第十三章 死-3
「……ぱ、ぱ……?」
「く、俺は、俺はシナリオ上の登場人物のひとりじゃない!! わかるか!! 解説してるやつッ! お前のシナリオを、俺は打ち破ってやったぞ!!」
リーシャの視界がかすむ。腹部は酷い出血で立っていられなくてリドムの腰に縋りついている。何故? なぜなぜなぜ? だめだこれは!!
「俺は、まだ生きたい! 生きたかったんだ! シナリオに殺されたくない! 俺は俺の人生を生きたかった! どうして俺が、俺がこんな風に生きなきゃならなかったんだ?!」
こいつは なにを 言っているんだ!?!??
「やりたい事はたくさんあった! 行きたい場所もあった! 解説が全て邪魔した! わかっていたぞ、解説の始まった時の事も、全て思い返してシナリオを悟った! 奴隷少女が幸せになるつまらない三流以下のクソ小説だ! そんなものに俺が、どうして巻き込まれなきゃならない! 俺の自由は確かにリーシャにあったよ! お前の言った通り!! だからこれで終わる! お前の用意したシナリオが!」
馬鹿な奴!! 馬鹿な男だこいつは!! どうしてリーシャを犠牲にするんだ! これでは話の流れが保てない! 彼女が幸せにならなきゃならないのに!! これはそういう物語! みんなが好きな美談! 人が求めるモノ!
「毒を受ける時に解説が消えたり、重要なところで俺が気付かないはずだったことを教える……そんなことをして俺をここに導いた! げっほ! ゲホ! だから最後に、俺は選んだんだ……! すべてを壊す……! お前の辿らせてきた道全てを破壊してやる! これで完結しない書きかけゴミシナリオだ! ざまッ……ゴフッ、うぶ、げほっ」
本当に馬鹿な奴だ! くそったれめ!! リーシャの手当てをしろ!!! 死にかけているぞ! お前は良いのかクソ!!! お前を慕った娘が死んでいく! お前のクソみたいな考えで! もっと血を吐け!! そして死ね!! お前が代わりに死ね! お前だけが死ぬのだ!!!
「ぱ、ぱ……」
描写しなければならない。この少女の状況を描写しなければならない! 死にかけている! 史上最悪の糞野郎に刺されて、今にも死んでしまいそうだ!!
「リーシャ……俺は、薬を飲んで死ぬなんて嫌だ……自分のために君を裏切った。謝ることは出来ない。せめてあの時助けないで介錯でもしてればよかったのか? 君の事は本当に好きになれたんだ……解説さえなければ、本当の父娘みたいに生きていられたと思う。もしも本当にこの道が俺の求めた自由の末にある未来だったら、どんな薬だって俺は喜んで」
泣いて済む話か! 今すぐ薬を飲んで死ね! せめて同時に死ねば感動の美談に……だめだ! 台無しだ!!
「……そうか、俺が初めからこんな旅になんか出なければよかったのか。そうだ、じゃあ最初から自由なんて誰にも……」
「ぱぱ」
大量出血だ!!! リーシャは死ぬ!!
「ありがとう、ぱぱ」
「リーシャ……?」
リーシャは死んだ方がましのクソバカ野郎の頬を力なく撫でている。涙を拭き取るように……もう終わりだ。
「私を人間にしてくれて、ありがとう」
あああクソ! 終わってしまう! 最悪のエンディングだ! 主人公が何の脈絡も無くヒロインを殺すなんてあるか!!!
「そんな事を言われる筋合いはない……!」
手にナイフを握った狂気の男は正論を言った。本当に真っ先に死んで詫びるべきだ。そのナイフを自分の喉に押し当てろ。腹をなぞって苦しめ。胸に突き刺してゆっくり死ね。それが唯一の道だ。きっとみんながそう望んでいる。
「ううん……私はね、パパのおかげでわかったよ」
「何を……」
「人間は、嬉しいで出来ているんだって。願いを叶えるために頑張る、叶うと嬉しい……それを繰り返して生きてる……誰かに好きって言われたり、おいしいものを食べるのも、嬉しい……」
「……」
「でも、もっと嬉しい事もあるってわかった……人が一番嬉しいのは、好きな人が幸せになる手伝いをすることなんだね……」
「やめてくれ……」
それ見ろ……普通そんなことに単純な幸せを感じるものか。だがこの子はそこまでリドム、お前を慕っていたのだ。お前の幸せが自身の嬉しさに変わるほどの愛を知ったんだぞ。この子は未来へ進むべきだったのに、馬鹿野郎。何故犠牲にしたんだ。誰にも迷惑をかけず一人で死ねばよかったんだ。
「シナリオを打ち破ったのなら……パパは本当の自由になれたんだよね……探してた、じゆう……私は、手伝えたんだよね、パパが幸せになるおてつだ……えへ……だったら、『この方がずっといい』……」
そこまで自由になりたかったか? お前の身体ももう限界だリドム。ほんの少しの自由を得るために、こんな尊い犠牲を出す必要があったのか?
そもそも人間に自由などあるものか。そんな言葉はまやかしだ、人間の作った言葉など全て欺瞞に満ちているというのに。自由なんてのはその代表じゃないか。
人間は常にあらゆるものに縛られている。自由など過去と現在を比べて相対的に選択の幅が広がったとか、自分より部分的に下の立場にある者を見て得られる小さな自己満足を錯覚して感じる程度にしか得られないものだ。
リドム、お前は何を持って"自由"を願っていたんだ。ここでこんなことをして、一体誰が理解してくれる?
縛られた少女の人生に選択の幅を与えた事で自由の在り処は証明できたはずだ。これ以上何を望んでいた? 妄想に縛られた殺人鬼め。
「あ……俺は……」
「パパを幸せに出来るなら、私はとっても嬉しいよ……だからこそ私は、確かに自由な人間だって、誇れるの……だから、ありがと……って……」
…………。
リーシャはあっけなく死んだ。優しく微笑みながら。
「どうだ……どうだ!!! 壊したぞ!! 決められてない! 俺は決められてなかった……! 証明したんだ! 俺の生きてきた全てを賭して……ッ」
もういい。
勝手にすればいい。冷めた。
どうせもう長くは生きられまい。そこまでして証明すべきことだったか? たったこれだけの事を? こんなの人間のすることじゃない。リドムは人間じゃない。ただの悪魔だ、人でなしめ。
「どうして……こんなに難しい……俺が、俺の意思で生きてるって証明することが……なぁ……」
結局こいつも死ぬんだ。こんなに血を吐いて。せめてお前が妄想したシナリオを黙って生きてくれればリーシャもお前も幸せになれたろうに。そうでなくても、一人でひっそりと誰とも関わらずにいればよかった。
自由など求めず、ただあるがまま、流れのまま生きれば穏やかに過ごせたはずだったのだ。それを壊して得たかったのはこんな結末だったのか? 何を思い描いていた? 渇望していた自由を手に入れたと錯覚出来たか? 満足しているか?
木から落ちた葉が散っていく。
「俺は……生きてる……そうだろ」
リドムは死んだ。無理が祟ったか、高揚で魔力が高まってそのまま毒に飲まれたか。
なんにせよ大量の血を吐いて、さっき散った葉っぱよりも虚しく崩れ落ちた。こんなの誰にも理解できない、全く意味のない終わり方だった。
終




