二章 Kriesforgis Lucleids (目覚め)-2
自身に取り付けられた重い手枷で左の男の股間を叩き上げ、前のめりにひるんだその野盗の左胸のポケットを引き裂くように開けてカギを取り出した。
「てめ! こいつ!!!」
右側に立っていた野盗が殴りかかるのをスウェイで回避しながら飛び出たカギをしっかり握りしめながら、再び手枷でその野盗の顎を打ち上げる。
だがキャッチしたところで手枷の鍵穴にカギが届かない。手錠のような鎖なんかで遊びのあるつくりだったらよかったのだが、その手枷は鉄で出来た固定具なのだ。
そこに苦戦しているうちにボスは再び拳銃を取り出し、舌打ちをしながら構――「まずいッ!」――え、少しもったいなさそうにリドムの後頭部から眉間にかけて銃弾が通る位置に狙いを――「眉間!?」――定める。リドムにしてみれば背後からの射撃で躱しようがなく、次の瞬間に訪れる即死は免れなかった。
だがリドムはまるで未来でも読んだかのように頭を大きく逸らし、軽い身のこなしで銃弾を躱してしまう。
「なんでだよ! 見てないのに!?」
その行動にボスは恐怖を覚えたのか、後ろに下がりながら更に二発ほど射撃した。狙いをつけない射撃はリドムに掠ることすらしないだろう。
「当たらない? 掠ることすら……?」
リドムは確認するように呟くと銃弾が壁と床に着弾する。ボスは走って上の階へ出て、大声でワンボを呼びつけていた。
その声がリドムに届くことはなかったが、リドムは何故かワンボが来ることがわかったような警戒心を持った。
「何故かって……なんなんだ、俺はどうしたんだ……?くそっ、こいつを外さないと……」
今のうちに手枷を外さなければ。それに武器もほしい。腹も減ったしお気に入りの上着も取り戻したい。そんないくつかの欲求を感じながらリドムは座り込み、裸足の足の指でカギを持たせて、そこに鍵穴を無理やりねじ込む形で何とか差し込むことには成功した。
だが上手く回すことが出来ない。先ほど倒した野盗は二人だが、一人は気絶、もう一人は急所を突かれて呻いている。
「おい、お前、これを外せ」
股間に手を当てて呻く野盗は憎々し気にリドムを見るが、リドムはそんな視線も構わず膝で喉をいつでも押しつぶせるようにしつつ、野盗の片腕だけを手枷の鍵穴に届くように体勢をつくった。
だが野盗には秘策があったのだ、腰に隠したナイフはすぐに抜いてリドムに突き刺すことが出来る。痛みが引いたら即座に突き刺してやると思いながら、その野盗はリドムを油断させるために組み付かれた腕をカギに持っていく。
「ナイフ? これか。貰っておくぞ」
リドムは手枷のまま瞬時に野盗のナイフを取り上げ、何故バレたのかわからない野盗は戦意を喪失させた。
従うしかないと諦めた野盗は手枷を外すことに協力し、外れた後でリドムの膝で落とされた。
「声が……。お前、味方って事か……?」
誰かに何かを問いかけるリドム。周囲には誰もおらず、その言葉の真意はリドムにしかわからない。
「俺にしかわからないって……お前の事だって……通じてないのか」
リドムは煮え切らないまま頭を切り替えた。ナイフはともかく、やはり自分の武器を取り戻したいと思い部屋の外、伸びる廊下から来る気配をじっと探る。
リドムが気を失った後、装備は全てボスが没収していた。特にリドムの長剣はお気に入りで、業物であることは素人目にも明らかだったことで次の取引の目玉になるかもしれないと、地下牢から離れた部屋に大切に保管されている。
それを直感したか、リドムは地下牢を飛び出した。
「どっちだ!?」
リドムは少し上を向き、またも誰かに問いかけるようにそう言った。だが律儀に教えてくれる者などいるわけがない。リドムを殺そうと三人の野盗が迫ってくるのみである。
「声の奴! 味方じゃないのか!? 俺の武器はどこだ! 教えろ!」
リドムはまた上向き加減でそう言いながら、迫る敵をナイフ一本の向こうに見据えた。腹は減っているし集中できないが、雑魚であればナイフすら使わず倒すことも出来るだろう。
「はっ! 誰が教えっかよ!」
野盗の一人が答えた。迫る敵に対しリドムは軽快に敵を捌きにかかる。
動きこそ流麗ながら、野盗のなまくらナイフでは使い勝手が悪い。
敵の戦闘力を削ぐ程度には使えるが、自分のナイフの間合いで戦おうとすると激痛を与えるだけになってしまう。やはりできれば自分の使い慣れたナイフが欲しい。
そのナイフはボスの自室に保管されている剣とは違ってお眼鏡にかなわず、牢屋を出てすぐ目の前にある略奪品や牢に入れた一般人から奪ったものを適当に放り込んでいる部屋に押し込まれていた。
そんなことは知らなかったはずのリドムだが、野盗を二人倒したタイミングで近くの部屋の扉を開けてすぐに愛用品を見つけて取り戻したのだ。
間近に迫る野盗を相手に、お気に入りの上着を羽織りながら敵の喉を切り裂いた。
「で、ボスの部屋って言ったか?おい」
再び誰かに問いかけるリドム。彼自身目覚めてから自分の行動を不審がっているが、それでもこの空虚な問いかけに対しては一定の信頼というか、確信に近い気持ちを持って行っていた……のだが、やはり言葉が返る事はなかった。




