敵な言葉のような気がした。


「そうだリーシャ。君はこれからリーシャだ」


 そうして新たに少女はリーシャと名付けられた。どうしてリーシャだったのかはわからないが、素晴らしくぴったり合う名前だ。


「理由も何も……響きもなんか良いしな」


 何かの病気でも持っているかのように、またもリドムは一人で呟く。


 それをリーシャはいよいよ不思議がっている。この人は一人で何を喋っているのだろう。自分の知らない何かがあって、それと会話しているのだろうか。いやきっとそうだろう、リーシャは自分に対して価値を感じたことがなかったし、この世の何よりも劣っていると教え込まされてきたから、そうなんだと認識した。


 だからこそリドムの独り言に対して不思議がることはあっても、それを怖がったり警戒するようなことはありえない。自分にわかることが少ないという事を知っているから、リドムの独り言についても「自分では知りえない事」だと思うのみだ。


「あぁー……リーシャ、声だよ。この声、聞こえないか? 俺についてもそうだし周りの事を色々と話している声が響いているだろう? リーシャが不思議がってることも言ってる。知らない声だけど、近くで喋ってる声だ、こいつに対して言ってるんだよ」


 リーシャは耳を澄ませた。声を聞こうとしていることがわかったリドムはそれを聞かせるために自分も黙ることにする。


 そこで聞こえてくるのはたいまつの火がパチパチと爆ぜている音。それと外で風が吹いたか、穴倉に風が流れてソーという独特の反響音が聞こえてきた。


 その反響音は聞いていると強弱が緩やかに変わって、同時に音程も小さな変化を聞かせる。それが自然の奏でる音楽とまでは言わないが、静かに聞いていると何かが迫ってくるような感じがして背筋に寒気を覚えた。


「ほら、今俺が思ってたんだ。音程はあるけど音楽じゃないよなって。そういう、俺や君の思考とか周りの様子を解説してるやつがいるだろ? 声、声」


 寒気に震えたリドムはまたきょろきょろ辺りを見回しながら、指で上の方を示す。そちらから聞こえてくると訴えているのだが、リーシャにはそれが何のことだか全くわからなかった。


「え、聞こえない? リーシャの事も話してるだろう?」


 リーシャはだんだん追い詰められるような感情を覚える。もしもここで聞こえないと言ったらそれはこの人の意に反して、また嫌なことをしなければならなくなるのではないか。だからどう返答したらいいのかわからなくて、俯きながらいつ殴られてもいいよう舌を守るため少しだけ食いしばった。


「リーシャ、俺は殴ったりしない。正直に言っていい。声は聞こえないんだな……?」


 確かめるように顔をあげたリーシャは不安げにゆっくりと頷いた。


「聞こえないのか……やっぱり……俺だけに聞こえてる? まるで頭に刷り込まれるみたいに……」


 リドムには妄想癖があったのか、それともやはり頭を殴られたせいで何かのねじが外れてしまったか、そんな妙なことを言う。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんやかやで面倒見良さそうなので、ずっと面倒見ちゃう気もします。
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