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二章 Kriesforgis Lucleids (目覚め)-4

「ふ……ふはは! 驚かせるなよワンボ! お前は無敵だ! やっちまえ! ほら!」


 一瞬焦りを見せていたボスがそんな風に檄を送るのだがワンボは一歩動いただけで固まってしまう。


「ぼ、ボス……」


「ワンボ?」


「い、いぎが……できね……ひゅ……ぐげ……」


 長い腕を自分の喉にあて、その異常の正体も知らぬままワンボは絶命までの短い時間、走馬燈を見ながら頭の奥で信頼してくれたボスへの感謝と、与えられた任務を果たせなかったことへの無念を同時に浮かべる。その想いは無念に塗りつぶされ、悔恨を頭一杯に満たして絶命した。


「本物だ……この声」


 リドムは倒れたワンボではなく、また自分の頭上や周りをきょろきょろ見ながらそう言った。その行動はボスにも見えていたはずだが、無敵の用心棒が倒れたことで気に留める余裕はない。


「わんぼぉぉぉ!!! お前!!! うそだろぉぉ!!!?」


 わなわなと震えながら大声で頭を抱える。八百長で決めた勝ち確定大穴試合に投じた全財産が何かの間違いで吹っ飛んだような気持ちで頭の中が真っ白になっている。だがその目前でこちらに向き直ったリドムのおかげである程度冷静さを取り戻し、スッと銃を向けた。


「てめぇよくも……ワンボをやりやがったな!こいつはなぁ!悲しい奴なんだよ!俺が」


 ボスはリドムを倒そうという思考は戻ったものの、長年の相棒が殺されたことに気持ちの高ぶりは抑えられなかった。彼の中で数々の思い出が蘇ってくる。


 このボスが若かったころに親から捨てられた十歳のワンボを拾ったこと。


 そして同情から住処を提供していたこと。その中で当時所属していた組織に些細なミスで集団リンチに合わされていた時、その場に出くわした十二歳のワンボがそいつらを皆殺しにしてくれたこと。


 その時にこいつとなら天下を取れると独立を目指したのだ。そんな夢を共に歩――「うるさいぞ!!聞きたくない!」――んできたワンボが殺されてしまった悲しみは言辞に表せない。


 リドムはボスの言葉を遮るように、ナイフを持つ腕で空を振り払った。ボスは怒りに顔を染め、所持している拳銃の照準をリドムの胴体に定めた。


 頭部だとまた避けられるかもしれない、一発でも当てて動きを止めて何発もぶち込んでやる! そんな考えから急所は捉えていなかった。


「バカだな! 弾は入って無いぞ! 弾薬くらい常に管理しろ!」


「なに?!」 


 リドムの言葉を確かめるように数回トリガーを引いてカチャンカチャンと間抜けな音のみが発されるを確認した後、シリンダーをオープンして弾薬をポケットから急いで取り出している。


「遅いッ!」


 走り抜けたリドム。ナイフ一本で切り抜けた様子は鷹が獲物を一瞬にして捉えるかのような速さだ。


 喉を裂かれたボスはワンボと同じような音を出して絶命して、その光景を見ていた下っ端たちはワンボが負けたことで勝ち目がない事をわかっていた。


 一目散に逃げだしているものもいるし、リドムとワンボとの戦いを途中から観戦したものも含めて全員リドムに戦いを挑む気は失せ、散り散りに穴倉を出ていく。


 追って全員倒すほどの元気はないリドムはゆっくりと息を吐きながら壁に寄り添って少し休憩した。


「俺の言葉には答えてくれないのか?」


 相変わらず空虚に質問を投げかける癖はここでの目覚め以降抜けないが、今はゆっくりと息がつける事で気持ち穏やかではあった。遠くで野盗たちが互いに声を掛け合って逃げていく声が聞えてくる。


「空虚にって……まぁ聞こえてはいるって事か。すごい鬱陶しいけど……はぁ、とりあえず、剣……」


 こうして穴倉内を一掃したリドムは悠々と穴倉内を探って自分の道具を取り戻す。その上である程度の物資を袋に詰めて、傷の手当と腹を満たすことにした。


 内部を探るうちにわかったのは、ここは奴隷商も行われていたらしい事。最初に逃げて行った男は顧客だったのだろう。ともすれば野盗というよりも小さな犯罪組織だったのかもしれない。


 入り口付近の大部屋には五人の少女がとらわれており、リドムは怯えた彼女たちをすぐに解放し、武器と地図を持たせて近くの街を教えて送り出す。彼女たちは商品として五体満足であり、飲食もしっかり出来ていたらしいことで人としての強さが失われていなかった。


 何より拉致奴隷だ、奴隷の子や捨て子がなる『身寄りのない完全な奴隷』ではなく、彼女らには家族も友達もいる。いわば奴隷の一歩手前の状態にある少女たちで、家に帰れば元の生活に戻れるのだ。


 一刻も早く自宅へ帰りたいという彼女らの気持ちを尊重し、リドムは彼女らになるべく良い装備を持たせて送り出した。


 ボスの持っていた拳銃もしっかり六発の弾丸を込めて渡したし、実際彼女たちはこの後残党に遭遇するも返討ちにしてしまう。


 彼女らを送り出して、この穴倉に簡単な外敵の侵入警報機を取り付けていると、リドムは地下牢の事を思い出した。


「地下牢のことを"思い出した"? ……あっ、そういえばもう一人いたか……しまったな」


 小走りで地下牢へ向かうリドム。さっき見た時はシルエットだけだったが、ランタンを持って照らせばわかる。息をしているのかすらわからないほど体は動かず、ただ膝を抱えて座る人間の瞳だけがじっとリドムを見つめている。


「おい君、……えっと、もう出られるぞ」


 返事はなかった。それどころか動きすらしない。言葉がわからないのだろうか、それとも自分を野盗の一人だと思っているのかもしれない。


 リドムは怯えさせないようにゆっくりと剣を外し、ランタンだけを持って近づいていく。光が人間の姿をゆっくりと照らしていくことで、ようやく正体を視認することが出来た。


「あぁ……」


 リドムは思わず吐息のような声が漏れた。あまりにも痛々しい姿をした少女がただじっと座っていたからだ。年齢はわからない。十五前後か、もう少し高いにも関わらず栄養失調で成長していない二十歳という可能性もあるし、絶大な心労から大人びてしまった十歳の子供かもしれない。


 少女本人すら朝と夜以外の時間という概念を失念しており、最早年齢を確かめることは誰にもできないだろう。


 体は傷だらけで、ぼろ布のような服の間からは何かに打ち付けられたような傷跡が見える。蛇が走っているような傷に擦過創、首には絞められたような痕も残っている。幸い顔は頬に傷がある程度で体ほど傷ついていなかったが、光を失った瞳から内面に大きな傷を負っていることは簡単に把握出来た。


「おいで、出よう。もうこんなところにいる必要は無い」


 手を差し伸べるリドム。引っ張って行くようなことは出来ないと思って彼女が手を取ることを望んだし、いつまででも待つつもりだった。


 だが少女はただ視線を向けるだけで動こうとしない。数分そのままでも、少女はまばたきの数すら制限されているかのように、ただじっとしていた。


 リドムはどうしたものかと思いながら膝をつき、それでも怯えないように声をかけながら手を伸ばし続けた。


 それを何時間続けようとも少女は死ぬまで動くことはないだろう。そのように調教されているし、その瞳で得た情報はほぼ切り捨てられている。


 彼女にとっては「ただ動いているものを見ている」だけなのだ。その少女はこれまで命令を貰わなければ思考すら許されないという環境にあったのだから。


 リドムはそれを理解する事なく、ただ少女が怯えぬようにと間抜けに手を伸ばし続けている。自ら空腹を訴えることも出来ない少女には体力の限界も迫っているが、リドムにはそれがわからなかった。


「腹が減ってる?……あぁもう、怖がらないでくれよ」


 心変わりしたリドムは少女をひょいと抱え上げて上の食料庫に連れていくことにした。全く動いていなかったと思っていた少女だが、抱き上げたことで低すぎる体温と軽すぎる体重、そして微かに震えていることを肌で感じる事が出来た。

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[一言] ここで転機……ですか。
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